つながり

すずかけあおい

文字の大きさ
7 / 21

つながり⑦

しおりを挟む
 十月になると暑さも落ちついてきた。それでもまだ長袖には早くて、シャツの袖を折ってまくりあげた。
「暑いよな」
「うん」
 一緒にパンを食べていた秀星も、同じように袖を折ってまくっていた。ふたりで少し笑う。
「秀星は今日もほみるのパン?」
「そう。祖母が弁当を作ってくれるって言うんだけど、あそこのパン以外は味がしないんだ。それに賢太のおすすめはいつもはずれがない」
 あれから秀星は頻繁にパンを買いに来る。学校でも話しかけてくれて、まるで友だちのようだとくすぐったい。
 秀星は今、祖父母の家に住んでいて、祖父母が以前からほみるのパンが好きなのだという。祖父母宅はほみるから五分ほどのところにあり、朝にも寄ってくれていて、秀星の昼食は話すようになってからずっとほみるのパンだ。ちなみに賢太は朝はほみるに寄れないので、購買で適当に買っている。
「食べないとお腹が空くって不便だよね」
 たいして味のしない焼きそばパンを食べながら呟くと、秀星は向かいで口もとを緩めた。こうして、女子なら大騒ぎしそうな笑顔も見せてくれるようになった。
「でも俺には賢太がおすすめしてくれるパンがあるから、腹が減ってももう平気だ」
「そっか。僕でも役に立てることってあるんだね」
「あるよ。勉強になる」
 秀星はフレンチトーストを食べ終えて、パンの入っていた小袋を綺麗にたたんでからレジ袋に戻した。
「勉強?」
「ああ。今まではひとりが一番いいと思っていたけど、そうでもないと知った」
 賢太がそばにいることを喜んでくれているようで、頬が熱くなった。照れ隠しでパンに大口でかぶりつく。なんだか先ほどより味がはっきりしている。気のせいかもしれないけれど。
「でもお祖父さんとお祖母さんがいてくれるんでしょ?」
「……親との関係が悪い俺に気を遣ってるんだと思う」
 秀星も両親との関係がうまくいっていない。秀星には弟がいて、両親は弟だけを可愛がっているらしい。
「親だって、自分に似た子どもが可愛いよな」
 卑屈に唇を歪める秀星に胸が痛む。秀星の弟は両親に似ているが、秀星は家族の誰にも似ていないそうだ。そのことがずっとつらくて、ひとりで心を塞いでいる。
「わからないけど、でも秀星は恰好いいよ。僕は秀星の見た目も好き」
「好き?」
「うん。話してて楽しいし優しいしよく気がついてくれるし、すごいところばっかりなのに、そのうえ恰好よくて背も高くてスタイルもよくて、勉強までできるなんて、尊敬しちゃう」
 虚を突かれたように目を丸くした秀星は、くっと笑い出した。今度は卑屈さのない、素直な笑いだ。
「そんなにいろいろ並べられたら照れるな。でも俺なんか尊敬したところでいいことはない」
「そうかなあ。尊敬したら僕も少し恰好よくなれるかもしれないじゃない」
 恰好良さが伝染するかもしれない。見た目がよくなったら、父も母も賢太を愛してくれるかもしれない。
「賢太はそのままがいいよ」
 頭をぽんと撫でられ、とくんと心臓が高鳴った。甘やかすようにくしゃくしゃと髪を撫でられて、先ほど以上に頬が火照る。
「あ、悪い」
「う、ううん。大丈夫」
 慌てた様子で手を引いた秀星は、ごまかすようにパンをもうひとつ出した。俯きがちにパンをひと口食べているが、頬がわずかに赤くなっているのが見て取れる。
 優しいところも、ひとりでつらさをかかえてるところも少し低い声も、あの声の主と似ている。
 もしかして……。
 ふと頭によぎった予感に、どきりとした。秀星があの声の相手かもしれない。


 今日も変わらず両親の怒声はリビングで行き交っている。でもこのところは以前ほどつらくはない。あの声の彼がいるからだ。
『どうして子どもは親を選んで生まれてこられないんだろうな』
 うん。そうだね。
 賢太も何度もそう思った。選べたなら、もっと仲のいい両親のもとに生まれて幸せな毎日をすごせただろうに。思うようにいかないのが現実だけれど、幸せそうな人を見ると羨ましくなる自分も嫌だ。羨んだところでそうはなれない。
 暖房の効いた部屋で掛け布団をかぶると、少し暑い。それでも彼と会話をするときの基本体勢がずっと掛け布団の中だったから、今から変えるのもなんとなく落ちつかない。
 不思議な声が聞こえるようになってから、半年弱が経っていた。夏が終わったかと思ったらあっという間に寒さが増し、朝晩にはコートが必要なほどだ。
 彼と会話をしているときは、一階のひどい罵り合いはまったく聞こえない。だから心から安らげるのだ。本当に神様が賢太にくれたシェルターかもしれない。
『なんだか声が弾んでいるみたいに聞こえるけど、いいこともあった?』
 え?
『普段は暗くて沈んだ声しか聞こえてこないのに、今は少し明るく感じる』
 毎日秀星と話していることが心にいい栄養となっているのかもしれない。パンの味もおかしくないし、食べものを食べたときの砂を噛むような感覚も減ってきた。
 よくわかったね。そうなんだ。学校でいいことがあったんだよ。
『友だちができたとか?』
 友だちではないけど、話してくれる人ができたんだ。
 そう答えながら、秀星は友だちなのかなと疑問をいだいた。「友だちになろう」と言ったわけではないから、どこからが友だちなのかわからない。これまで仲良くできる人がいなかったし、友だちとそうでない関係の境界がどこにあるのかわからず考える。
『ふうん。よかったな』
 え……?
『きみはそうやってひとりじゃなくなっていくんだな』
 どこか皮肉のこもった声にどきりとする。なにか悪いことをしただろうか。
 ひとりじゃなくなるかはわからないよ。だってずっと一緒にいるわけじゃないし。
『でもきみの支えが他にできてるんだろ』
 それは……。
 そう言われたら、そのとおりなのかもしれない。でも秀星はたしかにそばにいてくれるけれど、こうやって話ができる彼も賢太の支えだ。比べられないくらいにどちらも大切だ。
 でもあなたがいないと、僕は――。
『いいよ。俺なんかすぐ忘れてしまうんだ。きみだって実際会える相手のほうが近づきやすいしな』
 ……。
 なにを言っても機嫌を損ねそうで、なにも言えない。
『別にいいよ。俺はきみの友だちじゃないし』
 続く言葉がないことも彼には苛立ちのもとだったのか、耳に響く声はとげとげしくなっていく。
 ……ごめんなさい。
 こんなときにどうしたらいいのかがわからず謝ると、相手の声は聞こえないのに圧迫されるような耳への圧があった。彼の苛立ちや不満が押し迫っているように、鼓膜がぐうっと押される。声が耳に直接響くようだったけれど、こんなふうに感情まで伝わってくるなんて知らなかった。
『謝ってほしいなんて言ってない』
 でも……。
『もういい。俺は寝るよ』
 うん……。おやすみなさい。
 返事はなかった。静かになった耳を両手で押さえ、先ほど感じた圧迫感にひとつ身震いする。誰かの怒気に触れると身体が竦む。なにが怒らせた原因なのか考えるがわからず、賢太の受け答えすべてが気に入らなかったのかもしれないと落ち込んだ。父と母の怒声以上に、彼の怒りは賢太の心を抉った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

あの部屋でまだ待ってる

名雪
BL
アパートの一室。 どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。 始まりは、ほんの気まぐれ。 終わる理由もないまま、十年が過ぎた。 与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。 ――あの部屋で、まだ待ってる。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

陽キャと陰キャの恋の始め方

金色葵
BL
「俺と付き合って欲しい」 クラスの人気者からの告白――――だけどそれは陽キャグループの罰ゲームだった!? 地味で目立たない白石結月は、自分とは正反対の派手でイケメンの朝日陽太から告白される。 からかわれてるって分かっていても、ときめく胸を押さえられない。 この恋の行方どうなる!? 短編になります。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

処理中です...