キミのすべては俺のもの

すずかけあおい

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(13)願い事③

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◇◆◇

個室フロアの営業終了後の片付け。

二階のデシャップ内にある洗い場をいつも担当している人が今日は早めに上がったので、侑大が洗い場に入る。
俺は細田さんと一緒に個室内の片付けに回った。
個室のソファに消臭剤をスプレーしたり、クッションカバーを交換したりする。
アロマを使った部屋の香りは取れていたけれどクッションなどに香りがうつってしまっていたのでそれもまとめてクリーニングに出す。
細田さんも上がり、ホール側の片づけが終わったので洗い場の侑大の手伝いに入る。
皿や小鉢やお椀などの洗い上がった食器をリフトで一階に下ろしていく。

「皿下ろします。お願いします」
「了解」

スピーカー越しに返ってくる、一階にあるキッチンの社員の声。
二階から下ろした食器を一階でリフトから出してまた二階にリフトが空の状態で上がってくる。
また食器を入れて下ろす。
それを繰り返す。

侑大は二階に置く食器で洗い上がったものを片付ける。
侑大とふたりで黙々と片付ける。

全ての片づけが終わったら照明を落として終了。
侑大と更衣室に入った。
なぜかまた無言。

「お先に失礼します」

レジにいる店長に挨拶して店を出る。
長い一日だった。

「要、もう気分悪くない?」

侑大がようやく口を開く。
俺は侑大の手を握る。

「うん、心配かけてごめん」
「アロマにあてられた?」
「たぶん。それとお客さんの半裸見ちゃったのもあるかも」
「半裸だったの?」
「うん、男性も女性も。男性はまだ我慢できたけど、女性の半裸はきつかった」

思い出さないようにしても、瞼の裏に焼き付いていてふとした瞬間に蘇ってきて気持ち悪い。

「そっか…俺が行けばよかった。要が気分悪くなるなんて嫌だから、また同じような事があったら次からは俺に」
「だめ!」

申し訳なさそうな侑大の声に言葉を重ねる。

「…なんで?」
「侑大のほうが俺より気分悪くなっちゃうかもしんないから、俺でよかったの。侑大デリケートなんだから」
「………」

侑大は目を瞠って口を閉じた。
ふたりの間を暫し沈黙が支配する。

「……要って、」
「ん?」
「やっぱり俺が大好きだよな」

うん、俺は侑大が大好き。
”好き“なんて言葉で気持ちが表しきれないくらい大好き。
この気持ちを全部伝えらえる言葉があればいいのに。

「すっごい大好き」
「そういう優しい要だから色んな人に好かれるんだろうな」
「いや、それはないと思う。俺が優しくないのは侑大が一番よく知ってるだろ」
「うん、知ってる。でもやっぱり“安藤さん”は好かれてるよ」
「それ言ったら“黛さん”もだろ」
「どうかなー」

空を見上げて、どこか寂しそうな侑大。
なんだか苦しそう。

「…どうした?」
「何が?」

侑大が俺を見る。
いつも通りにしているように見せているのかな、と思ったけど、気になるから聞く。

「なんか嫌な事あった?」
「あった。要が気分悪くなっちゃった事」
「それ以外に」
「……」

黙り込む侑大。
繋いだ手にぎゅっと力がこめられた。

「…細田さんが」
「うん」
「『安藤さんって、いい人ですね』って言ってた」
「うん」

俺は全然いい人じゃないけど。

「要、お願い。“安藤さん”はみんなのものでいい。でも“要”は俺だけのものでいて」

真剣な眼差し。
どこか縋るような瞳。
なんでこんな目をするんだろう。

「“要”は俺以外愛さないで…お願い」

願い事は消えてしまいそうな儚い声で紡がれた。
侑大の瞳が泣き出しそうに揺れている。

「侑大、何言ってんの?」
「…ごめん」
「“安藤さん”も“要”も、全部侑大のものじゃん」
「…?」

何を言われているのかわからなさそうな目。
あれ、気付いてなかったのかな。

「“安藤要”は黛侑大のものなんだって、知らなかった?」

侑大はちょっと固まった。
なんでだ。

「……知ってた」

嬉しそうに微笑む侑大と繋ぐ手を、指を絡める形にする。
ぎゅっと握ると侑大は昨日みたいに笑い出した。

「俺ってばかかも」
「そういうとこも可愛いけど」
「うん、要も可愛い」
「そう?」
「うん。すげー可愛い」
「そっか…」

侑大が幸せそうだからそれでいいや。
なんとなく視線を下ろすと侑大の手に切り傷がある。

「侑大、手切れてる!」
「あ、うん。さっき欠けてる皿で引っ掛けた」
「なんで早く言わないの!? 早く帰って消毒しないと」
「大げさ。そんなたいした傷じゃないって」
「だめ。早く帰ろ」

侑大の手を引っ張って早足で歩き始める俺におとなしくついてくる侑大。
まだ笑ってる。
笑い事じゃないのに。
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