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甘いこと⑥
「行ってくる。素春、」
続く言葉はわかるので頷く。
「わかってます。ちゃんと兼人さんを待ってます」
「それでいい」
満足そうに微笑んで、ひとつキスをしてからドアを開ける兼人さんを見送ってリビングに戻る。
散らかったスーツはそのまま。
転がった靴を拾って玄関に持っていく。
月曜日、結局兼人さんだけ出勤した。
俺は必要ないんだ。
なにかが音を立てて崩れていく。
でもそれを足元から固めていくものがある。
兼人さんの愛情。
兼人さんが必要としてくれている。
それだけが俺の意味なのかもしれない。
でも、そう割り切れば心がとても楽になった。
会社には必要ないとされても、兼人さんは俺を捨てない。
「部屋から出るなって言われても…」
部屋の中のものは自由にしていいと言われた。
冷蔵庫を開けると、昨日届いた、兼人さんがお取り寄せしたプリンとゼリーが入っている。
悩んだ後、どちらも出さずに冷蔵庫を閉じる。
会社を休むという連絡もしなくていいと言われた。
仕事は好きじゃなかったけど嫌いでもなかった。
生きるために働かないとと思って続けていたけれど、取り上げられたら無性に恋しい。
床に散らかったスーツを手に取る。
兼人さんの分をハンガーにかけて、俺のスーツをぼんやり見つめる。
なんとなくスーツを着たら、やっぱり会社に行きたくなった。
通勤バッグを持って、靴を履く。
靴箱の上に部屋の鍵が引っ掛けてあったので、それで鍵をかける。
走れば追い付けるかも。
息を切らせてスマホで駅の場所を確認しながら走ると、駅が見えてきたところで先程見送った背中を見つけた。
「関さん!」
呼びかけるとその人はゆっくり振り返って表情を歪める。
「素春…?」
「俺も行きます」
「なんで…」
「だって仕事ですから」
俺の役目はきちんと果たしたい。
任された仕事も全部片づけてから、兼人さんときちんと話して本当に辞めるかどうか決めたっていいじゃないか。
それに…。
「……」
兼人さんは固まってしまった。
「関さん?」
「……部屋から出るなって言ったのに」
「だって…」
「もういい」
ふいと俺に背を向けてしまう兼人さん。
すいすいと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけて声をかけても俺のほうを見てくれない。
「関さん…!」
「……」
「…なんで…」
俺を見ずにどんどん行ってしまう兼人さん。
手を掴んで捕まえると、苦しそうな表情で俺を見つめる。
「…そうやって、俺から離れてくのか」
「兼人さん…?」
「俺がいなくても生きていけるようになりたいのか」
「……」
わからない。
俺はなにを求められているんだろう。
わからないけれど、兼人さんの苦しそうな顔を見ていたくない。
兼人さんの頬を両手で包んで俺から唇を重ねる。
周りの人がちらちら見ているけれど、そんなのどうでもいい。
「兼人さんがいなくても生きられるようになるためじゃなく、兼人さんと生きていくためにちゃんと自分で仕事をしたいんです」
「素春…」
「兼人さんと、一日中ずっとそばにいたいから会社に行くんです。ひとりで部屋に置いて行かれるのは嫌です」
思っていることを一息に言うと、兼人さんの表情がどんどん歪んでいく。
「兼人さん…?」
「素春、ずるいな」
「なにがですか?」
「わからないならいい」
手を握られて、ホームへと引いて行かれる。
「あの、兼人さん…」
「キスよりは目立たないだろう」
「そう、でしょうか…」
ていうか、自分でしたことを思い出すだけで顔から火が出そうだ。
でも兼人さんが嬉しそうにしているから、いいのかもしれない。
「仕事が終わったら、帰りにプリンとゼリーを買って帰ろう」
「兼人さんがお取り寄せしたのがまだ冷蔵庫に入ってます」
「じゃあケーキだな」
「どうしたんですか?」
甘いものは好んで食べないと言っていた。
だからお取り寄せのプリンもゼリーも、俺のためだと。
俺の耳元に兼人さんが顔を寄せる。
「ケーキの甘さがわからなくなるくらい、甘いことをしてくれると期待してる」
「なっ…にを…?」
「甘いこと、だ。楽しみにしてる」
ちゅ、と頬にキスをされて兼人さんの顔が離れていく。
甘いことってなんだ。
考えてもわからない。
その夜、結局俺がケーキの甘さがわからなくなるくらい、甘いことをされた。
おわり
続く言葉はわかるので頷く。
「わかってます。ちゃんと兼人さんを待ってます」
「それでいい」
満足そうに微笑んで、ひとつキスをしてからドアを開ける兼人さんを見送ってリビングに戻る。
散らかったスーツはそのまま。
転がった靴を拾って玄関に持っていく。
月曜日、結局兼人さんだけ出勤した。
俺は必要ないんだ。
なにかが音を立てて崩れていく。
でもそれを足元から固めていくものがある。
兼人さんの愛情。
兼人さんが必要としてくれている。
それだけが俺の意味なのかもしれない。
でも、そう割り切れば心がとても楽になった。
会社には必要ないとされても、兼人さんは俺を捨てない。
「部屋から出るなって言われても…」
部屋の中のものは自由にしていいと言われた。
冷蔵庫を開けると、昨日届いた、兼人さんがお取り寄せしたプリンとゼリーが入っている。
悩んだ後、どちらも出さずに冷蔵庫を閉じる。
会社を休むという連絡もしなくていいと言われた。
仕事は好きじゃなかったけど嫌いでもなかった。
生きるために働かないとと思って続けていたけれど、取り上げられたら無性に恋しい。
床に散らかったスーツを手に取る。
兼人さんの分をハンガーにかけて、俺のスーツをぼんやり見つめる。
なんとなくスーツを着たら、やっぱり会社に行きたくなった。
通勤バッグを持って、靴を履く。
靴箱の上に部屋の鍵が引っ掛けてあったので、それで鍵をかける。
走れば追い付けるかも。
息を切らせてスマホで駅の場所を確認しながら走ると、駅が見えてきたところで先程見送った背中を見つけた。
「関さん!」
呼びかけるとその人はゆっくり振り返って表情を歪める。
「素春…?」
「俺も行きます」
「なんで…」
「だって仕事ですから」
俺の役目はきちんと果たしたい。
任された仕事も全部片づけてから、兼人さんときちんと話して本当に辞めるかどうか決めたっていいじゃないか。
それに…。
「……」
兼人さんは固まってしまった。
「関さん?」
「……部屋から出るなって言ったのに」
「だって…」
「もういい」
ふいと俺に背を向けてしまう兼人さん。
すいすいと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけて声をかけても俺のほうを見てくれない。
「関さん…!」
「……」
「…なんで…」
俺を見ずにどんどん行ってしまう兼人さん。
手を掴んで捕まえると、苦しそうな表情で俺を見つめる。
「…そうやって、俺から離れてくのか」
「兼人さん…?」
「俺がいなくても生きていけるようになりたいのか」
「……」
わからない。
俺はなにを求められているんだろう。
わからないけれど、兼人さんの苦しそうな顔を見ていたくない。
兼人さんの頬を両手で包んで俺から唇を重ねる。
周りの人がちらちら見ているけれど、そんなのどうでもいい。
「兼人さんがいなくても生きられるようになるためじゃなく、兼人さんと生きていくためにちゃんと自分で仕事をしたいんです」
「素春…」
「兼人さんと、一日中ずっとそばにいたいから会社に行くんです。ひとりで部屋に置いて行かれるのは嫌です」
思っていることを一息に言うと、兼人さんの表情がどんどん歪んでいく。
「兼人さん…?」
「素春、ずるいな」
「なにがですか?」
「わからないならいい」
手を握られて、ホームへと引いて行かれる。
「あの、兼人さん…」
「キスよりは目立たないだろう」
「そう、でしょうか…」
ていうか、自分でしたことを思い出すだけで顔から火が出そうだ。
でも兼人さんが嬉しそうにしているから、いいのかもしれない。
「仕事が終わったら、帰りにプリンとゼリーを買って帰ろう」
「兼人さんがお取り寄せしたのがまだ冷蔵庫に入ってます」
「じゃあケーキだな」
「どうしたんですか?」
甘いものは好んで食べないと言っていた。
だからお取り寄せのプリンもゼリーも、俺のためだと。
俺の耳元に兼人さんが顔を寄せる。
「ケーキの甘さがわからなくなるくらい、甘いことをしてくれると期待してる」
「なっ…にを…?」
「甘いこと、だ。楽しみにしてる」
ちゅ、と頬にキスをされて兼人さんの顔が離れていく。
甘いことってなんだ。
考えてもわからない。
その夜、結局俺がケーキの甘さがわからなくなるくらい、甘いことをされた。
おわり
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