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【番外編④】奏のバイト問題
【番外編】奏のバイト問題
奏のバイト問題(以前Xに載せた小話を改稿したものです。)
*****
「そろそろバイトを始めようと思う」
奏の言葉に藍流と流風の表情が凍りついた。その意味がわからず首を傾げると、頬を軋ませるように笑顔をはりつけたふたりが見つめ返してくる。
「どこで?」
三人で暮らし始めて一か月。環境もわかってきてだいぶ慣れたし、いろいろ落ち着いてきたので奏もバイトを始めたいと思った。藍流と流風はすでにバイトをしている。藍流は居酒屋、流風はレストラン。同じ店でというのは無理だろうが、同じ飲食だったら話が合いそうだ。
「居酒屋とかレストランかな」
「却下。お酒を提供する店はだめ」
奏が絡まれたり言い寄られたりしたら気が気じゃない、と言葉が続いた。藍流も流風もなんとも言えない表情をしているので、ふたりとも絡まれたり言い寄られたりしているわけだ、と理解した。その考えを読んだようで藍流と流風は海よりも深そうなため息をついた。
「奏が同じ思いをするのも嫌だけど、それ以上に奏には誰も近づけたくない」
こんなに平凡な男に言い寄る人間はいないと思うが、ふたりにその言葉は通じないだろうからとりあえず頷く。飲食でも酒を提供しないところを考えよう。
求人サイトを見てみるが、定食屋でも夜は酒を提供していたり、カフェでも夜間はバー営業をしていたり、近所で見つけられた求人はすべて酒を提供する店ばかり。このへんは住宅街だからファストフード店はなく、チェーン展開のカフェもない。条件を絞るとなかなか難しい。駅前の商店街にある店がそもそも少ないし、藍流や流風のように少し離れたところまで行こうか。だが、それも心配だからとかなんとか言ってふたりに却下されそうだ。
「奏がバイトをしたい気持ちはわかるけど、焦らなくてもいいんじゃない?」
藍流が諭すように言うのでとりあえず頷くが、早く自分で収入を得られるようになりたい。求人サイトを見ていたら、ある求人に目が留まる。酒の提供をしていないカフェで、場所も近い。
「ねえ、ここはどうかな」
「カフェ?」
「うん」
藍流と流風は顔を見合わせて少し悩んだ後に、「下調べしてくる」と答えた。
「そこまでする?」
「する」
「奏が働く場所だからね」
まあ気持ちはわからないでもないので任せることにした。
翌日、帰宅したふたりは難しい顔をしている。たしか、バイトの前に下調べをしてくると言っていたけれど。
「あの店はだめ」
「どうして?」
「店長の目つきがいやらしいから」
なんだそれ、と口に出しそうで慌てて引っ込めた。だが呆れは消せない。奏の表情を見た藍流も流風も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あそこは絶対だめ」
ふたりは頑として譲らない。藍流と流風がこう言っているならば隠れて働くこともできない。どうしようか、と悩んでいる間もふたりはなにか話し合っている。このままいくとバイト自体だめだと言われそうだから、なんとかいいところを見つけなければいけない。
「えーと、じゃあコンビニは?」
「だめ」
「お酒提供しないよ?」
「危険だから」
なにがだ、と突っ込みたくなるのを必死で堪えて求人サイトを見る。
「宅配便の仕分け」
「そんな力仕事はさせられない」
「奏が身体壊したら俺も藍流も倒れる」
どこの箱入り娘だ、とまた呆れてしまう。
そんなふうにあれもこれもだめだと言われたらなにも思いつかない。ふたりは「奏はバイトをしなくていい」という方向で話を進めている。そういうわけにはいかないと悩みに悩んだが、結局藍流と流風が許可するバイト先は見つけられなかった。
バイトができずに大学から帰ったら家事をする毎日だが、ふたりは帰宅して奏がいるとほっとした顔をする。それも大事なことなのかもしれないけれど、やはりバイトがしたい。
夕食の買い物に行くと、近所のスーパーに求人の貼り紙がしてあるのを見つけた。求人サイトを調べると、新着にその求人が載っている。スーパーなら大丈夫かもしれない。ふたりが帰ってきたら聞いてみよう。
「スーパー?」
「うん。すぐそこの」
「……」
悪くないはずだ。藍流と流風も買い物をしたことがあるから環境はわかっている。ふたりとも難しい表情をして無言になっても即却下されない様子から、悪くないのかもしれない。仕方がない、奥の手だ、と藍流と流風を上目遣いで見つめて小首を傾げる。
「だめ?」
意識して可愛い声を出してみると、ふたりともぐっと言葉を詰まらせた。藍流と流風にはこれがよく効くのを奏は知っている。また黙ってしまったふたりをじっと見つめる。
「……わかった」
「そんなふうにお願いされちゃ、ね」
大きなため息の後に藍流と流風の口からオーケーの言葉が出た。やった、と口に出しそうになって慌てて呑み込む。まだ納得しきれないという顔をしているふたりの前では言わないほうがいい。
翌日、さっそくエントリーして面接を受け、無事採用された。チェッカー係だ。
藍流と流風はちょこちょこと、なにかと理由をつけて奏の様子を見に来る。こっそり隠れているつもりだろうが、目立つので奏はすぐにふたりを見つける。ばれたのならば、と堂々と奏のいるレジに来て、商品をスキャンしている間じっと見ているので緊張する。そして名残惜しそうに帰って行く。そのルーティンにも一か月経ったら慣れた。本当にしょうがないふたりだ、と口もとが緩んでしまう。
そんな藍流と流風が大好きなのだ。
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「そろそろバイトを始めようと思う」
奏の言葉に藍流と流風の表情が凍りついた。その意味がわからず首を傾げると、頬を軋ませるように笑顔をはりつけたふたりが見つめ返してくる。
「どこで?」
三人で暮らし始めて一か月。環境もわかってきてだいぶ慣れたし、いろいろ落ち着いてきたので奏もバイトを始めたいと思った。藍流と流風はすでにバイトをしている。藍流は居酒屋、流風はレストラン。同じ店でというのは無理だろうが、同じ飲食だったら話が合いそうだ。
「居酒屋とかレストランかな」
「却下。お酒を提供する店はだめ」
奏が絡まれたり言い寄られたりしたら気が気じゃない、と言葉が続いた。藍流も流風もなんとも言えない表情をしているので、ふたりとも絡まれたり言い寄られたりしているわけだ、と理解した。その考えを読んだようで藍流と流風は海よりも深そうなため息をついた。
「奏が同じ思いをするのも嫌だけど、それ以上に奏には誰も近づけたくない」
こんなに平凡な男に言い寄る人間はいないと思うが、ふたりにその言葉は通じないだろうからとりあえず頷く。飲食でも酒を提供しないところを考えよう。
求人サイトを見てみるが、定食屋でも夜は酒を提供していたり、カフェでも夜間はバー営業をしていたり、近所で見つけられた求人はすべて酒を提供する店ばかり。このへんは住宅街だからファストフード店はなく、チェーン展開のカフェもない。条件を絞るとなかなか難しい。駅前の商店街にある店がそもそも少ないし、藍流や流風のように少し離れたところまで行こうか。だが、それも心配だからとかなんとか言ってふたりに却下されそうだ。
「奏がバイトをしたい気持ちはわかるけど、焦らなくてもいいんじゃない?」
藍流が諭すように言うのでとりあえず頷くが、早く自分で収入を得られるようになりたい。求人サイトを見ていたら、ある求人に目が留まる。酒の提供をしていないカフェで、場所も近い。
「ねえ、ここはどうかな」
「カフェ?」
「うん」
藍流と流風は顔を見合わせて少し悩んだ後に、「下調べしてくる」と答えた。
「そこまでする?」
「する」
「奏が働く場所だからね」
まあ気持ちはわからないでもないので任せることにした。
翌日、帰宅したふたりは難しい顔をしている。たしか、バイトの前に下調べをしてくると言っていたけれど。
「あの店はだめ」
「どうして?」
「店長の目つきがいやらしいから」
なんだそれ、と口に出しそうで慌てて引っ込めた。だが呆れは消せない。奏の表情を見た藍流も流風も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あそこは絶対だめ」
ふたりは頑として譲らない。藍流と流風がこう言っているならば隠れて働くこともできない。どうしようか、と悩んでいる間もふたりはなにか話し合っている。このままいくとバイト自体だめだと言われそうだから、なんとかいいところを見つけなければいけない。
「えーと、じゃあコンビニは?」
「だめ」
「お酒提供しないよ?」
「危険だから」
なにがだ、と突っ込みたくなるのを必死で堪えて求人サイトを見る。
「宅配便の仕分け」
「そんな力仕事はさせられない」
「奏が身体壊したら俺も藍流も倒れる」
どこの箱入り娘だ、とまた呆れてしまう。
そんなふうにあれもこれもだめだと言われたらなにも思いつかない。ふたりは「奏はバイトをしなくていい」という方向で話を進めている。そういうわけにはいかないと悩みに悩んだが、結局藍流と流風が許可するバイト先は見つけられなかった。
バイトができずに大学から帰ったら家事をする毎日だが、ふたりは帰宅して奏がいるとほっとした顔をする。それも大事なことなのかもしれないけれど、やはりバイトがしたい。
夕食の買い物に行くと、近所のスーパーに求人の貼り紙がしてあるのを見つけた。求人サイトを調べると、新着にその求人が載っている。スーパーなら大丈夫かもしれない。ふたりが帰ってきたら聞いてみよう。
「スーパー?」
「うん。すぐそこの」
「……」
悪くないはずだ。藍流と流風も買い物をしたことがあるから環境はわかっている。ふたりとも難しい表情をして無言になっても即却下されない様子から、悪くないのかもしれない。仕方がない、奥の手だ、と藍流と流風を上目遣いで見つめて小首を傾げる。
「だめ?」
意識して可愛い声を出してみると、ふたりともぐっと言葉を詰まらせた。藍流と流風にはこれがよく効くのを奏は知っている。また黙ってしまったふたりをじっと見つめる。
「……わかった」
「そんなふうにお願いされちゃ、ね」
大きなため息の後に藍流と流風の口からオーケーの言葉が出た。やった、と口に出しそうになって慌てて呑み込む。まだ納得しきれないという顔をしているふたりの前では言わないほうがいい。
翌日、さっそくエントリーして面接を受け、無事採用された。チェッカー係だ。
藍流と流風はちょこちょこと、なにかと理由をつけて奏の様子を見に来る。こっそり隠れているつもりだろうが、目立つので奏はすぐにふたりを見つける。ばれたのならば、と堂々と奏のいるレジに来て、商品をスキャンしている間じっと見ているので緊張する。そして名残惜しそうに帰って行く。そのルーティンにも一か月経ったら慣れた。本当にしょうがないふたりだ、と口もとが緩んでしまう。
そんな藍流と流風が大好きなのだ。
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