ひとつ上の幼馴染

すずかけあおい

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ひとつ上の幼馴染②

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◇◆◇


瞼を上げる。
身体を起こそうとして身動きがとれないことで一気に目が覚める。

「司…まだ離れないで」
「しんっ……!」

慎一が俺を抱き締めている。
しかもふたりとも裸。
ついでに腰が痛い。

「……起きないと慎一も遅刻するだろ」
「全然平気。司、寝ぼけてる? 時間ちゃんと見て」

ベッドサイドの置時計を見ると、午前三時。
どうやら俺は慎一の言うとおり寝ぼけてるらしい。

「もう出勤する?」
「…悪かったな、寝ぼけてて」
「ううん」
「で、なんで抱き締めてんだ」
「セックスの後は一晩中こうするものなんだよ」

そうなの、か…?
確かにやるだけやって終わりじゃおかしいか。
未経験のことはわからん……いや、今初体験してるんだけど。

「司、可愛かった…」
「可愛いとかやめてくれ」
「だって他に表現できない」

足を絡ませてくるので、そういうものかと受け入れる。
なんだか落ち着かないけど。

「……ごめんね、司」
「なにが?」
「俺が情けないから、司に迷惑かけてるなって思って」
「……そんなことないけど」

情けないとかじゃないだろう。
じゃあなんだって聞かれたら答えに詰まるけど、でも情けなくはない。

「…そろそろ立ち直らないといけないよね」

少し震えてる慎一を、なんとなく抱き締める。
人を抱き締めるってこんな感じかーと思いながら。
相手は男だけど。

「無理すんな」

昔から優しい慎一。
そう、情けないんじゃなくて優し過ぎるんだ。
だから逃げた花嫁に恨み言のひとつも言わず、『幸せにね』とか言っちゃうんだ。
馬鹿だな、ほんと。

「また欲求不満になったら司が相手してくれる?」
「調子に乗るな」
「だよね…」

慎一のほうが、一個だけど年上なんだけどな。
昔からこんな感じだっけ。

「慎一ならすぐいい人見つかるって」
「うん」
「だから元気出せ」
「うん、ありがとう…司」

しょうがない幼馴染だなと思いながら、慎一の髪を撫でた。





腰痛いな…。
出勤の電車で立っているのが辛い。
満員電車で押されて更にダメージが。

「司、大丈夫?」
「ああ、大丈夫…だと思う」

一緒の方向の電車に乗っている慎一が、ドアの近くまで押された俺をかばうように正面に立ってくれる。
両肘をドアについてスペースを作ってくれるので楽になった。

外では情けない顔しないんだよな、こいつ。
一応かっこつけてるのかな……いや、もとからかっこいいんだけど、そうじゃなくて。

「司? もう司の降りる駅だよ」
「!」

ぼんやりしてた。
わらわらと降りていく人に続く。

「今夜も行くから!」

慎一の声が追いかけてきた。
また来るのか…別にいいけど。


◇◆◇


「司ぁ…」
「………」

外での顔と俺の前での顔を統一しろよ。
緩んだ表情…それだけ俺に気を許してるってことだろうけど。

「飲もうよ。今日もビール買ってきた」
「わかってる」
「早く座って」

先にプルタブを上げて飲み始めてる。

「ひとりで飲んでも同じじゃないのか?」
「違うんだよ! 司がそばにいてくれるっていうのが落ち着くの!」
「そーですか」
「そーなんです!」

慎一がプルタブを上げた缶ビールを俺に差し出すので受け取る。

「はい乾杯」
「なにに」
「細かいこといいでしょ」

缶を軽くぶつけてまた飲む慎一。
俺も飲むけど、なんだかビールがいつもより苦く感じる。
缶を見るといつも慎一が買ってくる銘柄だ…おかしい。

「俺、今日あんま飲めないから」
「なんで?」
「調子悪いかも」

味覚が変。
夏風邪じゃないだろうな。
昨日裸で寝たし、ありえる。

「え、大丈夫? 具合悪いの?」
「いや、悪いっていうか、なんか変な感じ」
「変って?」
「ビールがいつもより苦く感じる」

なんでだろう。
慎一が俺の額に手を当てる。
大きい手。
また苦味が口内に広がる。

「熱はなさそうだけど」
「だから変なだけだって」
「司になにかあったら大変だから今日はもう寝よう」

ビールの缶をローテーブルに置いて俺を抱え上げる慎一。

「自分で歩ける」
「たまには甘えてよ」
「………」

ベッドに俺を寝かせて慎一が隣に横になる。

「なんで慎一も? 慎一は飲んでていいよ」
「司が俺のそばにいてくれるように、司が大変なときはそばにいるの」
「そういうもんか?」
「そういうもの」

ふふんと自慢げに笑う慎一。
俺がそういうことに疎いのを馬鹿にしてるんだろうか…いや、慎一はそれができる性格じゃない。
ほんと、優し過ぎるんだよな。
あ、また苦い味がする。

「……慎一は優し過ぎる」
「そんなことないよ」
「いや、過剰に優しい」
「……そう、かなぁ…」

慎一に背を向けると、慎一は俺を背中から抱き締める。
俺の額に手を当てて離す。

「熱があるわけじゃなさそうだから、なんだろうね」
「わかんないけど、そういう日もあるだろ」
「心配だよ。司が倒れちゃったらどうしよう」
「倒れないし」
「俺が毎晩酒に付き合わせるのが悪いのかな」
「そんなことない」

俺の肩にぐりぐりと額を押し付ける慎一。
ちらりと見ると目が合った。

「司、俺…」
「なに?」

真剣な目。

「俺、優し過ぎる男を卒業したい」
「なんで」
「だって逃げられたのってそれが原因っぽくない?」
「それは違うと思うけど…」

どうなんだろう。
その可能性は完全にゼロではないのか。
じゃあ花嫁が逃げた原因は刺激が欲しいからとか、そういう自分勝手な理由だったりするのか?
それも腹立つな。

「…慎一が花嫁に逃げられた原因が優し過ぎるからだったら、俺は相手を許せない」
「どうして?」
「慎一のそういうとこを好きになったんじゃないのかって思うから」
「う、ん…そうだね。優しい俺が好きだって言ってたけど……心は変わるから」
「みんながそうだと思うな」

冷房の温度を下げて瞼を下ろす。
ふたりでくっついているとちょっと暑い。
でもそれを言うのも、心配してくれてる慎一に申し訳ない。

「優しいっていいことだろ」

想像したらちょっとイラっとしてきた。
花嫁…あんまり顔ははっきり覚えてないけど、その女が慎一のことを悪く言ってるのを考えて勝手にイラつく俺もどうかなと思うが、でも収まらない。
だって慎一がよくて結婚することにしたくせに、他に男がいたってわけがわからない。
慎一は相手に他の男の影があること、知ってたんだろうか。
知ってて見逃してあげてたっぽいな…。
それでも結婚しようとしたってすご過ぎる。
利用されてただけじゃないのか…全部想像だけど。

「司のほうが優しい」

ぎゅっと抱き締められて瞼を上げる。
慎一の指先がちょっと震えているから、手を重ねる。

「慎一には負ける」

指を絡めて深呼吸をする。
慎一の体温が心地好くて、少しだけどきどきした。
苦味は消えなかった。


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