恋した涙

すずかけあおい

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恋した涙①

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香月かづき優歩ゆうほ

 渚沙なぎさが一組に顔を見せる。三人で話をしていると、渚沙の彼女の芽依めいさんが教室の扉のところから渚沙を呼んだ。芽依さんが可愛くて優歩がついぽうっとしてしまうと香月に指で額をぐりぐりと押される。

「あれは渚沙の彼女だ。それに優歩にはつり合わない」
「痛いなあ……わかってるよ。でも好きになるのは自由だろ」
「……わかってないよ」

 どこか拗ねたような香月を不思議に思いながらも芽依さんを目で追ってしまう。
 優歩は渚沙の彼女を好きになってしまう。渚沙は恰好よくてもてる。つき合う彼女も可愛くて、紹介されるとぽうっとなってしまうのだ。もちろん渚沙もそのことを知っていて、「優歩にも譲らない」と笑っている。
 でも渚沙のローテーションは速くて、中三で初めて彼女ができて高一の今三人目だ。渚沙と彼女が別れると同時に優歩も失恋する。渚沙と別れたのなら自分と、という考えにはならない。優歩は渚沙と違って地味で目立たない。ただ憧れているだけでも身の程知らずだとわかっている。だから気持ちも伝えずいつも終わる。

「そういえば香月、また告白されたんだよね? なんでつき合わないの?」
「興味ない」

 香月も恰好いいけれど、渚沙と逆で一度も彼女を作ったことがない。実は好きな子がいたりするのだろうかと渚沙と話したことがあるけれど、本人は否定も肯定もしなかった。
 優歩が香月と渚沙と仲良くなったのは中二のとき。出席番号が三人並んでいて仲良くなった。中三でばらばらのクラスになったけれどずっと仲良くしていて、同じ高校を受け無事三人とも合格。高校では香月と優歩が同じ一年一組、渚沙が隣の二組で必然的に優歩は香月といることが多いが、たまによくわからないやつだな、と思うときがある。そういうところも女子からすると「謎めいていて素敵」という褒め言葉になるのだろうから、美形は得だ。
 教室の扉の前で渚沙と芽依さんが話しているのを見る。自分も恰好よければ彼女ができたのだろうか。ふたりを見ているとなんだか強い視線を感じる。隣を見ると香月が優歩を見ている……凝視している。

「なに?」
「……」

 答えはなく、ただ拗ねたようにそっぽを向く。本当によくわからないやつだ。



 放課後、渚沙は彼女と帰るので優歩は香月とふたりで下校する。自宅最寄り駅が同じなので電車を降りて並んで歩く。

「俺にも彼女できないかなあ」

 言うだけはただと呟いてみると、鋭い視線が向けられた。

「できない。できなくていい」

 さすがにかちんときてしまう。そこまで言うことはないだろう。

「それはひどくない?」

 反論すると香月はふいっとそっぽを向いた。

「優歩につり合うやつはひとりしかいない」
「どういうこと?」

 今度はむっとしたような表情で香月が真っ赤になる。でもその赤らんだ顔は怒りからではなさそうだ。少し瞳が潤んでいて、縋るように見つめられる。

「鈍すぎ」
「だからどういうこと?」
「優歩が好きだって言ってんだよ!」

 言っていない、全然言っていない。
 ぽかんとしていると手をとられ、びくんと身体が竦む。

「優歩が好きだ。ほんと鈍すぎるのいい加減にしてくれ」

 ため息をつく香月だけれど、そんなふうに言われてもまさか香月が自分を好きだなんて想像もしない。

「香月は女子からすごくもてるのに、どうして?」

 思ったままを聞くと睨まれてしまい怯む。

「女子にもてたら好きなやつを諦めないといけないの?」
「そういうわけじゃ……」

 香月は優歩の手をぎゅっと握り直す。

「俺はずっと優歩だけ見てたんだ。それなのにおまえは渚沙の彼女ばっか好きになるし……勘弁してくれ」
「ご、ごめん……?」

 謝るので合っているかわからないけれど、非難されているようなので一応謝罪を口にすると香月がまた睨む。

「謝るくらいなら俺を見ろ」
「そう言われても……。香月はゲイなの?」

 この聞き方はよくなかった、と口に出してから思う。やはり香月からきつい視線を向けられた。でもその視線はすぐにせつなげにゆれる。

「ゲイだったら優歩は俺の気持ちを受け入れてくれるの?」
「え?」
「俺は優歩が好きになってくれるならなんでもいい」

 そんな極端な、そう思うけれど、そこまで好きなのか、と頬が熱くなる。でも不可解な点もある。

「なにが理由で俺を……?」
「優歩は勉強ができないから」
「えっ」

 それは好きになるところか。まさか、自分の頭のよさを示せるから好きということか。そんな「好き」はなしだろう。

「……勉強教えてやると笑顔で『ありがとう』って言ってくれるのがめちゃくちゃ可愛いんだよ」

 想像に反して香月が紡いだ言葉は純粋だった。おかしな考え方をしてしまったことを申し訳なく思う。
 でも可愛いなんて言われたのは初めてなのでなんと答えたらいいかわからなくなる。とりあえず「そ、そう……」とだけ返し、香月の顔を見る。女子が好みそうな甘い造りの顔。すっと高い身長に整ったスタイル。色素の薄い髪もあいまって王子様のようだ。
 香月が優歩をそんなふうに見ていたなんてまったく知らなかった。渚沙は知っているのだろうか。

「言っとくけど渚沙も知らないからな」
「えっ」

 どうして考えていることがわかったのか。超能力まで使えたのかと香月の顔をまじまじと見るとため息をつかれた。

「顔に書いてある」
「……」

 自分の顔に触れてみるけれど、本当に顔に書いてあるかどうかなどわからない。

「渚沙に相談してもいいけど、悩むなら真剣に悩んでくれ」
「真剣に……」
「俺だって軽い気持ちで中二のときから優歩を好きだったわけじゃない。本気すぎてすごく悩んだし、一生隠し通そうとも思った。でもやっぱり俺はもっとそばで優歩の笑顔が見たい」

 軽い気持ちではない、それは香月の表情を見てもはっきりわかる。こんなに真剣な表情をしているところは見たことがない。

「大丈夫。優歩が俺をふっても友達はやめない。真剣に考えて、正直な気持ちを教えて欲しい」

 分かれ道に差し掛かり、香月の家は右に曲がる方向だ。

「じゃあな」

 ふわりと手をあげて香月が角を曲がるのでうん、とだけ答えて手を振る。
 友達はやめないと言ってくれたことにほっとしている。どんな答えが出るかはわからないけれど、それで香月を失ってしまうことはない。


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