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揺れる心
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恒一との待ち合わせ場所に向かう足取りは、自然と重くなっていた。
駅前のカフェ。
前の人生でも何度も訪れた場所だ。
当時は、ここで将来の話をした。
結婚の話も。
何も疑わず、幸せになれると思っていた頃。
店内に入ると、恒一はすでに席に座っていた。
「悪い、急に呼び出して」
「ううん」
向かいに座る。
注文したコーヒーが来るまで、どちらも口を開かなかった。
やがて、恒一が意を決したように顔を上げる。
「……単刀直入に言う」
胸が小さく跳ねる。
この流れを、美月は知っている。
「俺、美月のこと好きだ」
やはり、同じだった。
前の人生と同じ言葉。
同じ場所。
違うのは、自分の気持ちだけ。
「ずっと一緒にいて、気づいたら当たり前みたいになっててさ。でも最近、美月が遠くなった気がして……」
恒一は言葉を探すように続ける。
「だからちゃんと言おうと思った。俺と、付き合ってほしい」
真っ直ぐな目だった。
この頃の恒一は、まだ優しかった。
真面目で、不器用で。
だからこそ、前の人生で一緒になることを選んだのだ。
だが――
その先を、美月は知っている。
仕事に追われ、すれ違い。
余裕をなくし、互いを傷つけ。
最後は、孤独な結婚生活。
そして病室での別れ。
(もう、戻らない)
ゆっくり息を吸う。
そして、はっきり言った。
「ごめん」
恒一の表情が固まる。
「……理由、聞いてもいい?」
嘘はつきたくない。
でも、未来の話はできない。
「……好きな人がいるの」
それは事実だった。
三浦の顔が頭に浮かぶ。
恒一はしばらく沈黙し、苦笑した。
「そっか……」
悔しそうに笑う。
「なんか、タイミング悪かったな、俺」
胸が少し痛む。
彼が悪いわけではない。
ただ、未来が違うだけ。
「でも言えてよかった。ありがとう」
そう言って立ち上がる。
去っていく背中を見送りながら、美月は小さく頭を下げた。
(これでいい)
過去に引き戻される道は、これで閉じた。
⸻
店を出ると、スマホが震えた。
三浦からだ。
『今日サークル後、空いてる?』
思わず笑みがこぼれる。
返信を打とうとして――手が止まる。
(……言うべき?)
病院のこと。
息苦しさのこと。
もし、同じ病気だったら。
また誰かを残して死ぬかもしれない。
そんな未来に、三浦を巻き込んでいいのか。
少し迷ってから返信する。
『空いてるよ』
会ってから考えよう。
逃げるのは、もうやめる。
⸻
夜、公園のベンチ。
三浦は缶コーヒーを差し出した。
「はい」
「ありがとう」
並んで座る。
少し沈黙が続いた後、三浦が言う。
「今日、あいつに告白された?」
驚いて顔を見る。
「なんで分かったの?」
「なんとなく」
少しだけ、気まずい空気。
三浦は前を向いたまま言う。
「……断った?」
「うん」
その瞬間、彼は小さく息を吐いた。
安心したような、照れたような顔。
その横顔を見て、胸が温かくなる。
(この人と……)
未来を歩きたい。
そう思った。
でも同時に、不安が胸を締め付ける。
「三浦くん」
声が震える。
「ん?」
言わなきゃ。
隠したままじゃ、前と同じになる。
「私……もしかしたら、体悪いかもしれなくて」
言葉がこぼれた。
三浦が驚いて振り向く。
「どういうこと?」
病院に行ったこと。
検査結果待ちであること。
息苦しさがあったこと。
全部話した。
言い終える頃には、手が震えていた。
沈黙が落ちる。
やっぱり、重かったかもしれない。
後悔がよぎる。
だが次の瞬間、三浦は言った。
「……なんだ、それ」
予想外の反応に、目を瞬かせる。
彼は笑った。
「そんなの、一人で抱えんなよ」
優しく頭を軽く叩く。
「結果出るまで一緒に心配すればいいだろ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
前の人生では、こんな風に言ってくれる人はいなかった。
気づけば、涙がこぼれていた。
「なんで泣くんだよ」
困ったように笑う三浦。
「……嬉しくて」
声が震える。
そして三浦は、少し照れながら言った。
「じゃあさ」
一瞬の沈黙。
「俺と、付き合う?」
世界が静かになった気がした。
ずっと望んでいた言葉。
でも――
検査結果は、まだ出ていない。
未来は、まだ分からない。
それでも。
もう、逃げたくない。
涙を拭い、美月は笑った。
「……うん」
三浦も笑った。
その夜、二人は初めて恋人になった。
しかし――
その裏で。
数日後に知らされる検査結果が。
再び、美月の運命を揺るがすことになるとは。
まだ、誰も知らなかった。
駅前のカフェ。
前の人生でも何度も訪れた場所だ。
当時は、ここで将来の話をした。
結婚の話も。
何も疑わず、幸せになれると思っていた頃。
店内に入ると、恒一はすでに席に座っていた。
「悪い、急に呼び出して」
「ううん」
向かいに座る。
注文したコーヒーが来るまで、どちらも口を開かなかった。
やがて、恒一が意を決したように顔を上げる。
「……単刀直入に言う」
胸が小さく跳ねる。
この流れを、美月は知っている。
「俺、美月のこと好きだ」
やはり、同じだった。
前の人生と同じ言葉。
同じ場所。
違うのは、自分の気持ちだけ。
「ずっと一緒にいて、気づいたら当たり前みたいになっててさ。でも最近、美月が遠くなった気がして……」
恒一は言葉を探すように続ける。
「だからちゃんと言おうと思った。俺と、付き合ってほしい」
真っ直ぐな目だった。
この頃の恒一は、まだ優しかった。
真面目で、不器用で。
だからこそ、前の人生で一緒になることを選んだのだ。
だが――
その先を、美月は知っている。
仕事に追われ、すれ違い。
余裕をなくし、互いを傷つけ。
最後は、孤独な結婚生活。
そして病室での別れ。
(もう、戻らない)
ゆっくり息を吸う。
そして、はっきり言った。
「ごめん」
恒一の表情が固まる。
「……理由、聞いてもいい?」
嘘はつきたくない。
でも、未来の話はできない。
「……好きな人がいるの」
それは事実だった。
三浦の顔が頭に浮かぶ。
恒一はしばらく沈黙し、苦笑した。
「そっか……」
悔しそうに笑う。
「なんか、タイミング悪かったな、俺」
胸が少し痛む。
彼が悪いわけではない。
ただ、未来が違うだけ。
「でも言えてよかった。ありがとう」
そう言って立ち上がる。
去っていく背中を見送りながら、美月は小さく頭を下げた。
(これでいい)
過去に引き戻される道は、これで閉じた。
⸻
店を出ると、スマホが震えた。
三浦からだ。
『今日サークル後、空いてる?』
思わず笑みがこぼれる。
返信を打とうとして――手が止まる。
(……言うべき?)
病院のこと。
息苦しさのこと。
もし、同じ病気だったら。
また誰かを残して死ぬかもしれない。
そんな未来に、三浦を巻き込んでいいのか。
少し迷ってから返信する。
『空いてるよ』
会ってから考えよう。
逃げるのは、もうやめる。
⸻
夜、公園のベンチ。
三浦は缶コーヒーを差し出した。
「はい」
「ありがとう」
並んで座る。
少し沈黙が続いた後、三浦が言う。
「今日、あいつに告白された?」
驚いて顔を見る。
「なんで分かったの?」
「なんとなく」
少しだけ、気まずい空気。
三浦は前を向いたまま言う。
「……断った?」
「うん」
その瞬間、彼は小さく息を吐いた。
安心したような、照れたような顔。
その横顔を見て、胸が温かくなる。
(この人と……)
未来を歩きたい。
そう思った。
でも同時に、不安が胸を締め付ける。
「三浦くん」
声が震える。
「ん?」
言わなきゃ。
隠したままじゃ、前と同じになる。
「私……もしかしたら、体悪いかもしれなくて」
言葉がこぼれた。
三浦が驚いて振り向く。
「どういうこと?」
病院に行ったこと。
検査結果待ちであること。
息苦しさがあったこと。
全部話した。
言い終える頃には、手が震えていた。
沈黙が落ちる。
やっぱり、重かったかもしれない。
後悔がよぎる。
だが次の瞬間、三浦は言った。
「……なんだ、それ」
予想外の反応に、目を瞬かせる。
彼は笑った。
「そんなの、一人で抱えんなよ」
優しく頭を軽く叩く。
「結果出るまで一緒に心配すればいいだろ」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
前の人生では、こんな風に言ってくれる人はいなかった。
気づけば、涙がこぼれていた。
「なんで泣くんだよ」
困ったように笑う三浦。
「……嬉しくて」
声が震える。
そして三浦は、少し照れながら言った。
「じゃあさ」
一瞬の沈黙。
「俺と、付き合う?」
世界が静かになった気がした。
ずっと望んでいた言葉。
でも――
検査結果は、まだ出ていない。
未来は、まだ分からない。
それでも。
もう、逃げたくない。
涙を拭い、美月は笑った。
「……うん」
三浦も笑った。
その夜、二人は初めて恋人になった。
しかし――
その裏で。
数日後に知らされる検査結果が。
再び、美月の運命を揺るがすことになるとは。
まだ、誰も知らなかった。
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