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帝国への亡命

第48話 グレンツァート砦 2

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 下水道を抜けて街の外に出たあと、本来は帝国を監視する目的で作られたグレンツァート砦に入った。

 老朽化はそこまで酷くはなく、ギリギリ砦として機能するレベルだった。

 砦に着いてまず行ったのは、侵入経路の限定化とトラップだ。このグレンツァート砦は前から守るのは得意だが、後ろから攻められるとどこからでも侵入できる形をしている。

 そこでスタークの隊長であるダートが提案をした。

「入り口はマナブ殿の土魔術で塞ぎ、トラップは起爆札を地面に仕掛けようと思う」

 ロイはそれでは不十分だと感じて更なる提案を行う。

「グレンツェに王国軍が着いたとアンタの部下から報告を受けた。もっと二重三重にトラップを設置した方が良いと思う」

「ふむ、ではどのような?」

 ロイは更なる提案をし、ダートたちはそれに従ってトラップを完成させた。

「うむ、これなら撤退に追い込めるかもしれない」

 ロイの作戦にダートを含む隊員が頷く。そして、遂に敵が裏門前に到着したと言う一報が入った。

 ☆☆☆

「反逆者の一族とその協力者!投降の意思あらば──」

 ──と、お決まりの文句を言ったあと、黒い軍服を着た男は大将であるカイロに指示を請う。

「カイロ様、開門の意思は無さそうですが、どうしましょうか?」

「……指揮権を正規軍に渡し、俺様の部隊は引き上げるぞ!」

「ハッ!」

 何の疑問もなく敬礼をする黒軍服の男に対し、正規軍の男が異議を唱えた。

「ちょっと待って下さい!」

「俺様の決定に文句でもあんのか? あぁっ!?」

「いえ、そのようなことは……ただ、指揮権をいきなり渡されるというのはあまりにも──」

「正規軍に現地の駐在軍も合流して、その数は500だ。勇者ハルトに剣姫様もついてる……これだけ揃ってて尚且つ俺様に残れと、そう言いたいのか?」

 カイロは新たな指揮官と肩を組み、耳元で囁く。

「俺様が、お前さんに、手柄を譲ってやるって言ってるんだよ。お前さんだって知ってるんだろ?俺様の爆弾をさ」

 カイロが左胸に埋め込まれた爆弾"アグネイト"を親指でコンコンと叩く。

「ただでさえ、距離的にもギリギリなんだ。お前さんのワガママ聞いてここに残ったら──バンッ!って吹きとんじまうぜ?」

 指揮官の男は真っ青になりながら、汗も流していた。そしてコクコクと頷いたあと、ようやくカイロから解放された。

「じゃ、あとはよろしくな!」

 肩をバンバンと叩いて取り巻きの黒軍服たちとその場を去るカイロ。
 指揮官の男は溜め息をついてすぐに部下へ指示を出した。

「魔術部隊、前進!」

 前衛の間から規則正しく前に出てくるローブ姿の部隊、それは炎の魔術師で構成されていた。アグニの塔解放後、鍛治産業は発展し、それと同じく炎魔術の使い手も地位が向上した。

 そして攻撃の準備を終え、右手を空へと掲げたあと、前へ振り下ろした。

「撃てぇっ!」

 次々と赤の魔方陣が発光し、中級魔術"イラプション"が門を襲う。炎の塊が着弾する度に爆音が鳴り響く。

 5分ほど攻撃を行ったあと、ようやく裏門が崩壊した。見えてきたのは直線通路、指揮官は迷わず進軍を指示した。

「よし、あとは反逆者どもを討ち取るだけだ。ハハ、簡単じゃないか──」

 安堵も束の間、すぐに爆音が聞こえてきた。

「報告!敵はどうやら地面に起爆札を設置してる模様、前衛部隊に損害がでました!」

「くっ!──わかった。敵の使用してる起爆札は使い捨てのマジックアイテム。すぐに支援魔術部隊に解除に当たらせろ!」

「ハッ!」

 支援魔術部隊は回復から強化魔術バッファーまでこなす縁の下の力持ち的存在。だが、炎魔術師の台頭によって存在意義が危うくなり、規模が縮小されていた。

 結果、本来なら10分で解除できる罠を30分かけて解除することになり、軍の士気は大きく低下してしまった。

「ねえ、指揮官さん」

 焦る中、不意に声をかけられてそちらの方へ視線を向けた。相手は剣姫と謳われる王国の姫、アルカンジュだった。

「手間取ってるようだけど、私がでましょうか?」

「それには及びません!姫様は後方で兵の勇姿をご覧になってくだされ、皆も勇気付けられます故──」

「勇姿、ねえ……悲鳴しか聞こえないけど?」

 アルカンジュが指摘してようやく前線の様子がおかしい事に気が付いた。

 地雷を突破し、進軍しているはずの前衛部隊が隊列を崩し、我先にと後退し始めていた。

「報告します!空から初級魔術"ストーンランス"が大量に降っています!これでは進軍できません!」

「チィッ!前衛部隊のうち重騎士は支援部隊から強化魔術を受けろ、そしてシールドスキルを上方展開して進め!」

「ハッ!」

 広範囲をカバーできるシールドスキル"プロテクション"を均等に張り巡らし、無事に突破することができた。

 ふぅ、これでようやく……と前線から目を離そうとした時、斜面の頂上付近に設置してある何の変哲もない貯水槽が──破裂した。

 ドバァっと水が流れ、後方であるこちらの足下まで浸かってしまった。

「ふははははは、日々訓練を行う我ら王国軍の健脚を舐めてるな?この程度の水で進軍を阻めると思うたか!よしっ!敵の策は尽きた全軍──進めぇぇぇぇぇ!!」

 斜面を駆け上がれば砦の中枢だ。あとは数の暴力で押し切れば良い。そして進軍を続けていると、斜面の頂上に2人の女が立ってるのが見えた。

 両方とも槍を持って身構えている。100名にも満たない人数と聞いていたが、実際に戦える人間はもっと少ないのか?

 疑問を浮かべている間にも敵は動いている。ふてぶてしい表情、黒髪を後ろで束ねている女が槍を地面に突き立てた。

「一体何を────ッ!?」

 直後、全身を刺すよう痛みが襲う……全軍膝を付き、中には失神している者もいる。

「雷撃……だと?──そうだ!姫様は!?」

 指揮官は傍らにいた筈の姫君の身を案じる。

「姫……様、なるほど……あなたはすでに、気付いておられたか……」

 剣姫と謳われたアルカンジュは壁を走り、雷撃から逃れていた。それどころか、令嬢を思わせるもう一人の槍使いへ攻撃を仕掛けていた。

 それだけじゃない、雷属性に耐性のある勇者ハルトと100人ほどの騎士たちはそのまま斜面を駆け上がっている。

 指揮官としては決定的に敗北だが、我等の"希望"が向かったのなら、きっと勝利することだろう。

 指揮官はゆっくりと意識を失った。
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