上 下
52 / 225
帝国への亡命

第52話 グレンツァート砦 End Chapter

しおりを挟む
 ソフィアの槍は魔力がみなぎっていて、余剰魔力をどこに向けたものか悩んでいた。

「ロイ、あなたがまさか1人で倒すなんて、思いませんでしたわ。ロイが壁から落としたところを光槍ハスタ・ブリッツェンで仕留めるつもりでしたのよ?」

「俺に言われてもなぁ……てかそれ、拡散出来ないのなら空に向けて撃てばいいだろ」

 ユキノの世界には空を飛ぶ乗り物があるそうだが、生憎こちらでは一部の国で飛竜による運搬が採用されてるだけだ。なので全く問題ないわけだ。

 だが、その場でロイの提案に異議を唱える者がいた。

「待って! それよりも、良い方法があるよ。えーっと……あれを狙って撃ってちょうだい」

 アルカンジュ──ではなく、アンジュが騎士の突入してきた裏門を指差している。

「なるほど、入り口を塞いで敵の侵入を阻止するってわけね。わかったわ! いくわよ~! 光槍ハスタ・ブリッツェン!!」

 光の槍が裏門に衝突し、ガラガラと音を立てて崩壊した。こんなに簡単に壊せたのは、王国騎士団がある程度破壊してたのと、火の魔素が世界に満ちていることが要因となった。

 ソフィアの放つ光の槍は火属性の上位属性でもあるため、アグニの塔が解放された影響を少なからず受けてしまう。

 火属性は3割加算、光属性は1割加算と言ったところか。それも、火の魔素が放出されて間もない今でさえこれだ。1年後は5割加算されててもおかしくない。

 ロイ、ソフィア、アンジュの3人は、援護に連れてきていたメンバーと共に脱出口である正門へと向かった。

 ☆☆☆

「ロイさん!」

 正門に着いたロイの元へユキノが走ってきた。

「ユキノ、今回は苦労かけたな……。マジで助かったよ」

 ロイがそう言って頭を撫でると、ユキノは嬉しそうな表情を浮かべた。

 今回、主戦場となる裏門周辺では、ロイ、ソフィア、サリナの3人と10数名の護衛で防衛に当たっていた。

 他の面子は正門を開ける準備の役と、負傷者を本陣である正門周辺に運ぶ役に分かれていた。前線に来ては負傷者を運びながら治療、それの繰り返しを行っていた。

「私の回復魔術、即効性があれば私も前線に居られたのに……」

 ユキノは共に戦えなかった事を悔しがっている。

 治癒術師は大きく"瞬発回復型"と"継続回復型"に分かれている。

 ユキノは継続回復型だが、その代わりに浮遊するシールドを出したり、継続回復の利点を活かして"差し込みヒール"が使えたりする。

 今回は短期決戦だったので、たまたま合わなかっただけだ。

 ロイは撫でるのをやめて今の状況を聞いた。

「正門前に黒い服の兵が現れたんですが、何故か後から来た騎士と戦い始めて……私達も混乱してるんです」

「ああ、それな? 実は──」

 アンジュが元々裏切るつもりだったこと、そして南の裏門は撤退に追い込んだことをユキノとその場の人間に説明した。

「と言うことは──」

「そうだ、今から正門を開けて黒兜を駆逐する!」

 すぐさまロイは村長とダートに戦況と事情を説明し、門を開ける段取りをした。

 ロイは自分達のパーティが所有する馬車を探す。だが見当たらない……どこのアホが持ち込んだのか、馬のいない戦闘用馬車チャリオットなら目の前にあるが。

「お~い、ロイの旦那~! こっちですぜ!」

 現実逃避を止めて、ロイはパルコの元へ向かった。

「これはなんだ?」

「俺っち達の馬車」

 中からユキノとサリナが顔を出してロイを呼んでいる。それにより、これがパーティの馬車であることが確定した。

「馬は?」

「魔石がありまさぁ!」

 トラップで魔力を使い果たした非戦闘員のマナブが御者の位置から親指を立てている。

 きっと暇だったんだろう、2人であーだこーだ言いながら改造してるのが目に浮かぶよ。

「……はぁ。動くならもうなんでもいい」

 ロイはそれ以上聞かずに大人しく中に入った。

「ねぇ、ハルトはやっぱり?」

「すまん、邪魔が入って無理だった」

「……そう」

 戦線を離脱して先に本陣に戻っていたサリナがハルトについて聞いてきた。言葉から察するに、ある程度予想はついていたようで、落胆している。

「うん、わかってるから気を使わなくていい。それよりも、このお姫様は新しい仲間って認識でいいの?」

「ああ、これからはアンジュって呼んでやってくれ」

「アンジュ、よろしく」

「サリナだっけ? こちらこそよろしく」

 なんだろうか険悪ではないものの、どこか緊張感ある空気を感じる。

 そんな中、パルコが空気を打ち破るように話しかけてきた。

「ロイの旦那~! いよいよ開きますぜ!」

 パルコの声と共に大きな音を立てて正門は開いた。そしてダートは叫ぶ。

「敵は黒兜! 蹂躙せよっ!」

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 アンジュの近衛騎士は後退し、空いたスペースに味方が殺到した。よく見るとうちの馬車程ではないがある程度改良されている。

 大人数収容出来るように乗るスペースを拡張し、馬に負担がかからないように、車輪とその周辺には魔石による装飾が施されている。恐らく御者が魔力を消費することで、より動きやすくなっているのだろう。

 そして、相対する敵は魔術や剣技にキレがなくなっている。

 わざわざ砦を迂回して正門へ回り、挙げ句に仲間と思っていた騎士と戦闘になった黒兜は疲弊しきっていた。

 馬車で割って入り、馬車の後部から味方がゾロゾロと降りて敵を屠っていく。

「よし、じゃあ、俺達も──ッ!?」

 ロイの合図の前に戦闘用馬車(仮)が発進し、あまりの急加速に内部では人が転がる音と悲鳴が上がっている。

「お、おいパルコ!──馬がいないのにどうやって動いてるんだよ!」

「マナブ達の世界の原理とやらを利用して動いてるんですよ」

 乗る前に確認したとき、赤と緑の魔石が後部に取り付けられていた。火とか風とかそう言うので動いてるってわけか!

「よし、着きましたぜ! 健闘を祈っておきます!」

 マナブ曰くこれは自動車であり、装甲車であり、そしてデコ馬車であると言う。

 ──もう自動車でいいよ。

 ロイはそう命名し、一行は自動車から降りてすぐに味方と合流した。


 疲労もない、士気も高い、それを相手に敵の数は減り続け、半数を失った段階で撤退を始めた。ハウゲンからの指示は途切れ、味方から攻撃された黒兜はさぞ混乱したことだろう。

 最後の戦いは比較的に楽であり、こちらの損害は軽傷者数名程度で済んだ。

 アンジュの近衛騎士を全員収容してすぐに帝国の国境へ向かった。

「止まれ! 通行証を見せてもらおうか?」

 ソフィアが自動車から降りて応対を始めた。

「イグニアの槍、ソフィア様!?」

「ごめんなさい、通行証は持ってないの」

「ソフィア様であれば……お通ししても構いません。レグゼリア王国での交渉と仰ってましたが、成功したんですか?」

 きっと、こちら側に来る時にそう言うていの話しをしたんだろう。

「交渉の結果──この商隊キャラバンに王国の特産品を売ってもらうことにしたの、今どの国も緊張状態だから買えなくなるかもしれないでしょ? わかってくれたのなら、通してくださる?」

 ちなみに、全員武装解除して一般人を装っている。アンジュの近衛騎士とかバリバリに武装して入ってきたら反乱の手引きと考えて、さすがに通してもらえないからだ。

「ハッ! 失礼しました! どうぞお通り下さい」

 ロイ達は帝国の国境を越え、難を逃れることに成功するが、その先には新たな運命が待ち受けていた。
しおりを挟む

処理中です...