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帝国編

第69話 ユキノは見た!

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 朝起きて隣を見るとロイさんがいなかった。彼のいたところがあまり暖かくないので、結構前にベッドを出たことがわかる。

「うん、ロイさんを探しに行こうっと!」

 手早く着替えて身だしなみも整える。この世界にもお化粧があるので、ナチュラルメイクで顔を仕上げる。
 この世界に来た頃は化粧なんてしなかった。多分、ハルトと一緒にパーティ組んでた頃でさえしてなかったと思う。

 色々混乱してたし、変わり行くみんなに怯えていたのが大きかったかもしれない。
 そんな私が最近は欠かさずお化粧をするのには訳があるのです。

 それは気になる男性がいるから、というのが答えだと思います。曖昧な感情だけど、完全に自覚したのはつい最近です。

 馬車で旅をしていた時は1人で寝ていたけど、宿で寝る時はいつも彼が隣にいた。こっちに来てから彼から1人で寝るように言われた時は胸が締め付けられそうになって、必死に抵抗しました。

 気付くと目で追っちゃいますし、こりゃあ確実に落ちてますね、私。

 わざと寝る時にパツンパツンなタンクトップを着てるけど、中々彼は落ちません。
 なのでもっと女を磨かなくては、と化粧を再開した次第でございます!

 それはさておき、ロイさんを探すこと約5分。ソフィアさんを廊下で見かけました。
 ソフィアさんの更に前方にはダートさんが歩いてます。

 ソフィアさん、ダートさんに声をかけないで一定の距離を歩いてる……尾行してるのかな?

 邪魔をしてはいけないので回れ右をしようとした時、ソフィアさんの少し後ろをついていく黒い何かを感じ取ってしまいました。

「よし! ダートさん、ソフィアさん、悪魔さん、そして私で尾行行列ごっこをしてみますか」

 それぞれが尾行をしながら進んでいくと、中庭を抜けて、屋敷敷地内にあるちょっとした林までたどり着いた。

「ソフィア様、私を尾行する理由をお教え下さい」

「気付いていたのね……じゃあ単刀直入に言わせてもらいますわ。あなた、鉱山で一体何を見つけたのかしら?」

「報告通り、何もありませんでしたよ。ガナールタ・キングストン様は、特に何も工作されてなかったようです」

「あなた、いつからアレを様付けで呼んでるのかしら? 少なくとも、出発前は呼んでいなかったはず。それに、今は奴隷に落ちてるからアレは貴族でも何でもないはずですわ」

 うー、出ていくタイミングを完全に見失いました……。でもなんだろ、言われてみるとダートさんがガナルキンさんを様で呼んでるの、聞いたことないですね。

「あなたのロイに対しての態度が目に余りますわ。彼の事が気に入らない理由でもあるのかしら?」

「後からスタークに入ったロイ殿は、いや、ロイは何故か特別扱い……しかもいきなりエイデン様と対等に会話している。その上"イグニアの短剣"まで託されてるときた……」

「それは、彼が聖剣を持ってるから仕方なくてよ?」

「私は前線から外されて斥候扱い……いい気分がしないのは仕方ないですよ」

 パンッ!

 ソフィアさんがダートさんの頬を平手打ちした。ダートさんは邪悪な笑みを浮かべていて、それを見た私は背筋がゾクッとなった。

「どんな大層な理由なのかと聞いてみれば、子供のような理由ばかり並べ立てる。あなたはエイデンに仕えてるのよ? 私情を捨て、主の命に殉じるのが騎士の在り方ですわ! そんな些末な理由で彼の足を引っ張るような真似しないでちょうだい!」

「くくく、あなたは気丈で美しい。いつだって私には眩しく見える……常に正しく、それでいて強く可憐だ。スタークのメンバーのほとんどがあなた様に惹かれているだろう。そんなあなたが……たった1人のために王国に向かって亡命を手助けする。──とても不愉快でしたよ!」

 ソフィアさんは何かを察してすぐにダートさんから距離を取る。ダートさんの周囲に風が渦巻き始めた。それも少しだけ黒い風で、私の持つテュルソスが攻撃的になってるのを感じた。

「ダート! その力、一体どうしたの!?」

「ソフィア様、すみません。私はあなた様に嘘をついておりました。坑道の奥には鉄鉱石の他に黒い石がありました……それは私に力を与え、解き放った!」

 ダートさんは宙に浮いて黒い風を鎧のように纏っている。新しい剣で試し斬りするかのように、近くの木を風で吹き飛ばした。
 ダートさんは自身の力にうっとりした表情で溺れ始めている。

「ダークマターがあったのね……でもそれを使った魔物がどうなったのか、あなたにはわかるでしょ?」

「単独であれば暴走してしまうが、とある技術でそれも抑え込んでいるから安心してください」

「ダークマターは禁忌指定のアイテムとして承認されてるのわかってるのかしら? それを使うということは──」

「ええ、もう戻れませんね。ですが、私には新たな居場所がある。そこへソフィア様も連れて行きます」

 ダートさんはソフィアさんに手を掲げて何かを始めようとしていた。隙が出来てる今がチャンス! 私は全力でダートさんの方へ駆けていく。

「"祝福盾ブレスシールド殴打バッシュ"!!」

 盾は真っ直ぐ飛んでいき、それはダートさんの腹部に直撃した。

「──カハッ!」

 お腹を押さえてダートさんはふらついている。

「ユキノ、何故あなたがここにいるのかしら?」

「えーっと、ごめんなさい! お二人の事が気になって、尾行しちゃいました……」

「後で少し話し合う必要がありそうね。──取り敢えず今はダートをどうにかしますわよ!」

 2人でダートさんの方へ向き直る。

「ソフィア様1人なら簡単に捕縛できたのですが、ユキノ殿が合流したとなっては逃げるしかありませんね」

「わたくしを捕縛するですって! 一体あなたは何がしたいの?」

「これはこれは、思いの外ソフィア様は鈍感なようだ。私はソフィア様をお慕いしております。なので貴方が欲しい、その為に色々下準備も尽くしてきました」

「わたくしはあなたを好きになることはないわ!」

「時間をかければなんとかなると思ってます。とは言え──その策も1つ無駄になりましたがね!」

 ダートさんが黒い風を広域放射し始めて、私とソフィアさんは飛ばされないように盾の裏に隠れた。

「仕方ないわ、このまま逃げられるより、光槍ハスタ・ブリッツェンで──ウッ!?」

 私の隣にいたソフィアさんが唐突に倒れた。

「ソフィアさん!? どうしたんですか!」

 ソフィアさんを尾行していたあの黒い何かが背中に纏わり付いていた。"アイテムボックス"から神聖属性が付与された短剣を取り出してソレを斬り払った。

「ダートさん! あなた、ソフィアさんに何したんですか!?」

「"私は"何もしていませんよ。ですがご安心を、それは帝国魔術の1つ……"初級闇魔術・パラライズ"の改良版なので大した効果もありませんよ。では、私はこれにて失礼します。ソフィア様、私は絶対にあなた様を諦めませんので覚悟してください」

 ダートさんは意識のないソフィアさんに語りかけながら後退し始めた。起きたときに私に伝えさせるつもりなのが見て取れる。

 ダートさんが逃げたことで黒い風は止んだ。

 ソフィアさんは依然として目を覚まさない。頬は赤くなって呼吸も荒い。とにかく、今はソフィアさんを屋敷に連れ帰らなくては!

 私はソフィアさんを背負って雪に足を取られつつもなんとか屋敷に帰ることができた……。
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