上 下
118 / 225
新生活編

第118話 宿の仕事

しおりを挟む
 布が擦れるような音が聞こえて目が覚める。

 ベッドの横でソフィアが立っていた。水色の下着だけ着用して給仕服を手に持っている、どうやらこれから着替えるつもりらしい。

 戦闘用の服は枕の上で綺麗に畳まれている。そして背中を向けてるので、こちらの視線にも気付いていない。

「これはどうやって着るのかしら……」

 庶民の服に慣れていないソフィアは、服の構造を目で見て確かめながら解析している。

 窓から差し込む朝日が銀髪と真っ白な肌を照らしていて、まるで聖女のように見える。

 不意に、脇の下から水色のブラが見えてしまった。それはつまり、後ろから見えるほどの大きさを有していることの現れとも言える。

 先にスカートから履くことにしたのか、屈んでスカートに片足通した。そしてふと思う、女性は一様にして何故あのようなピッチリした下着パンツを履くのか、と。

 しかも布面積が圧倒的に少ないし、お尻から前にかけての凹凸おうとつがくっきりわかるし。

 それを意識した瞬間、下半身がとんでもないことになりそうだったので、反対の壁側を向いた。

 ロイの寝返りの音に気付いたソフィアがバッと振り返る。

「ロイ……起きたの?」

 ギシっとベッドが軋んだ。片膝の体重がかけられる音だ。そしてソフィアは横向きに目をつむるロイを上から覗き込んだ。

「ねえ、起きたの?」

 何故寝た振りをしたのか分からないが、ここまでくると突き通さないといけない気がしてきた。

 ──ユサユサ。

 肩を揺らしてきた。頃合いと思ったロイは今起きたかのように目を開けた。

「……今起きた」

「じゃあこのままの向きでお願いね。今着替えてるから」

 ソフィアはベッドから下りて着替え始めた。

「トイレで着替えたりしてもいいだろ。俺が先に起きたらどうするつもりだったんだ?」

「その時はお願いするだけよ。壁の方を向いてってね」

「いや、俺も男だし……襲うかもしれないだろ」

「ふふ、貴方はそんなことしないわ」

 着替え終えたソフィアは「先に行ってるわ」と言ってさっさと1階に下りてしまった。

 ロイも給仕服に着替えてソフィアの後を追った。

 昨日は簡単なレクチャーを受けてすぐに解散した。そもそも来た時間も遅かったし、やることもなかった。

 ここに来るであろう密売人とやらは、黒いメガネをかけた大男だとマスターから聞いている。宿を経営してれば自然とそう言うのが耳に入るらしい。

 勿論、その情報だけだと間違いが起きるかもしれないので、怪しいと思った相手は注意しないといけない。

「ロイ君、この野菜を切ってもらっていいかな」

「わかった。みじん切りでいいのか?」

「そうだね。じゃあ頼んだよ」

 まだ料理人の人が来てないので、ロイも仕込みの準備を手伝っていた。

 今日の献立は野菜とソーセージを炒めたものに、パンとトマトスープがついてくる。

 帝都の宿屋なのに随分と質素な献立だ。建物もよく見ればどこもボロボロで、経営が火の車なのが一目瞭然だった。

 だからこそ、密売人はここを選んだとも言える。

 厨房からホールの方へと視線を向けると、ソフィアが必死にテーブルを拭いてるのが見えた。

 声をかけようとして手を伸ばすも、結局その手を引っ込めた。

 真面目だし、あまり感情を表に出さないから距離感が難しい。それに黒い指輪の一件も話し掛けにくい要因の1つになっていた。

 そうしているうちに従業員が続々と店に来た。さすがにこの人数だとサポートどころか邪魔になるので、ホールを手伝うように指示された。

「ソフィア、何か手伝うことはあるか?」

「じゃあ、床をお願いできるかしら? 雑巾しかないから、私だとスカートが……ね」

「そうだよな、気が付かなくてすまん。他にも困ったことがあれば言ってくれ、男の俺じゃ気付かないことがあるし」

「ええ、ありがとう。何かあれば言うことにするわね」

 そう言ってソフィアは食器を並べ始めた。

 タッタッタッと音を立てながら床を拭いてると、巨大なブーツにぶつかってしまった。

「す、すみません」

 普段は使わない敬語で謝罪し、相手の顔を見て驚いた。マスターの言っていた黒いメガネをかけた大男、まさかこんなに早く出会でくわすとは思わなかった。

「従業員か、気を付けろ」

 そう言って大男はカウンターの方へ歩いていく。背中に大きな麻袋を背負っていて、その袋からジャラジャラと音が聞こえる。

 おかしい、これから大金を受け取ろうとする奴がなんで大金を持ち歩いてる? この男、密売人じゃないのか?

 疑念を抱いたが、証拠が無いので泳がせる他なかった。

 マスターが応対し、何度かの受け答えのあと、上に上がっていった。

「マスター、あの男ここに泊まるのか?」

「素泊まりで2泊するらしいよ。今のところなんの行動も起こしてないから慎重に頼むよ」

 間違いでした、じゃこの宿の評判にも関わってくる。ソフィアの恩人でもあるマスターの宿を潰すわけにはいかないから、ここは慎重に行動しないと。

「悪いが有事の際は──」

「わかってる。でもなるべく激しい戦闘は止めてね。見ての通り、オンボロ宿だからさ……修繕が大変なんだ」

 それらしい人間が現れたので、ロイは2階の廊下を掃除することになった。掃除をしつつ、様子を窺う作戦だ。
しおりを挟む

処理中です...