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リーベ台頭 編
第165話 ハルトの今
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王国を出て、帝国で敗北し、また王国へ戻ってきた。
旅の道中で世界の事を正しく理解した僕は、王宮には帰らず片田舎で生活しようと思っていた。
国境の街グレンツェから少し離れたところにグレンツァート砦という、古びた古城がある。取り敢えずはそこに身を寄せることにした。
リディアが城壁にある傷を指で触っていた。彼女なりに疑問があるように見えた。
「ハルト、ここの砦って……随分前に打ち捨てられたのよね?」
「あまり詳しくないけど、100年以上前に放棄されたと僕は聞いてるよ」
「でもこの壁の傷……真新しいわ。盗賊とかが住んでるんじゃないの?」
ああ、なるほど。リディアはこの城の傷が最近付いたものだから警戒してるのか。
僕は何故この城に新しい傷があるのかを説明することにした。
「半年くらい前、僕はここでロイという男と戦ったんだ。その傷はその時に付いたものだよ」
「そうだったの。その戦い、勝ったの?」
「なんとも答えにくい質問だね」
そう、答えにくいんだ。敵を逃がしたという意味では敗北だが、敵を帝国へ追いやったと言えば勝利ともいえる。
だけど戦果の割に王国軍の負った被害は甚大で、10倍近い勢力を有していたのに倒した敵は数人だけ……そう考えたらどちらにしても敗北だったか。
サリナを前にして、僕は敗北した。それを言いたくないから答えにくいのかもしれない。
「ハルト?」
思案に耽る僕を心配してか、リディアが僕の顔を覗き込んできた。
肩口で切り揃えられた茶髪に、深緑を思わせる緑の瞳、肌は帝国人らしく白く透き通っていて、全体的に整った顔立ちをしている。
今の僕は彼女の存在によって支えられている。いや、単純に惹かれていると言った方が正しいかもしれない。
記憶を失う前は互いを慰めるために身体を重ねたこともあったけど、今はそんな退廃的な感情で交合するつもりはない。
もう間違えないためにも、きちんと手順を踏んでいこうと僕は思っている。
「ねえ、ハルトってば!」
「ああ、ごめんごめん。そうだな……試合に勝って勝負に負けた、そんな感じかな」
意味が分からないリディアは首を傾げていた。
「意味が分からないわ」
「これ以上追及しないでくれよ。僕が大切な女性の前で負けた戦いでもあるんだからさ」
「ご、ごめんなさい」
「……良いんだ。彼女達なりに今は幸せみたいだから」
「そっか……良かった」
リディアはどこか嬉しそうに微笑んでいる。僕が負けたのが余程嬉しいのだろうか? 記憶がなくなる前から色々と破綻していたし、全部が全部消えてなくなったわけじゃないみたいだ。
僕達はすぐに補修に取りかかった。
壊れた城門を木の板で塞ぎ、貯水槽の穴も塞いだ。狩に関しては戦闘職ということもあってか、割りと簡単に出来た。
リディア曰く、僕のは狩ではなく弱いものイジメだという。どこがどう違うのか言ってくれないから、よくわからない。
街への買い物はリディアに頼んでいる。というのも、僕の顔は王国では知られ過ぎてるから、顔の知られていないリディアが適任なんだ。
街から戻ってきたリディアが、僕にクエストの紙を見せてきた。
「ハルト、クエストを受けて来たわ。ゴブリンを5体相手にするんだけど、できる?」
「バカにしないでよ、流石にゴブリンに負けたりはしないよ」
そう言って近くの森でゴブリン狩を行ったんだが、結果は圧勝だった。
「いてっ! もう少し優しくしてくれないか、リディア」
「何いってんのよ。勝つには勝ったけど、ゴブリンメイジのファイアーボールを受けてたでしょ。油断した罰よ」
「あんなのがいるなんて思わないだろ!」
「……はぁ。最近気付いたのだけど、あなたってジョブ性能に助けられてばかりね。勇者じゃなければ大火傷を負っていたわよ」
「それは──」
言い返せなかった。人間ばかり相手にしていたからゴブリンは楽勝だろうって油断していたんだ。
リディアの言うとおり、勇者じゃなければ危なかったかもしれない。
訂正──圧勝ではなく、辛勝だった。
僕の魔剣レーヴァテインは隕石の剣へと変わってしまった。だからこそ、火力に物を言わせた戦いではなく、慎重に、より確実な戦いをしないといけないんだ。
「でも、帝国にいた頃よりマシになったかも」
「そ、そうかな!?」
「ええ、帝国にいた頃はまるで子供のような戦いをしていたもの、チョップと良い勝負だったわ」
「君、記憶ないのによく戦いの事を知ってるね、本当に記憶ないのかい?」
「私、ギルド職員だったのでしょう? 当然ある程度は戦えたはずよ、身体が覚えてるもの」
そう言えば聞いたことがある、思い出の記憶と生活で使う技術的な記憶は違うって。
にしても、チョップか。そんなに時は経ってないのに、懐かしい名前だ。
ヘルナデスという貴族の拠点を一緒に潰したけど、その時の戦利品で帝都郊外に家を建てるって言ってたよな。
ちゃんとギャングから足を洗っただろうか? それだけが心配だ。
Tips
チョップのその後・出来事
売買の時に生じた金の流れを追われて追い詰められ、今はフレミー御抱えの情報屋として働いている。
郊外に建てた家に子分は住んでおり、チョップが働く対価として罪には問われていない模様。(事実上の脅し)
旅の道中で世界の事を正しく理解した僕は、王宮には帰らず片田舎で生活しようと思っていた。
国境の街グレンツェから少し離れたところにグレンツァート砦という、古びた古城がある。取り敢えずはそこに身を寄せることにした。
リディアが城壁にある傷を指で触っていた。彼女なりに疑問があるように見えた。
「ハルト、ここの砦って……随分前に打ち捨てられたのよね?」
「あまり詳しくないけど、100年以上前に放棄されたと僕は聞いてるよ」
「でもこの壁の傷……真新しいわ。盗賊とかが住んでるんじゃないの?」
ああ、なるほど。リディアはこの城の傷が最近付いたものだから警戒してるのか。
僕は何故この城に新しい傷があるのかを説明することにした。
「半年くらい前、僕はここでロイという男と戦ったんだ。その傷はその時に付いたものだよ」
「そうだったの。その戦い、勝ったの?」
「なんとも答えにくい質問だね」
そう、答えにくいんだ。敵を逃がしたという意味では敗北だが、敵を帝国へ追いやったと言えば勝利ともいえる。
だけど戦果の割に王国軍の負った被害は甚大で、10倍近い勢力を有していたのに倒した敵は数人だけ……そう考えたらどちらにしても敗北だったか。
サリナを前にして、僕は敗北した。それを言いたくないから答えにくいのかもしれない。
「ハルト?」
思案に耽る僕を心配してか、リディアが僕の顔を覗き込んできた。
肩口で切り揃えられた茶髪に、深緑を思わせる緑の瞳、肌は帝国人らしく白く透き通っていて、全体的に整った顔立ちをしている。
今の僕は彼女の存在によって支えられている。いや、単純に惹かれていると言った方が正しいかもしれない。
記憶を失う前は互いを慰めるために身体を重ねたこともあったけど、今はそんな退廃的な感情で交合するつもりはない。
もう間違えないためにも、きちんと手順を踏んでいこうと僕は思っている。
「ねえ、ハルトってば!」
「ああ、ごめんごめん。そうだな……試合に勝って勝負に負けた、そんな感じかな」
意味が分からないリディアは首を傾げていた。
「意味が分からないわ」
「これ以上追及しないでくれよ。僕が大切な女性の前で負けた戦いでもあるんだからさ」
「ご、ごめんなさい」
「……良いんだ。彼女達なりに今は幸せみたいだから」
「そっか……良かった」
リディアはどこか嬉しそうに微笑んでいる。僕が負けたのが余程嬉しいのだろうか? 記憶がなくなる前から色々と破綻していたし、全部が全部消えてなくなったわけじゃないみたいだ。
僕達はすぐに補修に取りかかった。
壊れた城門を木の板で塞ぎ、貯水槽の穴も塞いだ。狩に関しては戦闘職ということもあってか、割りと簡単に出来た。
リディア曰く、僕のは狩ではなく弱いものイジメだという。どこがどう違うのか言ってくれないから、よくわからない。
街への買い物はリディアに頼んでいる。というのも、僕の顔は王国では知られ過ぎてるから、顔の知られていないリディアが適任なんだ。
街から戻ってきたリディアが、僕にクエストの紙を見せてきた。
「ハルト、クエストを受けて来たわ。ゴブリンを5体相手にするんだけど、できる?」
「バカにしないでよ、流石にゴブリンに負けたりはしないよ」
そう言って近くの森でゴブリン狩を行ったんだが、結果は圧勝だった。
「いてっ! もう少し優しくしてくれないか、リディア」
「何いってんのよ。勝つには勝ったけど、ゴブリンメイジのファイアーボールを受けてたでしょ。油断した罰よ」
「あんなのがいるなんて思わないだろ!」
「……はぁ。最近気付いたのだけど、あなたってジョブ性能に助けられてばかりね。勇者じゃなければ大火傷を負っていたわよ」
「それは──」
言い返せなかった。人間ばかり相手にしていたからゴブリンは楽勝だろうって油断していたんだ。
リディアの言うとおり、勇者じゃなければ危なかったかもしれない。
訂正──圧勝ではなく、辛勝だった。
僕の魔剣レーヴァテインは隕石の剣へと変わってしまった。だからこそ、火力に物を言わせた戦いではなく、慎重に、より確実な戦いをしないといけないんだ。
「でも、帝国にいた頃よりマシになったかも」
「そ、そうかな!?」
「ええ、帝国にいた頃はまるで子供のような戦いをしていたもの、チョップと良い勝負だったわ」
「君、記憶ないのによく戦いの事を知ってるね、本当に記憶ないのかい?」
「私、ギルド職員だったのでしょう? 当然ある程度は戦えたはずよ、身体が覚えてるもの」
そう言えば聞いたことがある、思い出の記憶と生活で使う技術的な記憶は違うって。
にしても、チョップか。そんなに時は経ってないのに、懐かしい名前だ。
ヘルナデスという貴族の拠点を一緒に潰したけど、その時の戦利品で帝都郊外に家を建てるって言ってたよな。
ちゃんとギャングから足を洗っただろうか? それだけが心配だ。
Tips
チョップのその後・出来事
売買の時に生じた金の流れを追われて追い詰められ、今はフレミー御抱えの情報屋として働いている。
郊外に建てた家に子分は住んでおり、チョップが働く対価として罪には問われていない模様。(事実上の脅し)
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