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ハルモニア解放編
第220話 黒き女神
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帝国の医務官と話し込んでいると、突如として背後の幕舎が吹き飛んだ。
悪寒に近い嫌な空気が舞い、ロイ達は身構える。
「なんだ……一体」
土煙が晴れ、幕舎を吹き飛ばした正体が定かとなる。幕舎を吹き飛ばしたのは……黒いオーラを纏った女だった。
白髪に赤い瞳、だけど見覚えのあるその顔は────。
「アンタは……ヘレナ・バードマンなのか!」
『ふふ……これが人間の知識、感情か。欲に忠実であるからこそ、同胞を陥れる。だが時として……その余分が神をも上回るか』
ロイの問いに答えるどころか、まるで見ていない。自らの身体を、手足を、新しい玩具を与えられた子供のように見回している。
肌は黒い筋が血管のように浮かび上がり、元々着ていた白い衣服ではなく黒と赤の服に変わっている。そして何より変化していたのは、お腹だった。
明らかに妊婦のそれと同程度にお腹は膨らんでいる。ここに来た時は初見では分からない程度だったのに。
「ユキノ、防御の準備頼む」
「はい、任せてください」
異形へと変化したヘレナを中心に帝国軍が集まる。陣形を組む速度は見事なものだが、今コレを刺激してはいけない。
「ロイ殿、あなた方はカイロの相手をしなければなりませぬ。ここでイタズラに力を使うより、我等にお任せくだされ!」
「お、おい! 待て、待つんだ!」
この女の風格は明らかに上位者のそれと言っても過言ではない。もう少し様子を見て行動するべきなのに、帝国軍は即座に攻撃体勢へと移行した。
重騎士隊が前で大盾を構え、槍を持った騎士が突撃の準備をして、弓を持った騎士が矢を番える。
「弓兵、照準よーい……撃てっ!」
熟練の弓兵達が己の持ちうる最大級の弓スキルを放った。
百発百中の矢、水属性の矢、火属性の矢……他にも数え切れないほどの矢が黒き姫君に殺到する。
轟音と爆風が周辺の幕舎を大きく揺らす。これほどの威力であれば、正体不明のアレを倒せたかもしれない。
帝国軍の誰もがそう思っていた。だが、ロイは警戒を解かなかった……。
────ブォォンッ!
黒い風が吹き荒れる。それと同時に帝国軍から悲鳴が上がった。
「ひっ、ひぃ! お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁっ!」
男の腕が弓を持ったまま地面に落ちていた。他にも腕や足を失った騎士が痛みと恐怖で悲鳴を上げ続けている。
ここにいる軍人は全員戦闘経験が豊富、それ故に大多数で個を攻める有利性を何よりも理解している。だからこそ、常識を超えた存在と対峙した時、油断してしまう。
「皆、怪我はないか?」
ロイの問いかけに全員静かに頷いた。
攻撃が着弾する刹那、あの敵は素早く回転した。それにより黒い鎌鼬が発生し、攻撃もろとも吹き飛ばしたのだ。
『なんだ、羽虫か。これから我が子が産まれるというのに、無粋なやつらよ。消し飛べ!』
ヘレナが手掌を帝国軍に向けた。黒い風が球状に圧縮され、それをそのまま解き放った。
「重騎士隊! シールドスキル!」
「はっ! 【堅牢なる意志】!!」
【堅牢なる意志】……魔力の70%を消費して城壁の如く堅牢な守りで敵の攻撃を防ぐ連携型スキル。
黒い風で出来た球体は、重騎士達が作り上げた魔力盾に衝突。数秒間の拮抗の後、魔力盾を砕いて消滅した。両者ともに強力なスキルを使用したため行動不能。
だけど帝国軍は第2射を防ぐ為の魔力は残されていない。
このチャンスを逃してはいけない。
「攻撃後の後隙を狙う! 行くぞ!」
ロイを先頭にパーティは攻撃をしかける。分かってる、スキルは使えなくても魔術は使えるんだろ?
上段からの振り下ろしをヘレナは黒いオーラで防いだ。白銀の長剣とオーラが火花を散らす。その間に横へ回り込んだサリナとアンジュが攻撃を交差させる───。
「顕現せよケラウノス! アンジュ、遅れないでよ! 【ライトニングストライク】!」
隕石の槍に魔力を流し込み、サリナの槍は魔槍ケラウノスへ変化を遂げる。そして間髪入れずに専用スキルライトニングストライクを繰り出した。
「ちょ、真っすぐはサリナの方が速いでしょうがぁっ! ええい、ままよ! 【残光剣・幻】!」
疾走するアンジュの体がブレ始め、分裂し、やがて質量を持った残像を作り出す。
アンジュの斬撃と、サリナの刺突がヘレナを一点として交差した。完全に決まった───かに見えた攻撃は、黒い波動により吹き飛ばされてしまった。
「サリナ! アンジュさん! ───【祝福盾】!」
壁に激突寸前でユキノの出した2枚の盾がサリナとアンジュをそっと包み込む。外敵から仲間を守るための盾も、味方に対してはクッションとして作用する。
『ふむ……骨のあるやつがいるではないか。それに、またしてもその武器が我が前に立ちはだかるとはな……』
未だオーラと斬り結ぶロイの長剣を、かつての宿敵のようにヘレナは見ていた。突破できないと判断したロイはバックステップで距離を取ってユキノ達と合流した。
あの黒いオーラで出来た障壁、この長剣をもってしても微塵も進む気配がない。上位者の風格は伊達ではないってことか……。
アレしかないと悟ったロイは残存魔力を考慮してソフィアをパートナーとすることにした。
『ほぅ……あの時、人間はなんと非効率的な行動をするのかと思っていたが、この娘を依り代として知識を得た今ならわかる。愛というものは……単純な足し引き以上の結果をもたらすわけだな。良いだろう! 我が名は混沌の女神”エリス”──貴様らヒトの希望とやら、打ち砕いて見せようぞ!』
先程と同じ轍を踏むつもりはないらしく、混沌の女神エリスは黒い風で出来た球体を拳状にまで小さくして放ってきた。
対する俺達はサリナ、アンジュをツートップにそれらを打ち払っていく。払い損じた球体はユキノが祝福盾で防いだ。3人が時間を稼いでくれる、その間になんとしてもリンクを成功させなければならない。
フワリとソフィアの香りが鼻腔をくすぐる。そっとソフィアが隣に立っている。ロイが腰に手を回すと、ソフィアは身体を預けて少し潤んだ瞳で見上げてくる。ここのところ、時間が空くたびにリンクの速度を早くする訓練をしていた。今がその成果を示す時だ。
瑞々しくて柔らかな唇に触れる。気持ちのいい感覚の中、なんとか理性を保ちながらソフィアの心臓部分に触れていく……。
心臓と、ロイの手の間にある柔肉を優しく押し込んでいくと、ソフィアが「んっ」と色のある吐息を漏らした。最低限必要な手順を行使した結果、ロイの左手にあるグラムセリトは蒼き剣へと変化した。
悪寒に近い嫌な空気が舞い、ロイ達は身構える。
「なんだ……一体」
土煙が晴れ、幕舎を吹き飛ばした正体が定かとなる。幕舎を吹き飛ばしたのは……黒いオーラを纏った女だった。
白髪に赤い瞳、だけど見覚えのあるその顔は────。
「アンタは……ヘレナ・バードマンなのか!」
『ふふ……これが人間の知識、感情か。欲に忠実であるからこそ、同胞を陥れる。だが時として……その余分が神をも上回るか』
ロイの問いに答えるどころか、まるで見ていない。自らの身体を、手足を、新しい玩具を与えられた子供のように見回している。
肌は黒い筋が血管のように浮かび上がり、元々着ていた白い衣服ではなく黒と赤の服に変わっている。そして何より変化していたのは、お腹だった。
明らかに妊婦のそれと同程度にお腹は膨らんでいる。ここに来た時は初見では分からない程度だったのに。
「ユキノ、防御の準備頼む」
「はい、任せてください」
異形へと変化したヘレナを中心に帝国軍が集まる。陣形を組む速度は見事なものだが、今コレを刺激してはいけない。
「ロイ殿、あなた方はカイロの相手をしなければなりませぬ。ここでイタズラに力を使うより、我等にお任せくだされ!」
「お、おい! 待て、待つんだ!」
この女の風格は明らかに上位者のそれと言っても過言ではない。もう少し様子を見て行動するべきなのに、帝国軍は即座に攻撃体勢へと移行した。
重騎士隊が前で大盾を構え、槍を持った騎士が突撃の準備をして、弓を持った騎士が矢を番える。
「弓兵、照準よーい……撃てっ!」
熟練の弓兵達が己の持ちうる最大級の弓スキルを放った。
百発百中の矢、水属性の矢、火属性の矢……他にも数え切れないほどの矢が黒き姫君に殺到する。
轟音と爆風が周辺の幕舎を大きく揺らす。これほどの威力であれば、正体不明のアレを倒せたかもしれない。
帝国軍の誰もがそう思っていた。だが、ロイは警戒を解かなかった……。
────ブォォンッ!
黒い風が吹き荒れる。それと同時に帝国軍から悲鳴が上がった。
「ひっ、ひぃ! お、俺の腕がぁぁぁぁぁぁっ!」
男の腕が弓を持ったまま地面に落ちていた。他にも腕や足を失った騎士が痛みと恐怖で悲鳴を上げ続けている。
ここにいる軍人は全員戦闘経験が豊富、それ故に大多数で個を攻める有利性を何よりも理解している。だからこそ、常識を超えた存在と対峙した時、油断してしまう。
「皆、怪我はないか?」
ロイの問いかけに全員静かに頷いた。
攻撃が着弾する刹那、あの敵は素早く回転した。それにより黒い鎌鼬が発生し、攻撃もろとも吹き飛ばしたのだ。
『なんだ、羽虫か。これから我が子が産まれるというのに、無粋なやつらよ。消し飛べ!』
ヘレナが手掌を帝国軍に向けた。黒い風が球状に圧縮され、それをそのまま解き放った。
「重騎士隊! シールドスキル!」
「はっ! 【堅牢なる意志】!!」
【堅牢なる意志】……魔力の70%を消費して城壁の如く堅牢な守りで敵の攻撃を防ぐ連携型スキル。
黒い風で出来た球体は、重騎士達が作り上げた魔力盾に衝突。数秒間の拮抗の後、魔力盾を砕いて消滅した。両者ともに強力なスキルを使用したため行動不能。
だけど帝国軍は第2射を防ぐ為の魔力は残されていない。
このチャンスを逃してはいけない。
「攻撃後の後隙を狙う! 行くぞ!」
ロイを先頭にパーティは攻撃をしかける。分かってる、スキルは使えなくても魔術は使えるんだろ?
上段からの振り下ろしをヘレナは黒いオーラで防いだ。白銀の長剣とオーラが火花を散らす。その間に横へ回り込んだサリナとアンジュが攻撃を交差させる───。
「顕現せよケラウノス! アンジュ、遅れないでよ! 【ライトニングストライク】!」
隕石の槍に魔力を流し込み、サリナの槍は魔槍ケラウノスへ変化を遂げる。そして間髪入れずに専用スキルライトニングストライクを繰り出した。
「ちょ、真っすぐはサリナの方が速いでしょうがぁっ! ええい、ままよ! 【残光剣・幻】!」
疾走するアンジュの体がブレ始め、分裂し、やがて質量を持った残像を作り出す。
アンジュの斬撃と、サリナの刺突がヘレナを一点として交差した。完全に決まった───かに見えた攻撃は、黒い波動により吹き飛ばされてしまった。
「サリナ! アンジュさん! ───【祝福盾】!」
壁に激突寸前でユキノの出した2枚の盾がサリナとアンジュをそっと包み込む。外敵から仲間を守るための盾も、味方に対してはクッションとして作用する。
『ふむ……骨のあるやつがいるではないか。それに、またしてもその武器が我が前に立ちはだかるとはな……』
未だオーラと斬り結ぶロイの長剣を、かつての宿敵のようにヘレナは見ていた。突破できないと判断したロイはバックステップで距離を取ってユキノ達と合流した。
あの黒いオーラで出来た障壁、この長剣をもってしても微塵も進む気配がない。上位者の風格は伊達ではないってことか……。
アレしかないと悟ったロイは残存魔力を考慮してソフィアをパートナーとすることにした。
『ほぅ……あの時、人間はなんと非効率的な行動をするのかと思っていたが、この娘を依り代として知識を得た今ならわかる。愛というものは……単純な足し引き以上の結果をもたらすわけだな。良いだろう! 我が名は混沌の女神”エリス”──貴様らヒトの希望とやら、打ち砕いて見せようぞ!』
先程と同じ轍を踏むつもりはないらしく、混沌の女神エリスは黒い風で出来た球体を拳状にまで小さくして放ってきた。
対する俺達はサリナ、アンジュをツートップにそれらを打ち払っていく。払い損じた球体はユキノが祝福盾で防いだ。3人が時間を稼いでくれる、その間になんとしてもリンクを成功させなければならない。
フワリとソフィアの香りが鼻腔をくすぐる。そっとソフィアが隣に立っている。ロイが腰に手を回すと、ソフィアは身体を預けて少し潤んだ瞳で見上げてくる。ここのところ、時間が空くたびにリンクの速度を早くする訓練をしていた。今がその成果を示す時だ。
瑞々しくて柔らかな唇に触れる。気持ちのいい感覚の中、なんとか理性を保ちながらソフィアの心臓部分に触れていく……。
心臓と、ロイの手の間にある柔肉を優しく押し込んでいくと、ソフィアが「んっ」と色のある吐息を漏らした。最低限必要な手順を行使した結果、ロイの左手にあるグラムセリトは蒼き剣へと変化した。
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