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女神は悪鬼と成り果てる。
隣国に置いて来た文官達と、彼らが帰国する際の護衛兵を多めに隣国に残して来た一行は、皇帝を警護する兵士が少ない。
それでも強者の多いベルゼルト皇国ではガインを筆頭に、兵士一人一人が勇猛な騎士である。
そして敵として相対した時にその姿を見た者を驚愕させ畏怖させるのが、女神の様だと喩えられるキリアン皇帝の戦鬼としての姿である。
「この私の首を狙って来たのか。舐めた真似をしてくれる。」
飾り剣の様に美しい白銀の刃は、これまで数え切れない程の血を吸って来ている。
だが、世間ではそれを知らない者が多い。
戦鬼のキリアンを知った者は既に生きてはいない。
キリアンは白銀の鎧を身に着け、白銀の剣を掲げ、美しい旗印として士気を上げる為だけに戦場に立って居たのだと思われている。
「痴れ者どもだ!遠慮はするな!斬り捨てろ!!」
キリアンの指示は鏖殺。皆殺しだ。
隣国とベルゼルト皇国とを繋ぐ街道が深い森の中に差し掛かったタイミングで、隠れていた武装集団が出て来た。
山賊や野盗にしては、無駄が無い綺麗な動きをする。
「陛下、キリアン!こいつら、野盗なんかじゃねぇぞ。」
「ああ、分かっている。
我々が国を出発する前に浴場に現れた賊に関係しているかも知れない。
雇われた者でなく、どこかの国に属する兵士ならば捕らえた所で口を割らせる事は容易ではないだろうな。」
ガインとキリアンは互いの背を合わせて、前に立つ敵を斬り払って行く。
ガインの剣は頭蓋や肩を叩き割る様に高い位置からナタの様に振り下ろされる一刀両断型、キリアンの剣は扇を持ち舞う様に横に流れる。
キリアンの剣によって、数個の首が飛んでいった。
「ガイン、敵とこちらの被害状況は?」
「敵さんは、ほぼ壊滅状態だな。
だが、こっちも足止めのために馬車の御者が一人殺られた。
怪我人も何人か出ているみたいだな。」
「…………ガイン、奴らは我々が今日この場を通る事、なぜ知っていたのだろうな?
斬り捨てた輩の遺体、我々が来るまで野営をしていたって感じではない。」
キリアンと背中を合わせたままガインが足元の敵の遺体を見る。
キリアンが隣国を訪ねた事は、ガイン達の出発当日にいきなり決めた予定外の行動だった。
また、隣国に滞在する日程もキリアンのさじ加減ひとつで、ガイン及び警護の兵士を振り回す様に唐突に決めた事だ。
キリアン一行が出発した日に後をつけ、帰路を襲うつもりならば森の中での待機した時間がそれなりにあり、野営の形跡があるハズだ。
「そう言えば……何だか身綺麗だな……。キリアン!!!」
ガインが答えて背後のキリアンの方を振り向きかけた瞬間、キリアンの向こう側にノコギリの様に刃がギザついた小太刀を持った男がキリアンに襲いかかろうとしていた。
「もはやこれまで!!せめて、その顔を!!!」
━━その顔を?命ではなく、顔!?━━
ガインはキリアンの身体を背後から覆う様に両腕の檻の内側に守り、ノコギリの様な小太刀の刃はガインの左のこめかみに走った。
ガインのこめかみから血飛沫が飛び、ガインはキリアンを抱き締めたまま後ろに倒れる。
「うっ!!」
「師匠!!ガイン!!ガイン!!」
ガインはキリアンを腕の中に抱き締めた状態で仰向けに倒れ、そのまま気を失った。
左のこめかみから流れる血が、ガインの頬、そして唇を伝う様に流れる。
ガインを斬り付けた男は、ベルゼルトの若い兵士によって背後から喉を貫かれて息絶えた。
「ガイン!ガイン!嫌だ!死ぬな!駄目だ!俺を遺して逝くな!」
「陛下!陛下!落ち着いてください!今すぐ隊長の手当てをします!離れて下さい!」
ガインは両腕の内側に守る様にキリアンを抱いたまま仰向けに倒れ、気を失った。
ガインの上に乗ったキリアンが、ガインから離れようとしないのを、兵士の一人がキリアンを羽交い締めにする様にしてガインから無理矢理引き剥がそうとする。
「イヤだ!イヤだ!ガイン!ガイン!駄目だ!許さない!そんなの!!」
「隊長の手当てをするまで離れていて下さい!!陛下!!」
「おい!手伝え!陛下を押さえていてくれ!処置ができん!」
他の兵士達も、何度もガインに抱きつこうとするキリアンをガインに近付かせないように数人掛かりでキリアンを抑え、手当ての心得のある兵士達がガインの側に行き応急処置を始める。
「ガイン!ガイン!!お前が死んだら俺も死ぬ!お前が居ない世界なんて必要無いんだ……!
だから…だから!!絶対に死ぬな!!」
▼
▼
▼
▼
ベルゼルト皇国に、早馬が駆け付けた。
「隣国との国境付近にて、皇帝陛下が襲撃されました!
死亡1名!ガイン隊長をはじめ、負傷者が数名出ております!」
皇帝陛下の命が再び狙われた。
城で留守を守る者達が騒然となり、城内が慌ただしく動き始めた。
怪我人を迎え入れる為の準備が急いで整えられていく。
「……パパ!パパが…負傷っ……!」
ガインとキリアンの帰りを待ちわびていたミーシャは滅多に変わらない表情を不安に曇らせ、歪ませ、青ざめさせながら震え始めた。
「いや…イヤぁ!パパが、パパが居なくなったら…!」
「ミーシャ嬢、隊長ならきっと大丈夫だ!
皇帝陛下もお側にいらっしゃる!
あの隊長が敬愛する皇帝陛下を遺して一人逝くなど、有り得ん!」
ノーザンは床にへたり込み立ち上がる事が出来なくなったミーシャの側に行き、彼女を励まし続けた。
「大丈夫だ…きっと、大丈夫!
ガイン隊長はそんな簡単には……。」
早馬が駆け付け、半日程経った頃━━
休ませる事も無く馬を走らせ続けた、皇帝陛下一行が城に到着した。
担架が用意され、負傷者を運ぶために力のある者たちが待ち構える中、負傷者を乗せた箱馬車の扉が開き、一番最初に出て来たのは頭に血の滲んだ大きな布を貼ったガインだった。
「ガイン隊長!!!」
左前頭部に真っ赤に血の滲んだ布を貼った痛々しい姿のガインは
背中に若い負傷兵を二人まとめて背負った状態で馬車から降りて来た。
「おらおら!どけどけー!!コイツらを治療院に運ぶぞ!!」
怪我をしたというガインや、傷付いた兵士達の身を案じて馬車の様子を見に来ていた城に勤める者達の前を、二人の兵士を背負ったガインが猛牛の如き速さで駆けて行く。
「バカ!ガインだって怪我人なんだ!大人しくしてろよ!
て言うか、ソイツら降ろせ!!
担架で運べばいいだろ!!」
そんなガインの後を文句を垂れながら駆けて追うキリアン皇帝。
救護班も、心配ゆえに集まった野次馬も、想像をしていなかった状況にしばし茫然となった。
茫然としている大勢の中一番最初にハッと我に返ったノーザンが、自身の部下でもある早馬を駆けて先に城に着いた兵士に詰め寄った。
「隊長は、生死の境を彷徨う様な大怪我ではなかったのか!?
ピンピンしてるじゃないか!どういう事だ!?」
「いや自分が陛下に早馬を駆け、先に城に戻れと言われた時のガイン隊長は、こめかみから多量の出血をしており意識を失っておいででした!
ですから自分にも、ガイン隊長がお元気過ぎて…何が何だかさっぱりです。」
「まぁ…思ったより軽症の様で何よりだが…。元気過ぎだろ…」
ノーザンはミーシャの方に目を向けた。
ミーシャは、野次馬に集まった城内の者たちの中で、いつもと同じ様にぬぼーんと無表情で立っていた。
安堵と喜びから僅かに上がった口角にはノーザンだけが気付いた。
▼
▼
▼
▼
城内に造られた礼拝堂と同じ棟にある治療院には、先の戦争の際にキリアンが集めた優秀な治療師が大勢居る。
その治療院に、今回の襲撃での負傷者が集められた。
ガインが背負って治療院に連れて来た二人が一番重傷で、片足と片腕が切断しかかる程酷く傷付いており、優先して治療が始まった。
「ガインだって重傷じゃないのか…?
あの時、気を失ったじゃないか。こめかみの傷跡だって残るだろ…」
ガインの治療が最後に回されて、キリアンが不服を口にする。
ガインの頭に貼られた痛々しい血染めの布を見た限りでは一瞬重傷者に見えるガインだが、血は固まって既に止まっており、当の本人はもう痛くも痒くもなかった。
「あー、お前抱きとめた弾みで仰向けに倒れた時に、地面のボッコリ出てた岩に後頭部を強打したな。すこーし意識飛んだわ。
だが、二十分程で目ェ覚ましただろ?」
襲撃者からキリアンを守って気絶したガインが二十分程後に目を覚ました時の現場は、何だか色々凄い事になっていた。
自分の周りを兵士達がスクラムを組む様に輪になり自分を取り囲んだ壁になっており、その輪の中心で自分の手当てがなされていた。
こめかみに布を当てられた感触で目を覚ましたガインの頭に
━━何の儀式だ、これは。俺は生贄か何かか?━━
との考えが浮かぶほどに、それは異様だった。
その兵士達の壁の外から、キリアンの凄まじい声が聞こえて来る。
もう悲しみと嘆きを越え過ぎて、怒りと憎悪を孕んだキリアンの声は悪鬼のようだった。
「どけぇ!ガインを俺から引き離すな!
俺の邪魔をするなら、お前らも殺す!!」
「陛下!陛下!気を確かに!!隊長は手当てをしています!」
「落ち着いて下さい!陛下!隊長の為に耐えて下さっ……ぶふぉ!!」
肩を組んだ兵士の壁の向こうで、キリアンを押さえている兵士が腹を蹴られ、胃液を吐きそうな声をあげる。
「ぐはっ!」「ゲボっ!」「へ、陛下!落ち着ッ…ブヘ!」
ガインの目には見えない、壁の外で悪鬼を止めようとしている兵士が犠牲になっている………主君によって。
「何してやがる!!アホか!!陛下この野郎!!
オノレの忠臣を自分で殴る蹴るとは何事だ!このバカ野郎!」
ガインは周りを囲んだ兵たちの中心に、いきなり生えた大木の様にスクッと立ち上がった。
びっくり箱から飛び出したように、いきなり立ち上がったガインの姿を見たキリアンは、驚き過ぎて一瞬、呼吸すら忘れたかと思う程微動だにせず静止したままガインを凝視し、数秒後には大粒の涙を零してガインに飛び付いた。
「ガイン!ガイン!ガイン!ガイン……!!ガイン!!」
何度も名前を呼び、ガインに抱き着いたまま号泣するキリアンをガインも片腕で抱きとめ、照れ臭そうに空いた手の指先でポリポリと頬を掻いてからキリアンの頭をポンポンと叩いた。
「心配掛けたみてーだな…スマン。」
周りの兵士達もガインの元気な姿を見て、次々と泣き始めた。
大事な部下にも、心配を掛けたんだなと申し訳無く思ったガインの耳に、兵士の本音が聞こえた。
「ガイン隊長が無事で良かった………
俺達、あのままキレ続けた陛下に殺されずに済んだ………。」
よく見れば、どの兵士も襲撃者との戦闘以外のダメージが多い。
髪がむしり取られかけている者、鎧のあちこちに蹴られたのであろう足形のついてる者、胃のあたりを押さえて「オエッ」となる者………
「な、なんか………色々とスマン………」
俺が、岩に頭を強打して気絶したばっかりにすまんかった!!
それでも強者の多いベルゼルト皇国ではガインを筆頭に、兵士一人一人が勇猛な騎士である。
そして敵として相対した時にその姿を見た者を驚愕させ畏怖させるのが、女神の様だと喩えられるキリアン皇帝の戦鬼としての姿である。
「この私の首を狙って来たのか。舐めた真似をしてくれる。」
飾り剣の様に美しい白銀の刃は、これまで数え切れない程の血を吸って来ている。
だが、世間ではそれを知らない者が多い。
戦鬼のキリアンを知った者は既に生きてはいない。
キリアンは白銀の鎧を身に着け、白銀の剣を掲げ、美しい旗印として士気を上げる為だけに戦場に立って居たのだと思われている。
「痴れ者どもだ!遠慮はするな!斬り捨てろ!!」
キリアンの指示は鏖殺。皆殺しだ。
隣国とベルゼルト皇国とを繋ぐ街道が深い森の中に差し掛かったタイミングで、隠れていた武装集団が出て来た。
山賊や野盗にしては、無駄が無い綺麗な動きをする。
「陛下、キリアン!こいつら、野盗なんかじゃねぇぞ。」
「ああ、分かっている。
我々が国を出発する前に浴場に現れた賊に関係しているかも知れない。
雇われた者でなく、どこかの国に属する兵士ならば捕らえた所で口を割らせる事は容易ではないだろうな。」
ガインとキリアンは互いの背を合わせて、前に立つ敵を斬り払って行く。
ガインの剣は頭蓋や肩を叩き割る様に高い位置からナタの様に振り下ろされる一刀両断型、キリアンの剣は扇を持ち舞う様に横に流れる。
キリアンの剣によって、数個の首が飛んでいった。
「ガイン、敵とこちらの被害状況は?」
「敵さんは、ほぼ壊滅状態だな。
だが、こっちも足止めのために馬車の御者が一人殺られた。
怪我人も何人か出ているみたいだな。」
「…………ガイン、奴らは我々が今日この場を通る事、なぜ知っていたのだろうな?
斬り捨てた輩の遺体、我々が来るまで野営をしていたって感じではない。」
キリアンと背中を合わせたままガインが足元の敵の遺体を見る。
キリアンが隣国を訪ねた事は、ガイン達の出発当日にいきなり決めた予定外の行動だった。
また、隣国に滞在する日程もキリアンのさじ加減ひとつで、ガイン及び警護の兵士を振り回す様に唐突に決めた事だ。
キリアン一行が出発した日に後をつけ、帰路を襲うつもりならば森の中での待機した時間がそれなりにあり、野営の形跡があるハズだ。
「そう言えば……何だか身綺麗だな……。キリアン!!!」
ガインが答えて背後のキリアンの方を振り向きかけた瞬間、キリアンの向こう側にノコギリの様に刃がギザついた小太刀を持った男がキリアンに襲いかかろうとしていた。
「もはやこれまで!!せめて、その顔を!!!」
━━その顔を?命ではなく、顔!?━━
ガインはキリアンの身体を背後から覆う様に両腕の檻の内側に守り、ノコギリの様な小太刀の刃はガインの左のこめかみに走った。
ガインのこめかみから血飛沫が飛び、ガインはキリアンを抱き締めたまま後ろに倒れる。
「うっ!!」
「師匠!!ガイン!!ガイン!!」
ガインはキリアンを腕の中に抱き締めた状態で仰向けに倒れ、そのまま気を失った。
左のこめかみから流れる血が、ガインの頬、そして唇を伝う様に流れる。
ガインを斬り付けた男は、ベルゼルトの若い兵士によって背後から喉を貫かれて息絶えた。
「ガイン!ガイン!嫌だ!死ぬな!駄目だ!俺を遺して逝くな!」
「陛下!陛下!落ち着いてください!今すぐ隊長の手当てをします!離れて下さい!」
ガインは両腕の内側に守る様にキリアンを抱いたまま仰向けに倒れ、気を失った。
ガインの上に乗ったキリアンが、ガインから離れようとしないのを、兵士の一人がキリアンを羽交い締めにする様にしてガインから無理矢理引き剥がそうとする。
「イヤだ!イヤだ!ガイン!ガイン!駄目だ!許さない!そんなの!!」
「隊長の手当てをするまで離れていて下さい!!陛下!!」
「おい!手伝え!陛下を押さえていてくれ!処置ができん!」
他の兵士達も、何度もガインに抱きつこうとするキリアンをガインに近付かせないように数人掛かりでキリアンを抑え、手当ての心得のある兵士達がガインの側に行き応急処置を始める。
「ガイン!ガイン!!お前が死んだら俺も死ぬ!お前が居ない世界なんて必要無いんだ……!
だから…だから!!絶対に死ぬな!!」
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ベルゼルト皇国に、早馬が駆け付けた。
「隣国との国境付近にて、皇帝陛下が襲撃されました!
死亡1名!ガイン隊長をはじめ、負傷者が数名出ております!」
皇帝陛下の命が再び狙われた。
城で留守を守る者達が騒然となり、城内が慌ただしく動き始めた。
怪我人を迎え入れる為の準備が急いで整えられていく。
「……パパ!パパが…負傷っ……!」
ガインとキリアンの帰りを待ちわびていたミーシャは滅多に変わらない表情を不安に曇らせ、歪ませ、青ざめさせながら震え始めた。
「いや…イヤぁ!パパが、パパが居なくなったら…!」
「ミーシャ嬢、隊長ならきっと大丈夫だ!
皇帝陛下もお側にいらっしゃる!
あの隊長が敬愛する皇帝陛下を遺して一人逝くなど、有り得ん!」
ノーザンは床にへたり込み立ち上がる事が出来なくなったミーシャの側に行き、彼女を励まし続けた。
「大丈夫だ…きっと、大丈夫!
ガイン隊長はそんな簡単には……。」
早馬が駆け付け、半日程経った頃━━
休ませる事も無く馬を走らせ続けた、皇帝陛下一行が城に到着した。
担架が用意され、負傷者を運ぶために力のある者たちが待ち構える中、負傷者を乗せた箱馬車の扉が開き、一番最初に出て来たのは頭に血の滲んだ大きな布を貼ったガインだった。
「ガイン隊長!!!」
左前頭部に真っ赤に血の滲んだ布を貼った痛々しい姿のガインは
背中に若い負傷兵を二人まとめて背負った状態で馬車から降りて来た。
「おらおら!どけどけー!!コイツらを治療院に運ぶぞ!!」
怪我をしたというガインや、傷付いた兵士達の身を案じて馬車の様子を見に来ていた城に勤める者達の前を、二人の兵士を背負ったガインが猛牛の如き速さで駆けて行く。
「バカ!ガインだって怪我人なんだ!大人しくしてろよ!
て言うか、ソイツら降ろせ!!
担架で運べばいいだろ!!」
そんなガインの後を文句を垂れながら駆けて追うキリアン皇帝。
救護班も、心配ゆえに集まった野次馬も、想像をしていなかった状況にしばし茫然となった。
茫然としている大勢の中一番最初にハッと我に返ったノーザンが、自身の部下でもある早馬を駆けて先に城に着いた兵士に詰め寄った。
「隊長は、生死の境を彷徨う様な大怪我ではなかったのか!?
ピンピンしてるじゃないか!どういう事だ!?」
「いや自分が陛下に早馬を駆け、先に城に戻れと言われた時のガイン隊長は、こめかみから多量の出血をしており意識を失っておいででした!
ですから自分にも、ガイン隊長がお元気過ぎて…何が何だかさっぱりです。」
「まぁ…思ったより軽症の様で何よりだが…。元気過ぎだろ…」
ノーザンはミーシャの方に目を向けた。
ミーシャは、野次馬に集まった城内の者たちの中で、いつもと同じ様にぬぼーんと無表情で立っていた。
安堵と喜びから僅かに上がった口角にはノーザンだけが気付いた。
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城内に造られた礼拝堂と同じ棟にある治療院には、先の戦争の際にキリアンが集めた優秀な治療師が大勢居る。
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ガインが背負って治療院に連れて来た二人が一番重傷で、片足と片腕が切断しかかる程酷く傷付いており、優先して治療が始まった。
「ガインだって重傷じゃないのか…?
あの時、気を失ったじゃないか。こめかみの傷跡だって残るだろ…」
ガインの治療が最後に回されて、キリアンが不服を口にする。
ガインの頭に貼られた痛々しい血染めの布を見た限りでは一瞬重傷者に見えるガインだが、血は固まって既に止まっており、当の本人はもう痛くも痒くもなかった。
「あー、お前抱きとめた弾みで仰向けに倒れた時に、地面のボッコリ出てた岩に後頭部を強打したな。すこーし意識飛んだわ。
だが、二十分程で目ェ覚ましただろ?」
襲撃者からキリアンを守って気絶したガインが二十分程後に目を覚ました時の現場は、何だか色々凄い事になっていた。
自分の周りを兵士達がスクラムを組む様に輪になり自分を取り囲んだ壁になっており、その輪の中心で自分の手当てがなされていた。
こめかみに布を当てられた感触で目を覚ましたガインの頭に
━━何の儀式だ、これは。俺は生贄か何かか?━━
との考えが浮かぶほどに、それは異様だった。
その兵士達の壁の外から、キリアンの凄まじい声が聞こえて来る。
もう悲しみと嘆きを越え過ぎて、怒りと憎悪を孕んだキリアンの声は悪鬼のようだった。
「どけぇ!ガインを俺から引き離すな!
俺の邪魔をするなら、お前らも殺す!!」
「陛下!陛下!気を確かに!!隊長は手当てをしています!」
「落ち着いて下さい!陛下!隊長の為に耐えて下さっ……ぶふぉ!!」
肩を組んだ兵士の壁の向こうで、キリアンを押さえている兵士が腹を蹴られ、胃液を吐きそうな声をあげる。
「ぐはっ!」「ゲボっ!」「へ、陛下!落ち着ッ…ブヘ!」
ガインの目には見えない、壁の外で悪鬼を止めようとしている兵士が犠牲になっている………主君によって。
「何してやがる!!アホか!!陛下この野郎!!
オノレの忠臣を自分で殴る蹴るとは何事だ!このバカ野郎!」
ガインは周りを囲んだ兵たちの中心に、いきなり生えた大木の様にスクッと立ち上がった。
びっくり箱から飛び出したように、いきなり立ち上がったガインの姿を見たキリアンは、驚き過ぎて一瞬、呼吸すら忘れたかと思う程微動だにせず静止したままガインを凝視し、数秒後には大粒の涙を零してガインに飛び付いた。
「ガイン!ガイン!ガイン!ガイン……!!ガイン!!」
何度も名前を呼び、ガインに抱き着いたまま号泣するキリアンをガインも片腕で抱きとめ、照れ臭そうに空いた手の指先でポリポリと頬を掻いてからキリアンの頭をポンポンと叩いた。
「心配掛けたみてーだな…スマン。」
周りの兵士達もガインの元気な姿を見て、次々と泣き始めた。
大事な部下にも、心配を掛けたんだなと申し訳無く思ったガインの耳に、兵士の本音が聞こえた。
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俺達、あのままキレ続けた陛下に殺されずに済んだ………。」
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