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ファンは大事に。
「ノーザン様は、チョロかったですわよ。」
「チョロかったねぇ…うーん…
ミーちゃんはさ、自分の恋愛事情に対しての言葉のチョイスが間違っていると思うんだよね。」
キリアンの私室に呼ばれたミーシャはテーブルを挟んだ向かいの席のキリアンに、ノーザンと上手くまとまったとの話を報告していた。
腕を組みドヤ顔のミーシャの話は、恋愛成就の話と言うよりは、まるで勝利報告の様だとキリアンが苦笑する。
「間違ってませんわよ。
私がノーザン様の事を好きなのは事実ですし、早く私のこの気持ちを理解して欲しいと思いましたので。
奥手なのか遠慮していたのか中々分かって貰えず…。
手っ取り早く理解して貰う為に、女性らしく『照れ臭くて赤くなり恥じらう』姿をわざと演じて見せたのですから。」
キリアンは、ノーザンがミーシャを好いている事はもう知っていたが、ノーザン的には美味しい話であっても慎重なノーザンが諸手を挙げて飛び付くタイプでも無い事を分かっていた。
だから足元を踏み固めようとノーザンがアレコレ質問を繰り返し過ぎて、ミーシャの方が先に焦れてしまった様だ。
「へえ、ノーザンの前で赤くなり恥じらう女性のお芝居いをしたんだ?ミーちゃんが。」
「口で言っても中々信じてくれなかったので。
恋する女性らしい態度を見せた方が分かりやすいかと。
だって、いつまでも先に進まないんですもの。
早くノーザン様と婚約したと周知させなければ、今後も面倒くさい野郎どもが…と、失礼。
陛下の御前なのに本音がつい。」
口の悪さを素で出してしまい軽く咳払いをするミーシャに対し、今更気にするフリすんの?とキリアンが笑う。
「で、頬を染めた顔を見せたら、チョロい位にノーザンがコロッと落ちてくれたと。」
「ええ効果てきめんでしたわね。
恋する乙女とは、こんな感じ━━を演じてやりましたわよ。
イチコロでしたわ。」
キリアンは自慢げに語るミーシャを見ながらニンマリとほくそ笑んだ。
照れ臭そうな小芝居くらい出来なくはないだろうが、頬を赤く染めるなんてのは、中々出来るものではない。
特に、ミーシャの様に表情筋の固いタイプは。
「恥じらう乙女かぁ…ガインは顔に出やすいから無意識なままで、すぐ赤くなるんだよね。
ミーちゃんって…ガインに似てる所あるよね。
やっぱり父娘なんだよな。」
「パパに…?
私は今回のように自分で意識しなければ、あんな表情を見せたり出来ませんけど。
パパの恥じらう乙女顔は、無意識天然でしょ。」
━━いやぁ、素直になれない所とか、自分の本心には鈍感なのに、恥ずかしいが過ぎると体温上昇させて顔を赤く染めちゃう所とか、そっくり。
無意識天然はミーちゃんも同じだと思う。━━
ぬぼーんと無表情な表情が平常運転のミーシャは、自身は感情の起伏が薄い人間だと思っている様である。
キリアンからしてみれば表情に出にくく自覚が無いだけで、ミーシャは感情の起伏が薄いなんて事はなく、存外、喜怒哀楽がハッキリとしている。
そういう、自分の姿が良く見えてない所もガインそっくりだなと微笑ましく思えてしまう。
━━さすが、可愛い俺の義娘。
いつかはキリお兄ちゃんではなく、キリアンパパと呼ばれたい。━━
「とにかく、ノーザン本人の了解も得て下準備は出来たと。
ノーザンに叙爵させるまでは婚約者同士と言っても口約束みたいなモノだから、しばらくは周りからは面倒な声掛けがあると思うけど大丈夫?」
「全然ヘーキ。
意味をなさない雑音など、耳に入りませんし。」
ノーザンを狙う女性陣は元より、ミーシャを妻にと思っている下級貴族もしばらくは今まで同様にミーシャに声を掛けて来るだろう。
煩わしいだろうが、聞く耳を持たないミーシャには余り関係なさそうだ。
「ミーちゃんて、時々ガインよりも男っポイよね。
腹が据わってると言うか。
これじゃミーちゃんより、ガインの方が女のコみたいで……
………あぁ、可愛い乙女なガイン抱きたい……。」
名前を口にして姿を思い浮かべてしまったキリアンがポツリと呟いた。
テーブルの向かい側のミーシャがピクリと眉を上げ、そんなキリアンに冷たい眼差しを向ける。
「キリお兄ちゃん、前も言ったけどやり過ぎだから。
ついさっき、あんな激しいのヤっといて今からまた、とか無いから。
パパを壊す気?夕飯を取る時間どころか、寝るヒマも無くなるじゃないの。
いくら体力馬鹿のパパでもぶっ倒れるわよ。」
「そっ…そうなんだけど……
もう、ガインの全てが愛し過ぎて…
見たり触れたりせずに居られないとゆーか……。」
「じゃあ、暫くは見て触れるスキンシップだけにしときなさいよ。
挿れる、繋がる、とにかく性行為は一週間は禁止。
大切に思うなら、ちゃんとパパの体調も考えてよね。」
━━この城には…皇帝にすら命令を下せる眼鏡を掛けた虎の様な侍女がいる。
俺とガインの可愛い義娘は、恐ろしい雌の虎でもある…コワっ━━
テーブルの向かいの席で、眼鏡越しに鋭い眼差しを向けるミーシャに、キリアンが折れた。
「た、確かに…無理ばかりさせていたかも…。
ごめん……。分かりました……。
今夜は、このままガインには休んで貰います。」
キリアンがテーブルに肘をついて、両手で顔を押さえながらふるふると震える。
禁欲生活を余儀無くされたキリアンは、心で泣かずには居られなかった。が、
━━見て触れるだけなら許容範囲なんだな。
一緒に風呂入る位なら大丈夫って事かな?
ガインから欲しがってくれるなら、俺が約束破った事にならないよね。━━
懲りてはいなかった。
▼
▼
▼
翌日━━
ノーザンは、キリアン皇帝陛下の私室に呼ばれた。
側近でも貴族でもない一介の兵士に過ぎないノーザンが皇帝陛下の私室に招かれた。
その様子を見掛けた者たちからは様々な憶測が飛び交った。
きついお叱りを受けるのではと噂をする者、逆に個人的に何らかの報奨を得たのではないかと噂をする者。
果ては、ガインに代わる新しい閨でのお相手ではないかと勘繰る者も。
「陛下の御部屋に来るまでの間、様々な視線に晒されました。
様々な憶測が飛び交うだろうなとは分かってましたが、さすがに陛下のお相手との声には…。」
テーブルにつくキリアンとミーシャの前で、床に片膝を付いたノーザンが口を押さえてげんなりとした青白い顔をしている。
「俺のお相手って、男役って事だろ?
何だ、まさか俺を抱く想像をしてえずいたとか言うんじゃないだろうな。
それともガインの様に俺に抱かれる事を想像してしまったか?」
ノーザンが青ざめた顔のまま、力無く声の出ていない渇いた笑いを浮かべた。
「キリお兄ちゃん、ノーザン様にそこまでの想像力はありませんよ。
ただ、昨夜のパパとキリお兄ちゃんの睦事の激しさを思い出して気疲れしただけですわ。
なにしろ、ノーザン様もパパ同様にどう━━」
席を立ったキリアンが身を乗り出し、言葉を遮る様に向かいの席に座るミーシャの唇を人差し指の先で押さえた。
「婚約者の前で肌に触れて悪いが、ミーちゃん。
その先は言わなくていいから。」
キリアンの動きは平静さを装ってのゆったりとした落ち着いた行動だったが、キリアンの内心ではミーシャの言動に焦りながらの慌てての所作だった。
━━俺の追及からノーザンをフォローしたつもりなんだろうけど…。
ソレをこの場で口にしたら更にノーザンを追い詰めるぞミーちゃん…。
ノーザンが童貞なんて俺に暴露しなくてもいいし何で知ってるんですって話になるだろう?━━
無遠慮なミーシャの言動は今更ではあるが、それにしても自身の恋愛事や恋愛相手に対しての言葉のチョイスが相変わらず間違っていると、キリアンは思わずにはいられない。
そして、ミーシャの持つ童貞センサーは一体何のためのスキルなんだか。
ミーシャの唇を指先で押さえるキリアンに何とも切ない表情を見せるノーザンに対し、キリアンがフウッと息を吐いてミーシャから指先を離して再び椅子に腰を下ろした。
「すまんなノーザン。
俺にとってミーシャは幼馴染で、大切な妹みたいなもんだ。それ以外に他意はない。
肌に触れた事については許せ。」
キリアンの言葉を肯定する様にコクコクと頷いたミーシャがノーザンの方に目を向ければ、ノーザンも困り顔で緩い微笑みを返し一回頷いた。
「今日ノーザンをここに呼んだのは、ガインからの許しを得たという事で、改めて皇帝である俺も二人の婚約を認めたという話だな。
とは言え、まだ平民のノーザンには貴族令嬢のミーシャを妻に迎える事は出来ない。
かといって、今すぐノーザンを貴族にするワケにもいかない。」
ノーザンとミーシャが同時に頷く。
ミーシャはノーザンを伴侶にと決めた時点で、そうなる事は知っていた。
ノーザンは出世欲も少なく自身の結婚には消極的な方だったので、今までは自身が平民だろうが貴族になろうが、なるようになればいいと時の流れに身を委ねる位のゆるい気持ちだったのだが、ミーシャを妻に迎える事が出来るのならばと今は叙爵に対して気もそぞろな状態になっている。
だが、二人ともキリアンの言う事には納得する他無い。
「少し時間は掛かるが皇帝の俺が二人の関係を認めたのだ。
その辺はまぁ暫く堪えて欲しい。
………ところで…ミーちゃんって、いつからノーザンを気になり始めたんだ?
俺とガインの関係に気付いてるからと言って、基本は人嫌いのミーちゃんがノーザンを気に入るなんて不思議なんだけど。」
キリアンが、ノーザン本人も居る前で疑問をそのまま口にした。
照れて隠すならば、それも良しと思ったがミーシャならば正直にサラッと言ってしまいそうだ。
そして、ノーザンもキリアンと同じ疑問を持っていたのかミーシャの答えを固唾を呑んで待つ。
「初めて、お会いした時から気になってはいましたの。
私に声を掛けて来る他の男性方の様に、ガイン隊長の娘だからと媚を売る様な態度や、女として品定めする様な視線、侍女に対する高圧的な態度が一切無く……
そう、空気みたいな人だなと。」
空気みたいな人は……ほめ言葉になるのだろうか……
キリアンとノーザンが微妙な顔をして互いを見た。
「ノーザン様と居ると楽だなと思って。
パパとキリお兄ちゃんの事も分かっているみたいだから都合が良いので、いっそ巻き込んで協力者になって貰おうと。」
キリアンがシワの寄った眉間に指を当てる。
悪気は無くミーシャなりのほめ言葉だと分かってはいる。
だがやはり、ミーシャの説明には都合が良いだの巻き込むだの、恋愛事情とは思えない単語が飛び交う。
「でも…そうですわね。
私が一番ノーザン様を意識したのは…
ノーザン様の口から、カーキとフォーンの名前が出た時かしら?
パパが国境で怪我をした報せを受けた時に励まして支えて貰った時よりも、心動かされましたわ。」
「ああ……あのエロい二人か……。」
ミーシャの答えに、キリアンが思わず素で呟いた。
キリアンと一緒になってミーシャの話を聞いていたノーザンが、キリアンの呟きに目を見開く。
「あの二人には、そんな設定が?」
「無いわよ!!
キリお兄ちゃんの勝手な妄想設定だから気にしないで!」
━━私の作品の登場人物を、夢の中で勝手に配下にした挙げ句、パパにあんな事させたなんて!
ノーザン様に言えるわけ無いでしょ!!━━
ミーシャがキリアンをジロッと睨み付ける。
キリアンは要らぬ事を呟いてしまったと、誤魔化す様に緩く微笑んでミーシャとノーザンからスイッと目を逸らした。
「ノーザン様は、私が描いた世界を受け入れてくれた。
その世界を面白いと言って下さった。
私にはそれが、とても嬉しかったの。」
「ミーシャ嬢……。」
ミーシャは相変わらずぬぼーんと無表情ではあるが、何だか見つめ合ってて良い雰囲気っポイ二人の姿に、キリアンは、まぁこれなら問題ないかと目を細めた。
ミーシャとノーザン、二人が互いを将来の伴侶だと認めた一番最初の共同作業がガインの部屋の汚れたシーツと衣服の回収だったのは申し訳無かったが。
「チョロかったねぇ…うーん…
ミーちゃんはさ、自分の恋愛事情に対しての言葉のチョイスが間違っていると思うんだよね。」
キリアンの私室に呼ばれたミーシャはテーブルを挟んだ向かいの席のキリアンに、ノーザンと上手くまとまったとの話を報告していた。
腕を組みドヤ顔のミーシャの話は、恋愛成就の話と言うよりは、まるで勝利報告の様だとキリアンが苦笑する。
「間違ってませんわよ。
私がノーザン様の事を好きなのは事実ですし、早く私のこの気持ちを理解して欲しいと思いましたので。
奥手なのか遠慮していたのか中々分かって貰えず…。
手っ取り早く理解して貰う為に、女性らしく『照れ臭くて赤くなり恥じらう』姿をわざと演じて見せたのですから。」
キリアンは、ノーザンがミーシャを好いている事はもう知っていたが、ノーザン的には美味しい話であっても慎重なノーザンが諸手を挙げて飛び付くタイプでも無い事を分かっていた。
だから足元を踏み固めようとノーザンがアレコレ質問を繰り返し過ぎて、ミーシャの方が先に焦れてしまった様だ。
「へえ、ノーザンの前で赤くなり恥じらう女性のお芝居いをしたんだ?ミーちゃんが。」
「口で言っても中々信じてくれなかったので。
恋する女性らしい態度を見せた方が分かりやすいかと。
だって、いつまでも先に進まないんですもの。
早くノーザン様と婚約したと周知させなければ、今後も面倒くさい野郎どもが…と、失礼。
陛下の御前なのに本音がつい。」
口の悪さを素で出してしまい軽く咳払いをするミーシャに対し、今更気にするフリすんの?とキリアンが笑う。
「で、頬を染めた顔を見せたら、チョロい位にノーザンがコロッと落ちてくれたと。」
「ええ効果てきめんでしたわね。
恋する乙女とは、こんな感じ━━を演じてやりましたわよ。
イチコロでしたわ。」
キリアンは自慢げに語るミーシャを見ながらニンマリとほくそ笑んだ。
照れ臭そうな小芝居くらい出来なくはないだろうが、頬を赤く染めるなんてのは、中々出来るものではない。
特に、ミーシャの様に表情筋の固いタイプは。
「恥じらう乙女かぁ…ガインは顔に出やすいから無意識なままで、すぐ赤くなるんだよね。
ミーちゃんって…ガインに似てる所あるよね。
やっぱり父娘なんだよな。」
「パパに…?
私は今回のように自分で意識しなければ、あんな表情を見せたり出来ませんけど。
パパの恥じらう乙女顔は、無意識天然でしょ。」
━━いやぁ、素直になれない所とか、自分の本心には鈍感なのに、恥ずかしいが過ぎると体温上昇させて顔を赤く染めちゃう所とか、そっくり。
無意識天然はミーちゃんも同じだと思う。━━
ぬぼーんと無表情な表情が平常運転のミーシャは、自身は感情の起伏が薄い人間だと思っている様である。
キリアンからしてみれば表情に出にくく自覚が無いだけで、ミーシャは感情の起伏が薄いなんて事はなく、存外、喜怒哀楽がハッキリとしている。
そういう、自分の姿が良く見えてない所もガインそっくりだなと微笑ましく思えてしまう。
━━さすが、可愛い俺の義娘。
いつかはキリお兄ちゃんではなく、キリアンパパと呼ばれたい。━━
「とにかく、ノーザン本人の了解も得て下準備は出来たと。
ノーザンに叙爵させるまでは婚約者同士と言っても口約束みたいなモノだから、しばらくは周りからは面倒な声掛けがあると思うけど大丈夫?」
「全然ヘーキ。
意味をなさない雑音など、耳に入りませんし。」
ノーザンを狙う女性陣は元より、ミーシャを妻にと思っている下級貴族もしばらくは今まで同様にミーシャに声を掛けて来るだろう。
煩わしいだろうが、聞く耳を持たないミーシャには余り関係なさそうだ。
「ミーちゃんて、時々ガインよりも男っポイよね。
腹が据わってると言うか。
これじゃミーちゃんより、ガインの方が女のコみたいで……
………あぁ、可愛い乙女なガイン抱きたい……。」
名前を口にして姿を思い浮かべてしまったキリアンがポツリと呟いた。
テーブルの向かい側のミーシャがピクリと眉を上げ、そんなキリアンに冷たい眼差しを向ける。
「キリお兄ちゃん、前も言ったけどやり過ぎだから。
ついさっき、あんな激しいのヤっといて今からまた、とか無いから。
パパを壊す気?夕飯を取る時間どころか、寝るヒマも無くなるじゃないの。
いくら体力馬鹿のパパでもぶっ倒れるわよ。」
「そっ…そうなんだけど……
もう、ガインの全てが愛し過ぎて…
見たり触れたりせずに居られないとゆーか……。」
「じゃあ、暫くは見て触れるスキンシップだけにしときなさいよ。
挿れる、繋がる、とにかく性行為は一週間は禁止。
大切に思うなら、ちゃんとパパの体調も考えてよね。」
━━この城には…皇帝にすら命令を下せる眼鏡を掛けた虎の様な侍女がいる。
俺とガインの可愛い義娘は、恐ろしい雌の虎でもある…コワっ━━
テーブルの向かいの席で、眼鏡越しに鋭い眼差しを向けるミーシャに、キリアンが折れた。
「た、確かに…無理ばかりさせていたかも…。
ごめん……。分かりました……。
今夜は、このままガインには休んで貰います。」
キリアンがテーブルに肘をついて、両手で顔を押さえながらふるふると震える。
禁欲生活を余儀無くされたキリアンは、心で泣かずには居られなかった。が、
━━見て触れるだけなら許容範囲なんだな。
一緒に風呂入る位なら大丈夫って事かな?
ガインから欲しがってくれるなら、俺が約束破った事にならないよね。━━
懲りてはいなかった。
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翌日━━
ノーザンは、キリアン皇帝陛下の私室に呼ばれた。
側近でも貴族でもない一介の兵士に過ぎないノーザンが皇帝陛下の私室に招かれた。
その様子を見掛けた者たちからは様々な憶測が飛び交った。
きついお叱りを受けるのではと噂をする者、逆に個人的に何らかの報奨を得たのではないかと噂をする者。
果ては、ガインに代わる新しい閨でのお相手ではないかと勘繰る者も。
「陛下の御部屋に来るまでの間、様々な視線に晒されました。
様々な憶測が飛び交うだろうなとは分かってましたが、さすがに陛下のお相手との声には…。」
テーブルにつくキリアンとミーシャの前で、床に片膝を付いたノーザンが口を押さえてげんなりとした青白い顔をしている。
「俺のお相手って、男役って事だろ?
何だ、まさか俺を抱く想像をしてえずいたとか言うんじゃないだろうな。
それともガインの様に俺に抱かれる事を想像してしまったか?」
ノーザンが青ざめた顔のまま、力無く声の出ていない渇いた笑いを浮かべた。
「キリお兄ちゃん、ノーザン様にそこまでの想像力はありませんよ。
ただ、昨夜のパパとキリお兄ちゃんの睦事の激しさを思い出して気疲れしただけですわ。
なにしろ、ノーザン様もパパ同様にどう━━」
席を立ったキリアンが身を乗り出し、言葉を遮る様に向かいの席に座るミーシャの唇を人差し指の先で押さえた。
「婚約者の前で肌に触れて悪いが、ミーちゃん。
その先は言わなくていいから。」
キリアンの動きは平静さを装ってのゆったりとした落ち着いた行動だったが、キリアンの内心ではミーシャの言動に焦りながらの慌てての所作だった。
━━俺の追及からノーザンをフォローしたつもりなんだろうけど…。
ソレをこの場で口にしたら更にノーザンを追い詰めるぞミーちゃん…。
ノーザンが童貞なんて俺に暴露しなくてもいいし何で知ってるんですって話になるだろう?━━
無遠慮なミーシャの言動は今更ではあるが、それにしても自身の恋愛事や恋愛相手に対しての言葉のチョイスが相変わらず間違っていると、キリアンは思わずにはいられない。
そして、ミーシャの持つ童貞センサーは一体何のためのスキルなんだか。
ミーシャの唇を指先で押さえるキリアンに何とも切ない表情を見せるノーザンに対し、キリアンがフウッと息を吐いてミーシャから指先を離して再び椅子に腰を下ろした。
「すまんなノーザン。
俺にとってミーシャは幼馴染で、大切な妹みたいなもんだ。それ以外に他意はない。
肌に触れた事については許せ。」
キリアンの言葉を肯定する様にコクコクと頷いたミーシャがノーザンの方に目を向ければ、ノーザンも困り顔で緩い微笑みを返し一回頷いた。
「今日ノーザンをここに呼んだのは、ガインからの許しを得たという事で、改めて皇帝である俺も二人の婚約を認めたという話だな。
とは言え、まだ平民のノーザンには貴族令嬢のミーシャを妻に迎える事は出来ない。
かといって、今すぐノーザンを貴族にするワケにもいかない。」
ノーザンとミーシャが同時に頷く。
ミーシャはノーザンを伴侶にと決めた時点で、そうなる事は知っていた。
ノーザンは出世欲も少なく自身の結婚には消極的な方だったので、今までは自身が平民だろうが貴族になろうが、なるようになればいいと時の流れに身を委ねる位のゆるい気持ちだったのだが、ミーシャを妻に迎える事が出来るのならばと今は叙爵に対して気もそぞろな状態になっている。
だが、二人ともキリアンの言う事には納得する他無い。
「少し時間は掛かるが皇帝の俺が二人の関係を認めたのだ。
その辺はまぁ暫く堪えて欲しい。
………ところで…ミーちゃんって、いつからノーザンを気になり始めたんだ?
俺とガインの関係に気付いてるからと言って、基本は人嫌いのミーちゃんがノーザンを気に入るなんて不思議なんだけど。」
キリアンが、ノーザン本人も居る前で疑問をそのまま口にした。
照れて隠すならば、それも良しと思ったがミーシャならば正直にサラッと言ってしまいそうだ。
そして、ノーザンもキリアンと同じ疑問を持っていたのかミーシャの答えを固唾を呑んで待つ。
「初めて、お会いした時から気になってはいましたの。
私に声を掛けて来る他の男性方の様に、ガイン隊長の娘だからと媚を売る様な態度や、女として品定めする様な視線、侍女に対する高圧的な態度が一切無く……
そう、空気みたいな人だなと。」
空気みたいな人は……ほめ言葉になるのだろうか……
キリアンとノーザンが微妙な顔をして互いを見た。
「ノーザン様と居ると楽だなと思って。
パパとキリお兄ちゃんの事も分かっているみたいだから都合が良いので、いっそ巻き込んで協力者になって貰おうと。」
キリアンがシワの寄った眉間に指を当てる。
悪気は無くミーシャなりのほめ言葉だと分かってはいる。
だがやはり、ミーシャの説明には都合が良いだの巻き込むだの、恋愛事情とは思えない単語が飛び交う。
「でも…そうですわね。
私が一番ノーザン様を意識したのは…
ノーザン様の口から、カーキとフォーンの名前が出た時かしら?
パパが国境で怪我をした報せを受けた時に励まして支えて貰った時よりも、心動かされましたわ。」
「ああ……あのエロい二人か……。」
ミーシャの答えに、キリアンが思わず素で呟いた。
キリアンと一緒になってミーシャの話を聞いていたノーザンが、キリアンの呟きに目を見開く。
「あの二人には、そんな設定が?」
「無いわよ!!
キリお兄ちゃんの勝手な妄想設定だから気にしないで!」
━━私の作品の登場人物を、夢の中で勝手に配下にした挙げ句、パパにあんな事させたなんて!
ノーザン様に言えるわけ無いでしょ!!━━
ミーシャがキリアンをジロッと睨み付ける。
キリアンは要らぬ事を呟いてしまったと、誤魔化す様に緩く微笑んでミーシャとノーザンからスイッと目を逸らした。
「ノーザン様は、私が描いた世界を受け入れてくれた。
その世界を面白いと言って下さった。
私にはそれが、とても嬉しかったの。」
「ミーシャ嬢……。」
ミーシャは相変わらずぬぼーんと無表情ではあるが、何だか見つめ合ってて良い雰囲気っポイ二人の姿に、キリアンは、まぁこれなら問題ないかと目を細めた。
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