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パパとキリお兄ちゃんは只今お留守です。
「どうしました?
ノーザン様、手が止まっていますわよ。」
「ミーシャ嬢、お部屋に招いて頂き誠に嬉しくは思うのですが……
いくら婚姻を約束した仲と言えど、深夜に女性の部屋を訪れるべきでは無かったのではないかと思うのです。」
ミーシャの私室、椅子に座り小さなテーブルに肘を置いて紙の束を手にしたノーザンが、眼鏡の中央ブリッジ部分を持ち上げながら溜息をこぼした。
目の前では寝衣姿のミーシャがベッドに腰掛け枕を膝に置き、何やらメモを取りながらノーザンを見ている。
その無防備かつ無頓着なミーシャが「え?なんで?」と言いたげな顔を見せ首を傾げた。
「私も一応は男ですので…女性のそういった無防備な姿を見ますと…
いえ、見ない様に気をつけてはいましたが、目のやり場が……。」
一時間ほど前━━
ノーザンが兵舎にある狭い自室でくつろいでいた所に、城の小間使いがミーシャからの手紙を持ってやって来た。
手紙には、ガルバンゾーの未発表の作品があるので部屋に見に来ませんか?と書かれており、ノーザンは喜び勇んでミーシャの部屋に向かったのだが、部屋が近付くに連れて足取りが重くなった。
ミーシャの部屋を訪ねるには、キリアン皇帝陛下の部屋、ガイン隊長の部屋の前を通らねばならず
皇帝陛下の私室のあるその一画に向かうだけで、部下でもある巡回の兵士達に警戒されるのは元より、城に居る者達からの憶測による様々な視線に晒される。
ノーザンの身に降り掛かった、一部で盛り上がりを見せている最新の噂話は、ノーザンが陛下の二人目のオトコに選ばれたかも知れないとの根も葉も無い噂話だ。
一部の者達にノーザンは今、そんな目で見られている。
その目は嘲笑を含むものと羨望を含むもので占められているが、ノーザンにとってはお門違いも良いトコだと呆れるしかない。
「来るべきでは無かったのでは…今ならまだ、部屋に戻る事も出来る。
だが、ミーシャ嬢からの有り難いお誘いを無下に断るわけには…。」
ノーザンはミーシャに部屋に招かれた事も喜ばしいが、自分が好きな作家の未発表作品も気になる。
分別を弁えた大人の男として、未婚の女性の部屋を訪れるべきではないとの紳士的な自制心はあったのだが…
結局は、ミーシャに呼ばれて浮かれた気持ちに、一ファンとしての興味がプラスされ、紳士的な自制心とやらを上回ってしまった。
深夜という事もあり城内を歩く者は少なく、ノーザンは城内の暗く静かな廊下で、自身の部下でもある巡回の兵士や要所要所に立つ警備兵とだけ顔を合わせた。
辿り着いた一画は、皇帝陛下の部屋もガイン隊長の部屋も人の気配が無い。
こんな深夜に二人揃って何処へ…?などと、無粋な勘ぐりを有耶無耶にするよう頭から振り払う。
やがて到着したミーシャの部屋だが、ドアを叩く前に中から扉が開いた。
「お待ちしておりましたわ。ノーザン様。」
ミーシャはいつもの無造作な三編みを解いており、三編みのクセが残っているのか黒髪は緩く波打ち、普段よりあどけなさを感じさせる。
侍女の衣装ではなく飾り気の無いストンとした白い寝衣に淡い紫のストールを羽織った姿。
実際には何の色気も無い姿だが、うら若き女性の寝衣姿を見るのは、うぶなノーザンには中々に刺激が強かった。
硬直しかかったノーザンをグイグイと部屋に引っ張り込んだミーシャは、呆けた様に立ちっぱなしのノーザンの背後からガンっ!と膝裏に椅子をぶつけて膝カックン状態にし、ドサッとノーザンが腰を落とした椅子をノーザンごとガガガガっと押してテーブルにつかせた。
━━ま、前にもこんな事されたような…既視感が…━━
眼鏡もずり落ちかけるほどの振動を尻に受け、放心状態になったノーザンの前のテーブルにドン!と紙の束が置かれ、淹れたての茶も用意された。
「さぁ、どうぞ。お好きなだけ読んで下さいな。」
「あ…あぁ、ありがとう…。」
今さらではあるが……
ミーシャ嬢は本当に、小説を読ませるためだけに自分を部屋に呼んだのだとノーザンは悟った。
淡い期待がまったく無かったとは言えない。
深夜に女性の方から部屋に招かれたのだから、少し位は心が浮き立つ様な事があるのではないかと思ったりもした。
だが悲しい事にミーシャ嬢にはそういう素振りは一切無く、ノーザンが紙の束をめくりながらガルバンゾー氏の未発表作品…
いわゆるミーシャのボツ作品を読む姿を、ただただミーシャに観察されてされて時間が過ぎていく。
━━私は一体、何をしに此処に来たんでしたっけ━━
「ノーザン様、手が止まっていますわよ。」
ベッドに座り何やらメモを取りつつノーザンを観察していたミーシャがあざとい仕草で首を傾げた。
そんなミーシャを見てなお、この部屋に来るまであった高揚感はすでにしおしおと萎んでしまったのをノーザンが自覚した。
「あの…私も…一応は男ですので…女性のそういった無防備な姿を見ますと…
いえ、見ない様に気をつけてはいましたが、目のやり場が……。」
自分が男であると強調し、ミーシャが女性としての恥じらいを思い出す事を促した。
少しばかり世間知らずというか世間ズレしているミーシャに、未婚の男女の距離感を諭しておくべきでは無いかとも。
いつまでも未婚女性の部屋に入り浸るわけにはいくまい。自分は部屋に戻るべきだ。
「男性とは、そういうものですの?無防備な女性に情慾をくすぐられる。
でしたら、ノーザン様にお声を掛けてらした御令嬢の方々が寝衣姿でノーザン様にアタックしていたら成功していたかも知れませんのね。」
ノーザンは焦った。
ノーザンは自身とミーシャの事を、あえて濁して男と女性という言い方をしただけで、女性とはミーシャを含む女性全般を指して言ったのではない。
ましてや、自分を取り囲んだ令嬢達が無防備な寝衣姿でいた所で、無防備を装う恐ろしい捕食者にしか見えない。
「ちっ違います!ミーシャ嬢だからです!
私は決して貴女以外の女性に、やましい気持ちを抱いたりしません!」
「でしたら最初から、そうおっしゃればよろしいじゃないですか。
寝衣姿の私に欲情しそうだったと。」
━━欲情~!!普通は、婚前の若い女性に対しそんなハッキリと口に出せませんよ!
貴女に欲情しそうでしたなんて!
危険人物扱いされます!━━
ミーシャは遠回しな言い回しでの配慮など不必要だと思っている。
どんな言い回しをした所で、言いたい事は同じなのたからと。
そういう所もまた、本心を垣間見せながらも言葉巧みに淑女を演じる令嬢達とは違うミーシャ。
「そ、そういう事は…普通は心に思っても言えないものです。
貴女に軽蔑されたくありませんでしたし…。」
軽蔑という言葉に反応し首を傾げたミーシャは、ノーザンの言うやましい気持ち、ミーシャが指摘した欲情を映像として頭に描いた。
「ノーザン様は、キリお兄ちゃんがパパにしているような行為を私にしたいと思われた……で、解釈は合ってます?」
「言い方ァァ!!!
身も蓋もない言い方をしないで下さい!!」
普段は冷静なノーザンが、今までに無い程に慌てふためく。
ガイン本人はまだ知らないが、ノーザンは既にガインがキリアンに抱かれる立場である事を知っている。
しかも、キリアンの激しく濃い情慾をその身を以て全て受け止める、ガインの懐の深さも分かっている。
軽蔑などしない。むしろその情の深さに尊敬すらする。
その上で、あの剛腕、豪力、負け知らず疲れ知らずの鋼の肉体を持つガインをバテバテにするキリアンの精力の強さときたら……化け物並みか……と、ノーザンは思う。
そして、そんな二人の行為を指して言われた場合にノーザンが連想するのは、愛を確かめ合い睦み合う性行為を越えた、激しい肉欲のぶつかり合い。
「いやっ…あの!ひ、否定はしません…あの、ですが、あれ程、激しく致そうとは……ではなくて!
今はまだ、私達は婚姻関係を結んでおりませんから…そ、そのような事は…まだ、時期ではないと思うのです…。」
自分で口にした言葉にノーザンは少なからず気を落としてしまった。
正直な気持ちとしては、ミーシャと触れ合いたいという欲はある。
たが婚前の若い女性に、そのようなはしたない行為を強いるわけにもいかず。
「ノーザン様は、両極端なのですわよ。
何もしないか、はしたないと言われる所までするか…
まぁ、パパとキリお兄ちゃんは極端過ぎますものね。
それを挙げた私も悪いのですけど。」
ミーシャは枕を置いてベッドから立ち上がり、椅子に腰掛けたノーザンの隣にもう一つの椅子を並べて置いた。
その椅子に自分も腰掛け、ノーザンと並ぶ。
テーブルに置かれたノーザンの手に自分の手を重ねたミーシャが微笑んだ。
「み、ミーシャ嬢…!て、て、手が………」
「私もノーザン様に触れたいと思いますわよ。
パパ達のような行為に及ぶのは、夫婦になってからですけれど。」
自分の手の甲に重なったミーシャの手の平が温かい。
互いの肌が重なっている……
ノーザンはほんのりと頬を染めてミーシャを見た。
「ミーシャ嬢……。」
「ノーザン様…こんな夜更けにお呼びして…
混乱させましたわよね…。
でも、こんなお願いはノーザン様にしか出来なかったのです…。」
ミーシャがノーザンの手の甲を軽く握る。
握られたノーザンは身を少し固くして、ミーシャを見つめたまま淡く染めた頬を更に赤くした。
「ガルバンゾー先生の作品を見に来ませんかとの…お手紙を頂きましたが…。」
「ええ…そういう口実でお呼び致しました……でも…
本当は私…ノーザン様に…私の……」
口元に手を当て、目を伏せたミーシャの表情にノーザンの鼓動が鳴る。
ミーシャは握ったノーザンの手を、ボツ原稿紙の束の上にクレーンのように運んでバン!と乗せた。
「ノーザン様に私の書きかけ作品のこの中から、好みの作品を選んで欲しかったのです。
ファン代表として。」
「は……?」
「どれもまだ中途半端な作品で、話の続きを書くモチベーションが上がらないのです。
そう!私、ガルバンゾーは只今スランプ気味なのです!
こんな相談、ガルバンゾーのファンであり将来の夫であるノーザン様にしか相談出来ませんし!!」
普段、ぬぼーんと感情をあらわにしないミーシャが大きな声をあげてノーザンに訴えかけて来る。
ノーザンは頬の赤みも無くなり、気圧された様に無表情になり、ぬぼーんとミーシャを見ていたが、やがてクスクスと笑い出した。
「分かりました。
ガルバンゾー先生のファンで、ミーシャ嬢の未来の夫となる私が貴女に協力し、貴女を支えます。」
━━ミーシャ嬢と居ると、私は楽しい。
彼女の夫となり得る、この座を失いたくない。
陛下も認めて下さった婚約者同士とは言っても、まだ口約束の域を出ていない。
ミーシャ嬢が心変わりしたりせぬよう、なんとかこのままミーシャ嬢と夫婦となれるように精進せねば━━
「ノーザン様のお気持ち、私とても嬉しく思います。
私もノーザン様の支えとなれるように頑張りますわ。」
ニコリと微笑むミーシャがノーザンから、照れた様にフイと顔を背けた。
ノーザンから顔を背け、見えない位置で人差し指を鼻上のブリッジに当て、眼鏡をクイと上げる。
━━見目も良く、性格も良く、真面目で勤勉で……良い所を挙げたらキリが無いけれど、全てひっくるめてノーザン様ほど都合の良い男性はそう居ないわ!
私の作品のファンである事も大きいけど、ノーザン様を見てると何かインスピレーションが湧く気がするのよね。
絶対に逃せないわ!!━━
ボツ原稿の束に目を通し始めたノーザンに、ミーシャがハッと思い出した様に挙手し、声を掛けた。
「ノーザン様、こちらの一身上の都合により、それらの主人公は全て性別を女性に変更致しますので、それを踏まえてお読み下さい。」
「………一身上の都合……ですか?」
━━こればっかりは、言えないわよね……
キリお兄ちゃんが私の小説の登場人物を勝手にエロス属性に変えて夢の中でパパを襲わせてるなんて━━
ミーシャは無言で頷きニコリと微笑んだ。
ノーザン様、手が止まっていますわよ。」
「ミーシャ嬢、お部屋に招いて頂き誠に嬉しくは思うのですが……
いくら婚姻を約束した仲と言えど、深夜に女性の部屋を訪れるべきでは無かったのではないかと思うのです。」
ミーシャの私室、椅子に座り小さなテーブルに肘を置いて紙の束を手にしたノーザンが、眼鏡の中央ブリッジ部分を持ち上げながら溜息をこぼした。
目の前では寝衣姿のミーシャがベッドに腰掛け枕を膝に置き、何やらメモを取りながらノーザンを見ている。
その無防備かつ無頓着なミーシャが「え?なんで?」と言いたげな顔を見せ首を傾げた。
「私も一応は男ですので…女性のそういった無防備な姿を見ますと…
いえ、見ない様に気をつけてはいましたが、目のやり場が……。」
一時間ほど前━━
ノーザンが兵舎にある狭い自室でくつろいでいた所に、城の小間使いがミーシャからの手紙を持ってやって来た。
手紙には、ガルバンゾーの未発表の作品があるので部屋に見に来ませんか?と書かれており、ノーザンは喜び勇んでミーシャの部屋に向かったのだが、部屋が近付くに連れて足取りが重くなった。
ミーシャの部屋を訪ねるには、キリアン皇帝陛下の部屋、ガイン隊長の部屋の前を通らねばならず
皇帝陛下の私室のあるその一画に向かうだけで、部下でもある巡回の兵士達に警戒されるのは元より、城に居る者達からの憶測による様々な視線に晒される。
ノーザンの身に降り掛かった、一部で盛り上がりを見せている最新の噂話は、ノーザンが陛下の二人目のオトコに選ばれたかも知れないとの根も葉も無い噂話だ。
一部の者達にノーザンは今、そんな目で見られている。
その目は嘲笑を含むものと羨望を含むもので占められているが、ノーザンにとってはお門違いも良いトコだと呆れるしかない。
「来るべきでは無かったのでは…今ならまだ、部屋に戻る事も出来る。
だが、ミーシャ嬢からの有り難いお誘いを無下に断るわけには…。」
ノーザンはミーシャに部屋に招かれた事も喜ばしいが、自分が好きな作家の未発表作品も気になる。
分別を弁えた大人の男として、未婚の女性の部屋を訪れるべきではないとの紳士的な自制心はあったのだが…
結局は、ミーシャに呼ばれて浮かれた気持ちに、一ファンとしての興味がプラスされ、紳士的な自制心とやらを上回ってしまった。
深夜という事もあり城内を歩く者は少なく、ノーザンは城内の暗く静かな廊下で、自身の部下でもある巡回の兵士や要所要所に立つ警備兵とだけ顔を合わせた。
辿り着いた一画は、皇帝陛下の部屋もガイン隊長の部屋も人の気配が無い。
こんな深夜に二人揃って何処へ…?などと、無粋な勘ぐりを有耶無耶にするよう頭から振り払う。
やがて到着したミーシャの部屋だが、ドアを叩く前に中から扉が開いた。
「お待ちしておりましたわ。ノーザン様。」
ミーシャはいつもの無造作な三編みを解いており、三編みのクセが残っているのか黒髪は緩く波打ち、普段よりあどけなさを感じさせる。
侍女の衣装ではなく飾り気の無いストンとした白い寝衣に淡い紫のストールを羽織った姿。
実際には何の色気も無い姿だが、うら若き女性の寝衣姿を見るのは、うぶなノーザンには中々に刺激が強かった。
硬直しかかったノーザンをグイグイと部屋に引っ張り込んだミーシャは、呆けた様に立ちっぱなしのノーザンの背後からガンっ!と膝裏に椅子をぶつけて膝カックン状態にし、ドサッとノーザンが腰を落とした椅子をノーザンごとガガガガっと押してテーブルにつかせた。
━━ま、前にもこんな事されたような…既視感が…━━
眼鏡もずり落ちかけるほどの振動を尻に受け、放心状態になったノーザンの前のテーブルにドン!と紙の束が置かれ、淹れたての茶も用意された。
「さぁ、どうぞ。お好きなだけ読んで下さいな。」
「あ…あぁ、ありがとう…。」
今さらではあるが……
ミーシャ嬢は本当に、小説を読ませるためだけに自分を部屋に呼んだのだとノーザンは悟った。
淡い期待がまったく無かったとは言えない。
深夜に女性の方から部屋に招かれたのだから、少し位は心が浮き立つ様な事があるのではないかと思ったりもした。
だが悲しい事にミーシャ嬢にはそういう素振りは一切無く、ノーザンが紙の束をめくりながらガルバンゾー氏の未発表作品…
いわゆるミーシャのボツ作品を読む姿を、ただただミーシャに観察されてされて時間が過ぎていく。
━━私は一体、何をしに此処に来たんでしたっけ━━
「ノーザン様、手が止まっていますわよ。」
ベッドに座り何やらメモを取りつつノーザンを観察していたミーシャがあざとい仕草で首を傾げた。
そんなミーシャを見てなお、この部屋に来るまであった高揚感はすでにしおしおと萎んでしまったのをノーザンが自覚した。
「あの…私も…一応は男ですので…女性のそういった無防備な姿を見ますと…
いえ、見ない様に気をつけてはいましたが、目のやり場が……。」
自分が男であると強調し、ミーシャが女性としての恥じらいを思い出す事を促した。
少しばかり世間知らずというか世間ズレしているミーシャに、未婚の男女の距離感を諭しておくべきでは無いかとも。
いつまでも未婚女性の部屋に入り浸るわけにはいくまい。自分は部屋に戻るべきだ。
「男性とは、そういうものですの?無防備な女性に情慾をくすぐられる。
でしたら、ノーザン様にお声を掛けてらした御令嬢の方々が寝衣姿でノーザン様にアタックしていたら成功していたかも知れませんのね。」
ノーザンは焦った。
ノーザンは自身とミーシャの事を、あえて濁して男と女性という言い方をしただけで、女性とはミーシャを含む女性全般を指して言ったのではない。
ましてや、自分を取り囲んだ令嬢達が無防備な寝衣姿でいた所で、無防備を装う恐ろしい捕食者にしか見えない。
「ちっ違います!ミーシャ嬢だからです!
私は決して貴女以外の女性に、やましい気持ちを抱いたりしません!」
「でしたら最初から、そうおっしゃればよろしいじゃないですか。
寝衣姿の私に欲情しそうだったと。」
━━欲情~!!普通は、婚前の若い女性に対しそんなハッキリと口に出せませんよ!
貴女に欲情しそうでしたなんて!
危険人物扱いされます!━━
ミーシャは遠回しな言い回しでの配慮など不必要だと思っている。
どんな言い回しをした所で、言いたい事は同じなのたからと。
そういう所もまた、本心を垣間見せながらも言葉巧みに淑女を演じる令嬢達とは違うミーシャ。
「そ、そういう事は…普通は心に思っても言えないものです。
貴女に軽蔑されたくありませんでしたし…。」
軽蔑という言葉に反応し首を傾げたミーシャは、ノーザンの言うやましい気持ち、ミーシャが指摘した欲情を映像として頭に描いた。
「ノーザン様は、キリお兄ちゃんがパパにしているような行為を私にしたいと思われた……で、解釈は合ってます?」
「言い方ァァ!!!
身も蓋もない言い方をしないで下さい!!」
普段は冷静なノーザンが、今までに無い程に慌てふためく。
ガイン本人はまだ知らないが、ノーザンは既にガインがキリアンに抱かれる立場である事を知っている。
しかも、キリアンの激しく濃い情慾をその身を以て全て受け止める、ガインの懐の深さも分かっている。
軽蔑などしない。むしろその情の深さに尊敬すらする。
その上で、あの剛腕、豪力、負け知らず疲れ知らずの鋼の肉体を持つガインをバテバテにするキリアンの精力の強さときたら……化け物並みか……と、ノーザンは思う。
そして、そんな二人の行為を指して言われた場合にノーザンが連想するのは、愛を確かめ合い睦み合う性行為を越えた、激しい肉欲のぶつかり合い。
「いやっ…あの!ひ、否定はしません…あの、ですが、あれ程、激しく致そうとは……ではなくて!
今はまだ、私達は婚姻関係を結んでおりませんから…そ、そのような事は…まだ、時期ではないと思うのです…。」
自分で口にした言葉にノーザンは少なからず気を落としてしまった。
正直な気持ちとしては、ミーシャと触れ合いたいという欲はある。
たが婚前の若い女性に、そのようなはしたない行為を強いるわけにもいかず。
「ノーザン様は、両極端なのですわよ。
何もしないか、はしたないと言われる所までするか…
まぁ、パパとキリお兄ちゃんは極端過ぎますものね。
それを挙げた私も悪いのですけど。」
ミーシャは枕を置いてベッドから立ち上がり、椅子に腰掛けたノーザンの隣にもう一つの椅子を並べて置いた。
その椅子に自分も腰掛け、ノーザンと並ぶ。
テーブルに置かれたノーザンの手に自分の手を重ねたミーシャが微笑んだ。
「み、ミーシャ嬢…!て、て、手が………」
「私もノーザン様に触れたいと思いますわよ。
パパ達のような行為に及ぶのは、夫婦になってからですけれど。」
自分の手の甲に重なったミーシャの手の平が温かい。
互いの肌が重なっている……
ノーザンはほんのりと頬を染めてミーシャを見た。
「ミーシャ嬢……。」
「ノーザン様…こんな夜更けにお呼びして…
混乱させましたわよね…。
でも、こんなお願いはノーザン様にしか出来なかったのです…。」
ミーシャがノーザンの手の甲を軽く握る。
握られたノーザンは身を少し固くして、ミーシャを見つめたまま淡く染めた頬を更に赤くした。
「ガルバンゾー先生の作品を見に来ませんかとの…お手紙を頂きましたが…。」
「ええ…そういう口実でお呼び致しました……でも…
本当は私…ノーザン様に…私の……」
口元に手を当て、目を伏せたミーシャの表情にノーザンの鼓動が鳴る。
ミーシャは握ったノーザンの手を、ボツ原稿紙の束の上にクレーンのように運んでバン!と乗せた。
「ノーザン様に私の書きかけ作品のこの中から、好みの作品を選んで欲しかったのです。
ファン代表として。」
「は……?」
「どれもまだ中途半端な作品で、話の続きを書くモチベーションが上がらないのです。
そう!私、ガルバンゾーは只今スランプ気味なのです!
こんな相談、ガルバンゾーのファンであり将来の夫であるノーザン様にしか相談出来ませんし!!」
普段、ぬぼーんと感情をあらわにしないミーシャが大きな声をあげてノーザンに訴えかけて来る。
ノーザンは頬の赤みも無くなり、気圧された様に無表情になり、ぬぼーんとミーシャを見ていたが、やがてクスクスと笑い出した。
「分かりました。
ガルバンゾー先生のファンで、ミーシャ嬢の未来の夫となる私が貴女に協力し、貴女を支えます。」
━━ミーシャ嬢と居ると、私は楽しい。
彼女の夫となり得る、この座を失いたくない。
陛下も認めて下さった婚約者同士とは言っても、まだ口約束の域を出ていない。
ミーシャ嬢が心変わりしたりせぬよう、なんとかこのままミーシャ嬢と夫婦となれるように精進せねば━━
「ノーザン様のお気持ち、私とても嬉しく思います。
私もノーザン様の支えとなれるように頑張りますわ。」
ニコリと微笑むミーシャがノーザンから、照れた様にフイと顔を背けた。
ノーザンから顔を背け、見えない位置で人差し指を鼻上のブリッジに当て、眼鏡をクイと上げる。
━━見目も良く、性格も良く、真面目で勤勉で……良い所を挙げたらキリが無いけれど、全てひっくるめてノーザン様ほど都合の良い男性はそう居ないわ!
私の作品のファンである事も大きいけど、ノーザン様を見てると何かインスピレーションが湧く気がするのよね。
絶対に逃せないわ!!━━
ボツ原稿の束に目を通し始めたノーザンに、ミーシャがハッと思い出した様に挙手し、声を掛けた。
「ノーザン様、こちらの一身上の都合により、それらの主人公は全て性別を女性に変更致しますので、それを踏まえてお読み下さい。」
「………一身上の都合……ですか?」
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