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数多の剣技を持つらしき攻守優れたテクニシャン。
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王族専用の豪華な箱馬車に乗ったカリーナの向かい側の席には、リスクィートの王城から来た騎士二人が座した。
外には箱馬車の四方を囲む様に騎馬の騎士が居る。
「戦う術も無い女1人に随分大仰だこと。
まるでわたくしを罪人の様な扱いですのね。
王城で、一体何がありましたの?」
扇で口元を隠したカリーナは、向かい側に居る二人の騎士に問い掛けた。
二人の騎士は互いの顔を見てからカリーナに返答する。
「我々の口からは何も言えません。
国王陛下が直々にカリーナ殿下にお話なさいますので。」
「そう。」
カリーナは納得したと目を伏せ、その後は押し黙ったまま窓の外に視線を向けた。
やがて馬車が王城に到着し、カリーナは騎士の手を借りて馬車から降りた。
馬車から王城の大扉の前までアプローチの両端に兵士が整然と並び、カリーナは侍女も従えずに1人アプローチを歩んで行った。
王族を迎える為に整列した儀仗兵と言うよりは、刑場へと向かう一本道からの逃げ場を無くす為に兵士達が壁となっている様な錯覚すら覚える。
━━わたくしは今、孤立無援状態で敵陣に追い込まれたのね。
臨む所だわ、もう逃げないわよ。━━
カリーナが王城の大扉の前に辿り着くと観音開きの扉が開かれ、その中央にはリスクィート国王が立っていた。
カリーナは国王である実兄に向け、静かにカーテシーをした。
「お待たせ致しましたわ。」
「ああ、随分と長く待たされたな…たかが着替えの為だけに時間を無駄にした気分だ。
寝着姿だろうが、すぐ連れて来るよう言えば良かった。
とにかく早く中に入れ。
お前と話しがしたい。」
「………本当、最低な男だこと。」
背を向けカリーナの前を歩き始めた国王の背に向けてカリーナが小さく独りごつ。
国王が先を歩き、その後ろをカリーナが付いて行く。
カリーナの両隣、後ろには剣を携えた騎士が控えた。
やがて豪奢な応接室に着くとカリーナと国王はテーブルを挟んで向かい合い腰を下ろした。
部屋の四隅、ドアの前、窓の前、カリーナと国王のソファの後ろにはそれぞれ二人ずつ兵士が立つ。
不測の事態に備えてだと理解はするが兵士の数の多さに女一人にどこまで警戒をしているのかとカリーナは半ば呆れた。
━━わたくしを奪還しに侵入者が来るとでも思っているのかしら。
つくづく、わたくしを信用してはいないのね。━━
「カリーナよ、お前に訊ねたい事がある。
お前はなぜ、夫であるベルゼルト先皇帝が死んだ際にリスクィートに戻って来た。
それも息子のケンヴィーをベルゼルトに残して独りで、だ。」
ソファに腰を下ろすなりに訊ねて来た国王に対し、カリーナは頬に手を当て一瞬だけあからさまに怪訝そうな顔をした。
「兄上も知ってらっしゃるではないですか。
わたくし、あの国では疎まれておりましたのよ。
国民からも城の者からも好かれてはおりませんでしたわ。
夫を亡くしたわたくしが、居心地の悪い場所に居続ける理由が御座いませんでしょう。
ケンヴィーは、あの国で生まれ育ちましたし愛されておりましたわ。
ベルゼルトにわたくしの居場所はありませんが、ケンヴィーの居場所はベルゼルトです。」
「今さら何を訊ねますの」と呟きつつ、カリーナは一切の感情を顔には出さなかった。
「ケンヴィーが、兄である第一皇子のキリアンに戦を仕掛けた時に母親であるお前は何もしなかった。
リスクィートに居たお前ならば、ケンヴィーの為に兵を出す様にと俺に頼む事も出来ただろうに。」
「殿方の戦事情は、女のわたくしには全く分かりませんでしたわ。
あの子が自身で決めた上での行いならば、わたくしは全てに目を瞑っていようと思っておりました。
助けが必要ならばケンヴィー自身が伯父である兄上に申し出れば良かったのです。
結果としてケンヴィーが、あの様な姿となり天に召された事は、身を切る様に辛く悲しい事ですけれど。
それもケンヴィーが選んだ運命だったのでしょう。
…………兄上、わたくしから何を聞き出そうとしてますの?」
嘆きを口にはするが、カリーナには悲しみに憂いた表情は無い。
リスクィート国王は、不信感をあらわにしてカリーナの表情を探り続けた。
息子を亡くしたばかりの母親にしては嘆く様子もさほど無く、余りにも普段通りのカリーナのままだ。
だがカリーナは元から、息子をあまり愛してはいないと周りから言われていた。
ゆえに、その冷めた表情が本音なのか企みからのものかが分からない。
「冷たい女だな。
焼けただれてイモムシみたいになったケンヴィーを見た時には声をあげたが。」
「ええ皆さん、そうおっしゃいますわね。
氷の姫君だなんて有り難くもない二つ名もありますし。
そんなわたくしでも、我が子のあの様な姿を目の当たりにすれば平然としてはおられませんでしょう?
それにしても…兄上は、わたくしに何を言いたいのです?
早くベルゼルトに宣戦布告しろと催促でもしてますの?
わたくし、ケンヴィーの死を悼む時間が欲しいと申し上げましたわよ。」
リスクィート国王は実妹のカリーナを、利用価値はあるが、いつ敵になってもおかしくない者として認識している。
かと言って、此度の使用人に扮していた女の賊がカリーナの手の者かどうか確かめようがない。
カリーナ以外にも敵になり得る者が多い国王には、それら一つ一つを調べる為に時間を費やすのが惜しい。
それに、カリーナが敵になったとして、カリーナの目的が分からない。
人と関わらずに隠遁者の様にひっそりと過ごすカリーナが、実兄であり生国の国王を敵対視したからといって何らかの行動を起こす理由が思い当たらない。
考え過ぎかとも思う反面、カリーナに対する不信感は消えずにリスクィート国王の胸の内側で警鐘を鳴らし続ける。
「お前は今後、この城で過ごせ。
東の尖塔に部屋を用意する。
身の回りの世話はリスクィートの者がする。
俺の許可無く誰かに会う事も離宮に戻る事も許さん。」
「わたくしを尖塔に軟禁するおつもりですの?
まるで罪人の様な扱いですわね。
理由を仰言って下さいません?」
「黙れ!お前は俺の言う通りにすれば良いのだ!
牢に繋がれないだけ、有り難く思え!」
カリーナは兵士達によって連行され、城の東側にある尖塔に軟禁される事となった。
カリーナは従順に国王の命令に従ったので無下な扱いを受ける事は無かったが、外との一切の交流を断たれた。
尖塔の部屋は火傷を負ったケンヴィーとされていた甥のフォアンが居た西の尖塔の部屋に似ており、大きなベッドとテーブルやソファ、チェストやドレッサーもある。
部屋にはリスクィートの侍女が二人控えており、生活に不自由する事は無さそうに思えた。
「欲深いくせに臆病で器の小さい男だこと。
それでも危機管理能力だけは確かなものね。
確たる証拠が無くとも、わたくしが敵だと気付いたのだわ。」
尖塔の窓から外を眺めたカリーナは、呟きながら僅かに嘲笑を浮かべた。
振り返ったカリーナは無表情となり、普段と変わらぬ佇まいのまま、ゆったりとくつろぐ様にソファに腰を下ろして侍女に軽食を所望した。
「朝食がまだなの。
何か用意してちょうだい。」
━━わたくしを鳥かごに閉じ込めた気で居るのでしょうね。愚かな男だわ。
大きな翼を持つ者たちに、わたくしの成すべき事は全て伝えてあるわ。━━
大きな翼を有した龍の乙女を掲げる国。
その国を味方につけ、これ程心強い事は無い。
━━テンソ…今はまだ貴女の死を悼む事はしないわ。
わたくしが貴女と同じ場所に逝く事無く、全てが終わった時には………━━
▼
▼
▼
ベルゼルト皇国、王城敷地内の大庭園━━
腕の良い庭師によって美しく彩られた癒やしの空間である大庭園のガゼボにて腹心の臣下と共に茶を嗜む麗しき皇帝キリアン。
美しい景色を見ながら心穏やかな時間を過ごしていた皇帝の前に敵となり得る者が現れ、今まさに皇帝の怒りを買わんとしていた。
「皇帝陛下、お願い申し上げます。
どうか、このワタクシめに陛下のお眼鏡にかなう機会をお与え下さい。」
皇帝が大庭園の一角にあるガゼボで茶を嗜む時間、大庭園には皇帝から一定の距離を置き、多くの騎士や兵士が定められた場所にて警戒に当たっている。
皇帝であるキリアンの側にはガインのみが警護に当たり、他の者はガゼボに近付く事を許されてはいなかった。
キリアンの前でかしずく男は命令を無視して持ち場を離れ、ガゼボまでやって来た上で意味の分からない事をのたまっている。
キリアンには、そうとしか思えない。
ガインと過ごす穏やかなひとときを邪魔されたキリアンは苛立ちの表情を隠さなかった。
傅きながら熱い眼差しで見上げて来る男を、キリアンはまるで汚物でも見るかの様に蔑んだ目で見下ろした。
「ワタクシは、ガイン隊長に劣らぬと自負しております。
必ずや陛下にご満足戴けると自信を持って言えます!」
キリアンは不快感をあらわにした表情で舌打ちをした。
男の申し出に、キリアンの隣で目を丸くしていたガインは、キリアンの舌打ちに慌てたように口を挟む。
「陛下、若者が自信を持つ事は喜ばしい事です。
私も、まだまだ前線を退くつもりは御座いませんが、育ててきた部下達に、俺を越えると言われるのは感慨深いモンです。」
男の真意を分かっておらず、どこか嬉しそうなガインを見たキリアンは、思わずクスッと小さく吹き出す様に笑った。
何と、うぶで可愛いんだろうと。
それに引き換え、お前は何なんだ!と再び男を睨めつけたキリアンが、低い声で男に言う。
「ガインに劣らぬ自信があると言ったが…ガインはいまだ我が国では最強の武人だ。
手にした武勲も両手では数え切れない。
そのガインに劣らぬとは、何をもってそう言えるのだか。
武功を立ててから言いに来い。下がれ。」
キリアン自身は男の真意を分かっていたが、あえて話しを逸らした。
男は夜の相手としてのガインを指して、この様な申し出をしている。
ガインは、自分がキリアンの夜の相手だとある程度周知されている事を何となく知ってはいるが、ハッキリ認識していない。
多分そうなんだよな~位のゆるーく曖昧な「知っている」だ。
そんなガインが、部下にキリアンの夜の相手だと名指しされている上に、自分の方が上だと言われていると気付けば、今の穏やかで何だか機嫌のいいガインの心に波風を立て兼ねない。
そう考えたキリアンは、聞く耳を持たずにさっさと男を追い払おうとした。
「武功でガイン隊長にかなうとは思っておりません。
ワタクシが申したいのは……
ワタクシは、どちらの立場でも陛下にご満足戴けるだけの自信が御座います。」
「…………?」
「貴様…下がれと言った私の命令を無視とは…」
意味が分からず、にこやかな顔のまま静止してキョトンとしているガインを置き去りにして、強く睨めつけるキリアンに対しての男の自己アピールは続く。
「ワタクシであれば、どちらの立場ででも陛下の隣に立たせて戴けると自負しております。」
「どちらの立場…盾にも剣にもなり得ると言う事か?
攻守共に自信があると……そうなのか??」
キリアンの隣で、ガインが何となく分かった様な表情をした。
「あー分かった」と言いたげに数回コクコクと頷くガインを見たキリアンは、思わず一瞬ほっこりと笑みを浮かべてしまう。
「ワタクシのテクニックであれば、必ずや陛下を悦びの頂きにお連れする事が出来ます。
数々の技を持っておりますゆえ。」
「テクニック……確かに俺は力で押すタイプだから、技巧では劣るやも知れん。
名前の付いた剣技の技も持ってやいないし。
一体…どの様な技を……」
「ガインは一回黙っていようか。」
男の技とやらを剣技だと思い込んでいるガインは、その剣技を見せろと言い出しそうな雰囲気だ。
余りにも純朴で、恐ろしく可愛い。
可愛すぎて色々とヤバい。
男に対する怒りさえ浄化されそうなキリアンは、ガインが口を挟むのを制止した。
「ワタクシは多くの男性に悦びを与え、この身体の虜にして来ました。
どうか陛下、ワタクシにそれを証明する機会をお与え下さい。
必ずや、ガイン隊長よりもご満足戴けるでしょう。」
一通りのアピールが済んだ男の得意満面な様子に、ガインがやっと、男が言わんとしている事をフワッと理解した。
困惑したガインは、「え?え?」とキリアンと男を交互に見始めた。
唐突過ぎてピンと来ていないのか、ガインの表情にはキリアンの閨の相手だと名指しされた事による不安感や不快感は無い。
むしろ、その挙動不審な様子が「俺を捨てるのか?」との不安に苛まれているのだと………
そう思いたいキリアンは、自身の胸をギュッと掴んだ。
━━可愛い…とてつもなく愛おしい!
そんな不安そうな顔にならなくていいんです師匠!
俺が師匠を手放すワケ無いじゃないですか!
あぁ…可愛すぎてめちゃくちゃにしたい…━━
外には箱馬車の四方を囲む様に騎馬の騎士が居る。
「戦う術も無い女1人に随分大仰だこと。
まるでわたくしを罪人の様な扱いですのね。
王城で、一体何がありましたの?」
扇で口元を隠したカリーナは、向かい側に居る二人の騎士に問い掛けた。
二人の騎士は互いの顔を見てからカリーナに返答する。
「我々の口からは何も言えません。
国王陛下が直々にカリーナ殿下にお話なさいますので。」
「そう。」
カリーナは納得したと目を伏せ、その後は押し黙ったまま窓の外に視線を向けた。
やがて馬車が王城に到着し、カリーナは騎士の手を借りて馬車から降りた。
馬車から王城の大扉の前までアプローチの両端に兵士が整然と並び、カリーナは侍女も従えずに1人アプローチを歩んで行った。
王族を迎える為に整列した儀仗兵と言うよりは、刑場へと向かう一本道からの逃げ場を無くす為に兵士達が壁となっている様な錯覚すら覚える。
━━わたくしは今、孤立無援状態で敵陣に追い込まれたのね。
臨む所だわ、もう逃げないわよ。━━
カリーナが王城の大扉の前に辿り着くと観音開きの扉が開かれ、その中央にはリスクィート国王が立っていた。
カリーナは国王である実兄に向け、静かにカーテシーをした。
「お待たせ致しましたわ。」
「ああ、随分と長く待たされたな…たかが着替えの為だけに時間を無駄にした気分だ。
寝着姿だろうが、すぐ連れて来るよう言えば良かった。
とにかく早く中に入れ。
お前と話しがしたい。」
「………本当、最低な男だこと。」
背を向けカリーナの前を歩き始めた国王の背に向けてカリーナが小さく独りごつ。
国王が先を歩き、その後ろをカリーナが付いて行く。
カリーナの両隣、後ろには剣を携えた騎士が控えた。
やがて豪奢な応接室に着くとカリーナと国王はテーブルを挟んで向かい合い腰を下ろした。
部屋の四隅、ドアの前、窓の前、カリーナと国王のソファの後ろにはそれぞれ二人ずつ兵士が立つ。
不測の事態に備えてだと理解はするが兵士の数の多さに女一人にどこまで警戒をしているのかとカリーナは半ば呆れた。
━━わたくしを奪還しに侵入者が来るとでも思っているのかしら。
つくづく、わたくしを信用してはいないのね。━━
「カリーナよ、お前に訊ねたい事がある。
お前はなぜ、夫であるベルゼルト先皇帝が死んだ際にリスクィートに戻って来た。
それも息子のケンヴィーをベルゼルトに残して独りで、だ。」
ソファに腰を下ろすなりに訊ねて来た国王に対し、カリーナは頬に手を当て一瞬だけあからさまに怪訝そうな顔をした。
「兄上も知ってらっしゃるではないですか。
わたくし、あの国では疎まれておりましたのよ。
国民からも城の者からも好かれてはおりませんでしたわ。
夫を亡くしたわたくしが、居心地の悪い場所に居続ける理由が御座いませんでしょう。
ケンヴィーは、あの国で生まれ育ちましたし愛されておりましたわ。
ベルゼルトにわたくしの居場所はありませんが、ケンヴィーの居場所はベルゼルトです。」
「今さら何を訊ねますの」と呟きつつ、カリーナは一切の感情を顔には出さなかった。
「ケンヴィーが、兄である第一皇子のキリアンに戦を仕掛けた時に母親であるお前は何もしなかった。
リスクィートに居たお前ならば、ケンヴィーの為に兵を出す様にと俺に頼む事も出来ただろうに。」
「殿方の戦事情は、女のわたくしには全く分かりませんでしたわ。
あの子が自身で決めた上での行いならば、わたくしは全てに目を瞑っていようと思っておりました。
助けが必要ならばケンヴィー自身が伯父である兄上に申し出れば良かったのです。
結果としてケンヴィーが、あの様な姿となり天に召された事は、身を切る様に辛く悲しい事ですけれど。
それもケンヴィーが選んだ運命だったのでしょう。
…………兄上、わたくしから何を聞き出そうとしてますの?」
嘆きを口にはするが、カリーナには悲しみに憂いた表情は無い。
リスクィート国王は、不信感をあらわにしてカリーナの表情を探り続けた。
息子を亡くしたばかりの母親にしては嘆く様子もさほど無く、余りにも普段通りのカリーナのままだ。
だがカリーナは元から、息子をあまり愛してはいないと周りから言われていた。
ゆえに、その冷めた表情が本音なのか企みからのものかが分からない。
「冷たい女だな。
焼けただれてイモムシみたいになったケンヴィーを見た時には声をあげたが。」
「ええ皆さん、そうおっしゃいますわね。
氷の姫君だなんて有り難くもない二つ名もありますし。
そんなわたくしでも、我が子のあの様な姿を目の当たりにすれば平然としてはおられませんでしょう?
それにしても…兄上は、わたくしに何を言いたいのです?
早くベルゼルトに宣戦布告しろと催促でもしてますの?
わたくし、ケンヴィーの死を悼む時間が欲しいと申し上げましたわよ。」
リスクィート国王は実妹のカリーナを、利用価値はあるが、いつ敵になってもおかしくない者として認識している。
かと言って、此度の使用人に扮していた女の賊がカリーナの手の者かどうか確かめようがない。
カリーナ以外にも敵になり得る者が多い国王には、それら一つ一つを調べる為に時間を費やすのが惜しい。
それに、カリーナが敵になったとして、カリーナの目的が分からない。
人と関わらずに隠遁者の様にひっそりと過ごすカリーナが、実兄であり生国の国王を敵対視したからといって何らかの行動を起こす理由が思い当たらない。
考え過ぎかとも思う反面、カリーナに対する不信感は消えずにリスクィート国王の胸の内側で警鐘を鳴らし続ける。
「お前は今後、この城で過ごせ。
東の尖塔に部屋を用意する。
身の回りの世話はリスクィートの者がする。
俺の許可無く誰かに会う事も離宮に戻る事も許さん。」
「わたくしを尖塔に軟禁するおつもりですの?
まるで罪人の様な扱いですわね。
理由を仰言って下さいません?」
「黙れ!お前は俺の言う通りにすれば良いのだ!
牢に繋がれないだけ、有り難く思え!」
カリーナは兵士達によって連行され、城の東側にある尖塔に軟禁される事となった。
カリーナは従順に国王の命令に従ったので無下な扱いを受ける事は無かったが、外との一切の交流を断たれた。
尖塔の部屋は火傷を負ったケンヴィーとされていた甥のフォアンが居た西の尖塔の部屋に似ており、大きなベッドとテーブルやソファ、チェストやドレッサーもある。
部屋にはリスクィートの侍女が二人控えており、生活に不自由する事は無さそうに思えた。
「欲深いくせに臆病で器の小さい男だこと。
それでも危機管理能力だけは確かなものね。
確たる証拠が無くとも、わたくしが敵だと気付いたのだわ。」
尖塔の窓から外を眺めたカリーナは、呟きながら僅かに嘲笑を浮かべた。
振り返ったカリーナは無表情となり、普段と変わらぬ佇まいのまま、ゆったりとくつろぐ様にソファに腰を下ろして侍女に軽食を所望した。
「朝食がまだなの。
何か用意してちょうだい。」
━━わたくしを鳥かごに閉じ込めた気で居るのでしょうね。愚かな男だわ。
大きな翼を持つ者たちに、わたくしの成すべき事は全て伝えてあるわ。━━
大きな翼を有した龍の乙女を掲げる国。
その国を味方につけ、これ程心強い事は無い。
━━テンソ…今はまだ貴女の死を悼む事はしないわ。
わたくしが貴女と同じ場所に逝く事無く、全てが終わった時には………━━
▼
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ベルゼルト皇国、王城敷地内の大庭園━━
腕の良い庭師によって美しく彩られた癒やしの空間である大庭園のガゼボにて腹心の臣下と共に茶を嗜む麗しき皇帝キリアン。
美しい景色を見ながら心穏やかな時間を過ごしていた皇帝の前に敵となり得る者が現れ、今まさに皇帝の怒りを買わんとしていた。
「皇帝陛下、お願い申し上げます。
どうか、このワタクシめに陛下のお眼鏡にかなう機会をお与え下さい。」
皇帝が大庭園の一角にあるガゼボで茶を嗜む時間、大庭園には皇帝から一定の距離を置き、多くの騎士や兵士が定められた場所にて警戒に当たっている。
皇帝であるキリアンの側にはガインのみが警護に当たり、他の者はガゼボに近付く事を許されてはいなかった。
キリアンの前でかしずく男は命令を無視して持ち場を離れ、ガゼボまでやって来た上で意味の分からない事をのたまっている。
キリアンには、そうとしか思えない。
ガインと過ごす穏やかなひとときを邪魔されたキリアンは苛立ちの表情を隠さなかった。
傅きながら熱い眼差しで見上げて来る男を、キリアンはまるで汚物でも見るかの様に蔑んだ目で見下ろした。
「ワタクシは、ガイン隊長に劣らぬと自負しております。
必ずや陛下にご満足戴けると自信を持って言えます!」
キリアンは不快感をあらわにした表情で舌打ちをした。
男の申し出に、キリアンの隣で目を丸くしていたガインは、キリアンの舌打ちに慌てたように口を挟む。
「陛下、若者が自信を持つ事は喜ばしい事です。
私も、まだまだ前線を退くつもりは御座いませんが、育ててきた部下達に、俺を越えると言われるのは感慨深いモンです。」
男の真意を分かっておらず、どこか嬉しそうなガインを見たキリアンは、思わずクスッと小さく吹き出す様に笑った。
何と、うぶで可愛いんだろうと。
それに引き換え、お前は何なんだ!と再び男を睨めつけたキリアンが、低い声で男に言う。
「ガインに劣らぬ自信があると言ったが…ガインはいまだ我が国では最強の武人だ。
手にした武勲も両手では数え切れない。
そのガインに劣らぬとは、何をもってそう言えるのだか。
武功を立ててから言いに来い。下がれ。」
キリアン自身は男の真意を分かっていたが、あえて話しを逸らした。
男は夜の相手としてのガインを指して、この様な申し出をしている。
ガインは、自分がキリアンの夜の相手だとある程度周知されている事を何となく知ってはいるが、ハッキリ認識していない。
多分そうなんだよな~位のゆるーく曖昧な「知っている」だ。
そんなガインが、部下にキリアンの夜の相手だと名指しされている上に、自分の方が上だと言われていると気付けば、今の穏やかで何だか機嫌のいいガインの心に波風を立て兼ねない。
そう考えたキリアンは、聞く耳を持たずにさっさと男を追い払おうとした。
「武功でガイン隊長にかなうとは思っておりません。
ワタクシが申したいのは……
ワタクシは、どちらの立場でも陛下にご満足戴けるだけの自信が御座います。」
「…………?」
「貴様…下がれと言った私の命令を無視とは…」
意味が分からず、にこやかな顔のまま静止してキョトンとしているガインを置き去りにして、強く睨めつけるキリアンに対しての男の自己アピールは続く。
「ワタクシであれば、どちらの立場ででも陛下の隣に立たせて戴けると自負しております。」
「どちらの立場…盾にも剣にもなり得ると言う事か?
攻守共に自信があると……そうなのか??」
キリアンの隣で、ガインが何となく分かった様な表情をした。
「あー分かった」と言いたげに数回コクコクと頷くガインを見たキリアンは、思わず一瞬ほっこりと笑みを浮かべてしまう。
「ワタクシのテクニックであれば、必ずや陛下を悦びの頂きにお連れする事が出来ます。
数々の技を持っておりますゆえ。」
「テクニック……確かに俺は力で押すタイプだから、技巧では劣るやも知れん。
名前の付いた剣技の技も持ってやいないし。
一体…どの様な技を……」
「ガインは一回黙っていようか。」
男の技とやらを剣技だと思い込んでいるガインは、その剣技を見せろと言い出しそうな雰囲気だ。
余りにも純朴で、恐ろしく可愛い。
可愛すぎて色々とヤバい。
男に対する怒りさえ浄化されそうなキリアンは、ガインが口を挟むのを制止した。
「ワタクシは多くの男性に悦びを与え、この身体の虜にして来ました。
どうか陛下、ワタクシにそれを証明する機会をお与え下さい。
必ずや、ガイン隊長よりもご満足戴けるでしょう。」
一通りのアピールが済んだ男の得意満面な様子に、ガインがやっと、男が言わんとしている事をフワッと理解した。
困惑したガインは、「え?え?」とキリアンと男を交互に見始めた。
唐突過ぎてピンと来ていないのか、ガインの表情にはキリアンの閨の相手だと名指しされた事による不安感や不快感は無い。
むしろ、その挙動不審な様子が「俺を捨てるのか?」との不安に苛まれているのだと………
そう思いたいキリアンは、自身の胸をギュッと掴んだ。
━━可愛い…とてつもなく愛おしい!
そんな不安そうな顔にならなくていいんです師匠!
俺が師匠を手放すワケ無いじゃないですか!
あぁ…可愛すぎてめちゃくちゃにしたい…━━
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何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
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年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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