きみと帰る道

木嶋ミント

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いちご味のきみと

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 カランと軽快な音を鳴らして扉を引けば、ふわっといちごの匂いが、波のように寄せてくる。入り口はさながらいちごの渚で、カウンターはいちごの沖だ。
『Strawberry Stones』の特徴は、いちごを店内のいたるところに装飾していることだ。またこの店の工夫として、出口入口が分けられているというのがある。
 
「ん~っ!」

 大きく息を吸い込んで、きみはとても嬉しそうな声を上げた。それははっきりとした言葉にはならなかったけど、かがやく瞳がきみの心の中を映し出していた。

「石川さん、じつはね」
「なになに?」
「これがあるんだ!」

 僕は大きくかかげるようにして、きみに『いちご食べ放題カード』を見せた。歓声があがって、よくよく周囲を見わたせば、店内中からの注目が集まっていた。
 きみは盛り上がる周囲にきょとんとして、まぶたを閉じたり開いたり。

「そのカードって、どんなもの?」
「……ご、ごほん。これを使えば、値段が半額になるんだ」 
「おおっ!」
「僕、じつは入学前からここに通っててね」

 きみがあの学校に入ると知ってから、僕は自分なりに色々考えた。ほとんど話したことがない同級生が、きみ目当てに進路を決めたなんて、きみからすれば驚くだろうな。……最悪、気味悪がられるだろう。

 たっぷりのいちごがつまった籠をモチーフとした、可愛らしい看板。チョコレートのように、深みがありながらもマイルドな茶色の外装。

 学校の下見をする中で、何げなく『Strawberry Stones』に立ち寄った。そこで『いちご食べ放題カード』という存在を知った。
 きみがここまで甘いものが好きとは知らなかったけど、きみとの会話のきっかけになるんじゃないか。そうおもって通い続けることにしたのだ。

 きみは通りに面する窓側に座った。となりに座るほどの勇気はないので、僕はその向かい側に座った。
 さっそくメニュー表を広げ、きみは僕とスイーツの写真を交互に見つめる。わくわく、なんて音が聴こえてきそうだ。

「ねえ、おすすめは?」
「どれも良いけど……」

 きみと同じように、目線を下に落とす。店長イチオシ、お客さん人気No.1、なんてキャッチコピーが並んでいる。そして、僕はもうひとつのメニュー表を取った。
 店長の手書きだという文字が並んだメニュー表をめくり、中ほどまで進んだところで手を止めた。

「『いちご一会ミルフィーユ』が好きなんだ」
「え、どれどれっ?」
「あ、少しめくった先に」
「これは画像がないんだね~」

 『いちご一会ミルフィーユ』……それは、いちご尽くしのこの喫茶の中で、一風変わったスイーツだ。どこが変わっているのかというと、いちごミルフィーユとともに、軽食やほかのスイーツ出てくるというところだ。
 その名の通りいちごと一期一会ということばをかけたもので、人の出会いと同じように、料理との一期一会の出会いを大切にして欲しいという発想から生まれたものなのだそうだ。

「値段が高めだから、食べたことはなかったんだ」
「でも、あのカードがあるでしょう?」
「さっき言い忘れたんだけど」
「うん」
「いちご食べ放題って、二人以上じゃないと使えないんだ」
「ええっ」

 のどが渇いていく。ひと息で言い終えようと、深く息を吸った。いちごの甘さが、身体の芯をぬるく包んだ。

「だから、その……一緒に食べる人が欲しくて」
「じゃあ、このミルフィーユ頼んでみようよ!」
「う、うん」

 『いちご一会ミルフィーユ』はふたつの料理が出てくるから、僕らはそれを分け合うことにした。

「『いちご一会ミルフィーユ』です」
「ありがとうございます」
 
 僕の目の前に置かれたのは、いちごのミルフィーユ。きみの前に置かれたのも、いちごのミルフィーユ。

「あの」
「はい、何でしょうか」
「『いちご一会ミルフィーユ』、単品で頼んだんですが」
「ええ。『いちご一会ミルフィーユ』と、気まぐれレシピ……今日はいちごのミルフィーユです」

 なんてこった。ミルフィーユが重なってしまうなんて。いや、もとからミルフィーユはパイ生地が重なったものではあるけれど。

「ラッキーだね~」
「うん」
「さ、食べよ食べよ!」

 きみはそう言って、ナイフを差し込んでいく。慎重な手つきだ。僕も一口分のミルフィーユを取った。
 さくら色の唇に、ほろほろと欠片のこぼれ落ちるミルフィーユが運ばれていく。僕はいちごを含みながら、それを盗み見る。きみは『いちご一会ミルフィーユ』に夢中で、ちっとも気がつかない。
 亜麻色のボブカット。首元には少し左の輪が大きなちょうちょ結び。きみの人形みたいな顔と身体をつなぎ止める首は、ほっそりとしている。のどの真ん中のあたりが、少し盛り上がっていた。
 いちごを見つめる眼差しは希望に満ちている。主役は最後まで取っておきたいらしい。木イチゴのような舌が、唇のクリームをなめ取った。
 ふいに、西日が強く光った。
 夕陽がきみの輪郭をなぞって、その瞬間、きみだけが世界にいるみたいに感じた。

「ね、美味しいね」

 吐息がかった声が、いちごの香りをのせて僕に触れる。いちごの甘さに揺られながら、ただ首を縦にふった。


「じゃあ、また明日!」
「あ……」

 気付けば僕らは、店を出ていた。いちごの残り香が、夕陽に照らされたきみの姿を思い起こさせる。こんどこそ元気よく手を振るきみに、僕はなんだか安心してしまった。

「うん」

 そうだ、また明日。一歩前進した、きみと僕との関係は。また明日、進んでいくんだ。

「石川さん」

 だけど……その続きが、言葉にできない。
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