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第1章『幸福を招くこっくりさんもどき』
第1話
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烏合学園には、生徒会とは別の特権を持った委員会がある。
生徒の生活を護る為、ありとあらゆる事件や困り事の解決に身を乗り出す。
誰でも入れるわけではなく、適正があると担当教諭にみなされた者しか名乗ることを許されない。
「憲兵姫がきたわ!」
烏合学園監査部のプレートがかかった部屋に入ろうとすると、そんな声が飛んできた。
勝手につけられたあだ名にうんざりしながら扉を開けると、中ではちゃらけた見た目の後輩がひとり専門書を読んでいる。
「今来てるのは陽向だけか?」
「そうですよ。俺以外のメンバーはまだ忙しく部活やらをやってるはずなんで…。
それにしても、憲兵姫なんてふたつ名があるなんて素敵ですね!」
「ふうん?それならおまえのは私がつけてやろうか?」
「いえ、結構です!」
岡副陽向という男は人付き合いが上手く、こう見えて仕事もできる。
監査部の証であるピンバッジをつけ直し、私の手が届く位置に資料をまとめてくれた。
「校則違反のレポートと、中等部の生徒の集金が消えた事件についての報告書をまとめておきました」
「ありがとう。ひとりじゃ終わらせられそうになかったから助かるよ」
「役に立ててよかったです」
始業5分前のベルが鳴ったが、そんなものは無視だ。
陽向が教室へ向かう背中を見送り、私は手元の資料に目を落とした。
「先輩、遅れますよ!」
「ああ…そうだな」
もうとっくに行ったと思っていた陽向は扉の前から動こうとしない。
仕方なく資料を見るのは後にして、ズボンのポケットにUSBメモリーを仕舞った。
「……になるから、ここの立式は…」
授業が少しずつ進んでいく中、何人かの生徒が話している内容がそれとなく聞こえる。
「その紙、こっくりさんでもやるつもり?やめときなよ」
「違うの。私が呼ぶのは願い事を叶えてくれる、幸福の…」
今夜はバイトが休みだからゆっくりできると思ったのに、残念ながらそういうわけにもいかないらしい。
先生の声が少し遠くに聞こえるのを感じながら、ぼんやり授業を受けて席を立つ。
スマートフォンには陽向からのメッセージが表示されていた。
【時間があれば放課後打ち合わせしましょう】
【時間は空けておくし、今日なら放課後も思いきり活動できると思う。
昼休みも監査室にいるから、急ぎなら声をかけてくれ】
私の予定は真っ白だが、あいつの予定がどうなっているかは分からない。
「折原、ちょっといいか?」
「ああ…はい」
一応今だけはいい子の演技をして誤魔化す。
たしかこの教師は一定の生徒にだけ辛く当たっているという話だ。
気を抜かないように気をつけながら、そのまま後ろをついていった。
「詩乃先輩、何かありました?」
放課後、監査室はまたふたりきりだった。
「ややこしい教師にいちゃもんつけられただけだから心配しなくていい」
「ならいいですけど…」
「この格好が気に入らない教師もいるってことだ」
烏合学園の制服は、規定のものさえ身に着けていれば誰であれスカートでもズボンでもいいとされている。
私は動きやすいからズボンで来ているが、女子ならスカートという思考を捨てられない教員もいるのだ…残念なことに。
「おまえが落ちこむ必要ないよ。ただ、ありがとう。私の為にしょんぼりしてくれる人がいるだけで充分だ」
「いえいえ。いつも先輩に助けられっぱなしですから、こんなときくらい心配したかったんです」
「そうか」
自分で言うのもおかしな話かもしれないが、面倒な大人に当たり屋のように絡まれることはよくある。
それに、もっと嫌な大人に絡まれる経験もしているので慣れてしまった。…早く話題を変えたい。
咳払いをして話を聞き出すことにする。
「それで、なにか問題でもあったのか?」
「最近女子たちの間で流行ってる噂があるんですけど、先輩は知ってますか?」
「どんな名前で呼ばれているかまでは知らないけど、幸福をもたらすこっくりさんみたいな話があるのは聞いてる」
「そうなんですか…」
陽向がこういう話をするときは、大抵その噂に関する良からぬことが起ころうとしているときだ。
「覚悟はできてる。話を聞かせてくれ」
生徒の生活を護る為、ありとあらゆる事件や困り事の解決に身を乗り出す。
誰でも入れるわけではなく、適正があると担当教諭にみなされた者しか名乗ることを許されない。
「憲兵姫がきたわ!」
烏合学園監査部のプレートがかかった部屋に入ろうとすると、そんな声が飛んできた。
勝手につけられたあだ名にうんざりしながら扉を開けると、中ではちゃらけた見た目の後輩がひとり専門書を読んでいる。
「今来てるのは陽向だけか?」
「そうですよ。俺以外のメンバーはまだ忙しく部活やらをやってるはずなんで…。
それにしても、憲兵姫なんてふたつ名があるなんて素敵ですね!」
「ふうん?それならおまえのは私がつけてやろうか?」
「いえ、結構です!」
岡副陽向という男は人付き合いが上手く、こう見えて仕事もできる。
監査部の証であるピンバッジをつけ直し、私の手が届く位置に資料をまとめてくれた。
「校則違反のレポートと、中等部の生徒の集金が消えた事件についての報告書をまとめておきました」
「ありがとう。ひとりじゃ終わらせられそうになかったから助かるよ」
「役に立ててよかったです」
始業5分前のベルが鳴ったが、そんなものは無視だ。
陽向が教室へ向かう背中を見送り、私は手元の資料に目を落とした。
「先輩、遅れますよ!」
「ああ…そうだな」
もうとっくに行ったと思っていた陽向は扉の前から動こうとしない。
仕方なく資料を見るのは後にして、ズボンのポケットにUSBメモリーを仕舞った。
「……になるから、ここの立式は…」
授業が少しずつ進んでいく中、何人かの生徒が話している内容がそれとなく聞こえる。
「その紙、こっくりさんでもやるつもり?やめときなよ」
「違うの。私が呼ぶのは願い事を叶えてくれる、幸福の…」
今夜はバイトが休みだからゆっくりできると思ったのに、残念ながらそういうわけにもいかないらしい。
先生の声が少し遠くに聞こえるのを感じながら、ぼんやり授業を受けて席を立つ。
スマートフォンには陽向からのメッセージが表示されていた。
【時間があれば放課後打ち合わせしましょう】
【時間は空けておくし、今日なら放課後も思いきり活動できると思う。
昼休みも監査室にいるから、急ぎなら声をかけてくれ】
私の予定は真っ白だが、あいつの予定がどうなっているかは分からない。
「折原、ちょっといいか?」
「ああ…はい」
一応今だけはいい子の演技をして誤魔化す。
たしかこの教師は一定の生徒にだけ辛く当たっているという話だ。
気を抜かないように気をつけながら、そのまま後ろをついていった。
「詩乃先輩、何かありました?」
放課後、監査室はまたふたりきりだった。
「ややこしい教師にいちゃもんつけられただけだから心配しなくていい」
「ならいいですけど…」
「この格好が気に入らない教師もいるってことだ」
烏合学園の制服は、規定のものさえ身に着けていれば誰であれスカートでもズボンでもいいとされている。
私は動きやすいからズボンで来ているが、女子ならスカートという思考を捨てられない教員もいるのだ…残念なことに。
「おまえが落ちこむ必要ないよ。ただ、ありがとう。私の為にしょんぼりしてくれる人がいるだけで充分だ」
「いえいえ。いつも先輩に助けられっぱなしですから、こんなときくらい心配したかったんです」
「そうか」
自分で言うのもおかしな話かもしれないが、面倒な大人に当たり屋のように絡まれることはよくある。
それに、もっと嫌な大人に絡まれる経験もしているので慣れてしまった。…早く話題を変えたい。
咳払いをして話を聞き出すことにする。
「それで、なにか問題でもあったのか?」
「最近女子たちの間で流行ってる噂があるんですけど、先輩は知ってますか?」
「どんな名前で呼ばれているかまでは知らないけど、幸福をもたらすこっくりさんみたいな話があるのは聞いてる」
「そうなんですか…」
陽向がこういう話をするときは、大抵その噂に関する良からぬことが起ころうとしているときだ。
「覚悟はできてる。話を聞かせてくれ」
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