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第14章『生死の花嫁』
第102話
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お母さんが持っているものについて、知らないことだらけだった。
あの人は望まなかったのかもしれないが、今の私にはあの蔵に仕舞われたものについて知識がある。
「私は構いませんけど、詩乃先輩が危なくないなら…」
「同じ夢を視る以外の力は使わないよ。別の夢なら出ていくし、嫌ならはっきり言ってくれていい」
「…いえ、心強いです。私だけでは上手く説明できそうにないから…ありがとうございます」
本来であれば悪夢祓いに使うものらしいが、今回は相手と話してみたいというのがあった。
桜良が聞き取れない部分があると話していたのも気になる。
「陽向はどうしてる?」
「先生の手伝いをしているはずなので、ここには来ないかもしれません」
「そうか」
「陽向にはできるだけ知られたくありません」
「私もそう思ってたところだ」
現実で死んでも平気だからと、夢の中でどんな状況に陥ってもどんどん突っ込んでいく気がする。
「今すぐ寝ろとは言わないから、桜良が完全に寝たら私も寝るよ。だから、今夜はここで作業させてもらうけどいいかな?」
「勿論です。詩乃先輩と、もっと話したかったから…嬉しいです」
そんなふうに言ってもらえるのは私も嬉しい。
手土産に持ってきたお菓子を見せると、桜良はきらきらした目でそれを見つめていた。
香炉の使い方そのものは分かっているものの、怖くないといえば嘘になる。
桜良を傷つける結果だけは避けたい。
しばらく頁を捲る音だけが響いていたが、隣から寝息が聞こえはじめる。
「…いくぞ、桜良」
香炉の蓋を開けると、視界がぼやけてはっきりしなくなっていく。
目を閉じる直前、何かが転がりこんできた気がしたが確認できない。
そうして辿り着いたのは、泡がぶくぶく奇妙な音をたてている世界だった。
「この夢か?」
「はい。あ…」
桜良が指さした先には、たしかに白い装束を身に纏った女性がいる。
《お願い、早く私を…》
「横入りして申し訳ないけど、質問してもいいかな?」
《…誰?》
「この子の友人。あなたが困っているなら力になろうと思ってきたんだ。
死花の儀の最後の巫女、だよな?どうしてこの子の夢に出てくるんだ?」
《頼みがあるのです。あの人や私と同じ血筋があれば、きっと──を使いこなせる》
桜良が話していたよく聞こえないものとはこれのことか。
「時雨刻桜刀、だったか」
「なんですか、それ…」
《護身刀と説明されていましたが、実際は違いました。簡単に言ってしまえば、全ての災厄を引きつけるものです》
つまり、投げられた時点で生贄は最後まで戦い続けるかその刀で自らを…それ以外の方法が残されていないということだ。
「その刀ってどこにあるんですか?」
後ろから耳に届いた聞き覚えのある声に思わずふりかえる。
「どうして…」
「ふたりだけ行かせるわけにはいかないし、桜良の問題は俺の問題でもあるから」
ヒーローの如く現れた後輩は、少し怒っているようにも見える。
自分だけ置いていかれたという気持ちを強く持っているのかもしれない。
《随分にぎやかですね》
「ごめん。煩かったかな?」
《いいえ。ただ、私と随分違うようで安心しただけなのです》
「…家族がいたのか?」
《夫になる予定の人と、生まれてまだ二月も経たない男女の双子がおりました》
儀式というものは家族の絆まで引き裂いてしまう。
捧げられると決まったときの旦那さんの気持ちを考えるといたたまれない。
《私を殺してください。でなければ、もう抑えきれないのです》
「抑えきれないって、何が?」
《あなたには、これが視えないのですか?》
彼女を覆わんばかりのどす黒いものは、今にも溢れ出しそうだ。
災厄が溢れ出すと先生は言っていた。
もし、ぎりぎりのところで抑えてくれているのだとしたら急がなければならない。
「どこに行けば時雨刻の桜刀を見つけられる?それに、どこで決着をつければいい?」
《私の、ところ…刀はそこに》
泥に埋まりかけていた刀を引き抜くと、菘は安打した表情を見せた。
《ありがとう。あと3日ほどが限界だから……》
彼女がそう話した直後、夢がひび割れはじめる。
このままここにいるのは危険だ。
「陽向、出られるか?」
「預かりものがあるので余裕です」
そう話す陽向が握っていたのは、見覚えのある糸。
私ももうすぐ香炉の効果が切れるので出られそうだし、この夢は桜良のものだから目が覚めるだろう。
《──》
「え?」
桜良のそんな声が聞こえた直後、辺りが一気に明るくなる。
それほど時間が経たないうちに放送室へと戻ってこられていた。
あの人は望まなかったのかもしれないが、今の私にはあの蔵に仕舞われたものについて知識がある。
「私は構いませんけど、詩乃先輩が危なくないなら…」
「同じ夢を視る以外の力は使わないよ。別の夢なら出ていくし、嫌ならはっきり言ってくれていい」
「…いえ、心強いです。私だけでは上手く説明できそうにないから…ありがとうございます」
本来であれば悪夢祓いに使うものらしいが、今回は相手と話してみたいというのがあった。
桜良が聞き取れない部分があると話していたのも気になる。
「陽向はどうしてる?」
「先生の手伝いをしているはずなので、ここには来ないかもしれません」
「そうか」
「陽向にはできるだけ知られたくありません」
「私もそう思ってたところだ」
現実で死んでも平気だからと、夢の中でどんな状況に陥ってもどんどん突っ込んでいく気がする。
「今すぐ寝ろとは言わないから、桜良が完全に寝たら私も寝るよ。だから、今夜はここで作業させてもらうけどいいかな?」
「勿論です。詩乃先輩と、もっと話したかったから…嬉しいです」
そんなふうに言ってもらえるのは私も嬉しい。
手土産に持ってきたお菓子を見せると、桜良はきらきらした目でそれを見つめていた。
香炉の使い方そのものは分かっているものの、怖くないといえば嘘になる。
桜良を傷つける結果だけは避けたい。
しばらく頁を捲る音だけが響いていたが、隣から寝息が聞こえはじめる。
「…いくぞ、桜良」
香炉の蓋を開けると、視界がぼやけてはっきりしなくなっていく。
目を閉じる直前、何かが転がりこんできた気がしたが確認できない。
そうして辿り着いたのは、泡がぶくぶく奇妙な音をたてている世界だった。
「この夢か?」
「はい。あ…」
桜良が指さした先には、たしかに白い装束を身に纏った女性がいる。
《お願い、早く私を…》
「横入りして申し訳ないけど、質問してもいいかな?」
《…誰?》
「この子の友人。あなたが困っているなら力になろうと思ってきたんだ。
死花の儀の最後の巫女、だよな?どうしてこの子の夢に出てくるんだ?」
《頼みがあるのです。あの人や私と同じ血筋があれば、きっと──を使いこなせる》
桜良が話していたよく聞こえないものとはこれのことか。
「時雨刻桜刀、だったか」
「なんですか、それ…」
《護身刀と説明されていましたが、実際は違いました。簡単に言ってしまえば、全ての災厄を引きつけるものです》
つまり、投げられた時点で生贄は最後まで戦い続けるかその刀で自らを…それ以外の方法が残されていないということだ。
「その刀ってどこにあるんですか?」
後ろから耳に届いた聞き覚えのある声に思わずふりかえる。
「どうして…」
「ふたりだけ行かせるわけにはいかないし、桜良の問題は俺の問題でもあるから」
ヒーローの如く現れた後輩は、少し怒っているようにも見える。
自分だけ置いていかれたという気持ちを強く持っているのかもしれない。
《随分にぎやかですね》
「ごめん。煩かったかな?」
《いいえ。ただ、私と随分違うようで安心しただけなのです》
「…家族がいたのか?」
《夫になる予定の人と、生まれてまだ二月も経たない男女の双子がおりました》
儀式というものは家族の絆まで引き裂いてしまう。
捧げられると決まったときの旦那さんの気持ちを考えるといたたまれない。
《私を殺してください。でなければ、もう抑えきれないのです》
「抑えきれないって、何が?」
《あなたには、これが視えないのですか?》
彼女を覆わんばかりのどす黒いものは、今にも溢れ出しそうだ。
災厄が溢れ出すと先生は言っていた。
もし、ぎりぎりのところで抑えてくれているのだとしたら急がなければならない。
「どこに行けば時雨刻の桜刀を見つけられる?それに、どこで決着をつければいい?」
《私の、ところ…刀はそこに》
泥に埋まりかけていた刀を引き抜くと、菘は安打した表情を見せた。
《ありがとう。あと3日ほどが限界だから……》
彼女がそう話した直後、夢がひび割れはじめる。
このままここにいるのは危険だ。
「陽向、出られるか?」
「預かりものがあるので余裕です」
そう話す陽向が握っていたのは、見覚えのある糸。
私ももうすぐ香炉の効果が切れるので出られそうだし、この夢は桜良のものだから目が覚めるだろう。
《──》
「え?」
桜良のそんな声が聞こえた直後、辺りが一気に明るくなる。
それほど時間が経たないうちに放送室へと戻ってこられていた。
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