夜紅の憲兵姫

黒蝶

文字の大きさ
151 / 302
第17章『鮮血のバレンタイン』

第122話

しおりを挟む
起きない結月を見つめていると、先生が息を切らして入ってきた。
「状況は?」
「傷口を洗ってガーゼで覆ってるけど、結構深い傷だった。けど、毒には詳しくないから…。ごめん、私にできるのはここまでだ」
結月はずっと魘されていて、傷口から菌が入ったにしては異状だった。
「充分だ。傷口はどんな感じだった?」
「細いもので一文字に切りつけられてた。猫相手にやったなら、桐か彫刻刀の可能性が高いと思う」
「カッターナイフじゃないの?」
「カッターならもう少し浅いと思うんだ。だったら、彫るためにあるものなんじゃないかって仮定した」
切り傷なんて何度も見てきているが、他の人が負ったそれは何度見ても慣れない。
正直今も心が砕けそうだ。
「無理しなくていい」
「え?」
瞬の顔がだんだん真っ青になっていく。
グロテスクなのがあまり得意じゃないのかもしれない。
「後で結果を聞きに来るよ」
「すまないが頼む」
「…瞬、歩けるか?」
無言で頷く瞬の手を握り、そのまま真っ直ぐ空き教室へ向かう。
何事もなく辿りつければよかったのだが、そういうわけにはいかないらしい。
「ごめん瞬。少しここでかがんでてくれ」
体調が悪いときにあんなものを視れば、確実に悪化してしまうだろう。
明らかに人間ではないものがこちらに迫ってきている。
《ゲヘ、ゲヘ…》
何かを探すように辺りを見回す姿は、その一言にふさわしいものだった。
「…血だらけ」
ゲヘゲヘと言いながら、そのままはじめから何もいなかったように姿を消す。
相手まで私の声は届いていなかったことに安堵しつつ、なんとか見つからずにやり過ごせたようだ。
チャイムが鳴ると同時にラジオに向かって声をかけた。
「桜良、もし聞こえているなら返事をしてほしい」
『詩乃先輩?』
「話したいことがあるからそのまま聞いててくれ。…瞬、歩けるか?」
「う、うん」
顔色が悪いまま、よたよたと立ちあがる瞬に手を伸ばす。
いつもより弱々しく握られたのを握り返し、目的地に辿り着いた。
「詩乃ちゃん」
「どうした?」
「もし、詩乃ちゃんがいいなら…ここで少し、休んでいかない?」
その扉の先にあるのは瞬の部屋だ。
ひとりにしておくのも心配で、ふたつ返事でお邪魔させてもらうことにする。
「大丈夫。余程のことがない限り私はここにいるから」
「うん。ありがとう…」
ベッドに横になった瞬はゆっくり瞼をおろす。
寝息を立てはじめた頃、もう1度ラジオに向かって小声で話しかけた。
「結月がやられた。相手は血だらけのでかぶつ、攻撃系統やどういう相手なのかまでは分かってない」
『怪我をしたんですか?』
「うん。屋上にいたら逃げてきた」
桜良はかなり心配している様子だったが、やがてぱらぱらと頁を捲る音が聞こえはじめる。
『最近広まっている噂でそういうものはありません。ただ、もし力をつけたことによって見た目まで変わっているならなんとも言えません』
「そうか。情報収集を頼んでいいかな?」
『分かりました』
「ありがとう。何かあったらすぐ連絡してくれ」
ラジオから声が聞こえなくなったところで、耳につけていたインカムから声が流れてくる。
『流山はどうだ?』
「今は寝てる。ひとりになるのが怖いみたいだから一緒にいるけど、結月は大丈夫そうか?」
『幸い毒にやられた形跡はない。高熱が出ているのは傷を負ったことそのものが原因だろう』
「そっか。早く元気になるといいんだけど…」
少し沈黙が流れた後、先生がゆっくり話しはじめた。
『昔からグロテスクなものが苦手だった。生物の授業ばかりサボるからどうしてかと思っていたら、解剖図が出てくるからだって…。
感受性が強いんだろうな。それから、傷ついている人を見るのが苦手らしい』
「瞬らしいな」
優しいから苦手なんだろう。
色々考えていると、瞬が小さく先生を呼んだ。
「先生、場所交代しないか?多分今の瞬が1番側にいてほしいのは先生だろうから」
『そういうものか?』
「そういうものだよ」
先生にこっちに来てもらってから、監査室へ向けて杖の動きを早める。
あの大きなものの正体や結月が狙われた理由を考えていて、ふと恋愛電話の様子が気になった。
…陽向が来たら調べに行ってみることにしよう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...