5 / 163
いつものこと
しおりを挟む
「咲希が、そう言っているのか?」
「はい。誰かを自分と同じ目に遭わせたくないのであなたの力が必要だと」
『政宗、お願い…!」
彼女は恋人と手を繋ぎたいだけなのに、それすら叶わないらしい。
「今、手に変な感触が…」
「それは、あなたの恋人さんがあなたの手に手を重ねているからです。…俺には何もできないけど、どうかお願いします。
彼女のお願いを聞けるのはあなただけです」
俺にできるのはこうして間に入ることだけで、あとは本人たち次第だ。
「…分かったよ。本当に咲希がいるなら、それで鍵が開くはずだし…」
『政宗、元気になって。どれだけ離れても、私はずっとあなたを愛してるから」
「…元気になってほしい。どれだけ離れても愛している、だそうです」
「咲希…」
涙を流す彼を見つめていると、彼女は上の方を見上げ手を伸ばす。
『あの…あれってなんですか?」
「多分それは、あなたにしか見えない道です。後ろを振り返らず、真っ直ぐ登ってください」
『成仏、みたいな…。色々お世話になりました」
彼女はゆっくり空へ向かって足を進めていく。
今回はこれで決着のようだ。
「これは…」
「あなたに持っていてほしいそうです」
彼に触れられなくても俺は違う。
「事件、解決するといいですね」
「ありがとう。ちょっと頑張ってみるよ」
その瞬間、夜風がこちらを直撃する。
「今日はありが──」
相手の顔が引きつっているのを見て、話を止めた。
そして彼はやはり言うのだ。
「ば、化け物…」
小走りで去っていく背中を見つめながら、ただため息を吐く。
『八尋…』
「ああ、いたのか瑠璃。君の依頼はこれで完遂ってことでいいかな?」
『泣いているように見えます』
「大丈夫だよ。気味悪がられるのはいつものことだから」
そう、本当にいつものことなのだ。
敢えて伸ばしている前髪が乱れ、隠していた左眼がばっちり見えてしまっている。
いつだってそうだった。
視える世界は誰とも重ならず、お礼を言っていたはずの相手も気味悪がる。
『はじめから翡翠と名乗っているのに、人間は不思議ですね』
「それはただの名字が名前だって思われてると思うよ。俺の場合、名乗る名字がないから勝手に名乗ってるだけだし…」
彼女の想いは伝わっただろうし、これから彼はきっと元気になっていく。
瑠璃からの頼まれごともすませられた。
…俺はそれ以上のことなんて望まない。
『今夜も温かい飲み物を飲むつもりですか?』
「駄目かな?」
『店の外で待つのは退屈です』
「待たなくていいよ。君には帰る場所があるだろう?」
今日もいつものカフェでいつものメニューを注文して、星を見ながら1日が終わる。
左眼のことは、なんとか隠し通すしかない。
「はい。誰かを自分と同じ目に遭わせたくないのであなたの力が必要だと」
『政宗、お願い…!」
彼女は恋人と手を繋ぎたいだけなのに、それすら叶わないらしい。
「今、手に変な感触が…」
「それは、あなたの恋人さんがあなたの手に手を重ねているからです。…俺には何もできないけど、どうかお願いします。
彼女のお願いを聞けるのはあなただけです」
俺にできるのはこうして間に入ることだけで、あとは本人たち次第だ。
「…分かったよ。本当に咲希がいるなら、それで鍵が開くはずだし…」
『政宗、元気になって。どれだけ離れても、私はずっとあなたを愛してるから」
「…元気になってほしい。どれだけ離れても愛している、だそうです」
「咲希…」
涙を流す彼を見つめていると、彼女は上の方を見上げ手を伸ばす。
『あの…あれってなんですか?」
「多分それは、あなたにしか見えない道です。後ろを振り返らず、真っ直ぐ登ってください」
『成仏、みたいな…。色々お世話になりました」
彼女はゆっくり空へ向かって足を進めていく。
今回はこれで決着のようだ。
「これは…」
「あなたに持っていてほしいそうです」
彼に触れられなくても俺は違う。
「事件、解決するといいですね」
「ありがとう。ちょっと頑張ってみるよ」
その瞬間、夜風がこちらを直撃する。
「今日はありが──」
相手の顔が引きつっているのを見て、話を止めた。
そして彼はやはり言うのだ。
「ば、化け物…」
小走りで去っていく背中を見つめながら、ただため息を吐く。
『八尋…』
「ああ、いたのか瑠璃。君の依頼はこれで完遂ってことでいいかな?」
『泣いているように見えます』
「大丈夫だよ。気味悪がられるのはいつものことだから」
そう、本当にいつものことなのだ。
敢えて伸ばしている前髪が乱れ、隠していた左眼がばっちり見えてしまっている。
いつだってそうだった。
視える世界は誰とも重ならず、お礼を言っていたはずの相手も気味悪がる。
『はじめから翡翠と名乗っているのに、人間は不思議ですね』
「それはただの名字が名前だって思われてると思うよ。俺の場合、名乗る名字がないから勝手に名乗ってるだけだし…」
彼女の想いは伝わっただろうし、これから彼はきっと元気になっていく。
瑠璃からの頼まれごともすませられた。
…俺はそれ以上のことなんて望まない。
『今夜も温かい飲み物を飲むつもりですか?』
「駄目かな?」
『店の外で待つのは退屈です』
「待たなくていいよ。君には帰る場所があるだろう?」
今日もいつものカフェでいつものメニューを注文して、星を見ながら1日が終わる。
左眼のことは、なんとか隠し通すしかない。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない
ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。
けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。
そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。
密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。
想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。
「そなたは後宮一の美姫だな」
後宮に入ると、皇帝にそう言われた。
皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる