カルム

黒蝶

文字の大きさ
17 / 163

ただの亡霊

しおりを挟む
『…私は、神様になりたかったわけでもこんな姿になりたくてなっているわけでもない。
ただよくある死に方をしただけなのに…気づいたらこうなっていた』
「よくある死に方だって言ったけど…本当は、自分が死んだとき寂しかったんじゃない?」
出会ってきた存在の中で時々いた。
…そのあたりに流れていた噂と死んだときの状況が合致し、波長が合ってそのまま噂化してしまうことが。
「…君は、元々のカミキリさんの噂がどんな噂だったか知ってる?」
『いいえ。友だちがいたわけでもないし、噂になんて興味がなかったから…。というより、話す相手がいなかったから知らないのかもしれない』
「…あるところに、孤独を抱えた少女がいた。彼女は自分というものに執着がなくて、人の為になりたいと考える心優しい人だったらしい。
綺麗な黒髪の持ち主で、それが自慢だった。だけどある日、その髪を無残に切り落とされた。…悲しんだ彼女は部屋に籠もって、そのまま病気で死んでしまった。
それからというもの、悪いことをした人間に罰を与える為に鋏を振り続けている」
『それが、カミキリさんの噂…』
「今の君は怪異と呼ばれるものになっているんだと思う。前にも見たことがあるんだ。
君はたまたま噂と同じように寂しい思いを抱えて死んだ。だから噂そのものになっちゃったんじゃないかな?」
『噂そのもの…』
しばらく沈黙が流れた後、思い切って訊いてみた。
「…これからどうしたい?」
『私は、人を傷つけたいわけじゃない。だけど、不思議とこのままでいれば寂しくないの。
ただ、誰彼構わず動くのを止められない。どうすれば人を傷つけずにいられるのか分からない…』
やはり彼女は優しい人だ。
こんなのは絶対に嫌だとか、どうして自分がそうなったのかと口にしそうなものなのに、今もまだ自分より人を傷つけないことを考えている。
「それには、流れている噂を変える必要がある。今大多数の人たちが話しているのは、【神様さえも切れる鋏で髪を切られるか食べられてしまう】というものなんだ。
それを少しずつ変えていければ、きっとさっきみたいに鋏たちが人を傷つける為に動くことはなくなると思う」
『…どうすればいいの?』
「できるだけ早く噂を広めるには、掲示板とかネットを使うのが1番な気もするけど…」
『そんなことよりいい方法があります』
『…鳥が喋った』
「その子は俺の友人なんだ。…それで、いい方法って?」
瑠璃は楽しそうに話してくれた。
『それは…内緒です』
「内緒?」
『とにかく、私がやっておきましょう。それより、あなたは本当に怪異になる覚悟があるのですか?
妖ものとも話せますし、彼のように視える人間とも交流はできますが、色々と制約があります』
「それは、噂が広まるまでの間に考えてみてもらおう。
…また来るから、よく考えておいて」
『ありがとう』
廃墟を出ると、腕がずきずき痛む。
『よどんでいたのが嘘のようです』
「彼女の考え方が変わったからかな」
『…相変わらず、あなたは自分の力に気づいていないのですね』
瑠璃が何か話していたような気がしたものの、聞き返すことができなかった。
ただ、このままいけば彼女は怪異になる。
覚悟がないなら人間として成仏する道も残されているが、果たしてどちらを選ぶだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。 けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。 そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。 密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。 想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。 「そなたは後宮一の美姫だな」 後宮に入ると、皇帝にそう言われた。 皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...