カルム

黒蝶

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隠し続ける左眼

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「お疲れ様でした」
「あの、八尋君。もしよかったら、夜食をつまむだけでも…どう、かな?」
どうして中津先輩は、俺なんかのことをこんなに誘ってくれるんだろう。
だが、俺にはまだ一緒に行く自信がない。
「…すみません。今日も少し用事があるんです」
「分かった、困ってることがあったら言ってね」
先輩はいつも笑っているものの、本当はうんざりしているか呆れているかもしれない。
…そう思うのに、彼からはそんな感情が微塵も感じられなかった。
『また断ってきたんですか?』
「俺が一緒にいると、先輩の迷惑になるから。…それに、山岸先輩は中津先輩とふたりの方が話しやすそうにしてる。そこに俺がいたら邪魔になるだろ?」
『たまには一緒に夜食くらい食べてみればいいのに。そうすれば、彼らとは仲良くなれるかもしれませんよ』
「…いいんだ。俺には瑠璃がいるしね」
本当は捨てられてしまうことが怖いだけだ。
どうせ誰もいなくなってしまうなら、このまま独り気ままにいられた方がいい。
できるだけ深い関わりを持ちたくないという思いが勝り、今夜もぼんやり星を眺める。
『…八尋は、』
「うん?」
『左眼のことがあるから、人と関わらないんですか?』
「それだけじゃないよ。ただ、人間関係って難しいんだ。…俺みたいに視えることを隠し通せない場合は特に」
普通の人たちでさえただ生きるのが難しい。
そのうえで翡翠色の左眼を隠しながら、尚且つ視える世界を無視するなんて想像しただけで吐き気がする。
「あんまり昔の話、したことなかったね。…俺はただ、自分の世界を護るだけで手一杯なだけだよ。
それに、こうして自分から閉じこもっていれば傷つかずにすむだろう?」
誰のせいでもない。これは俺だけの問題で、簡単に話せるようなものでもなかった。
「…ただ、時々隠し通せなくなったらどうしようって考えるよ」
『そのときはついていきます。…私は一緒にいた人を切り捨てられるほど薄情ではありませんので』
「ありがとう。だけど、相手もきっと本当は優しかったんだ」
俺には、恐らく自分にしか視えていないであろう世界がある。
だが、その世界のおかげで今日もこうして生きていけるのだ。
『そういえば、最近またおかしな噂が流行っているようです』
「今日はずっと奥で在庫本の整理をしていたから、お客さんの話を聞いてないんだ。…どんな噂?」
『早朝4時、芒野トンネル周辺ですすり泣く声が聞こえる…というものです』
「調べに行った方がよさそうだね。手伝ってくれる?」
『勿論行きます。あなたひとりでは心配ですから』
「ありがとう。…あ」
これからの予定が決まったところで、空から一筋の涙が降ってくる。
「まさかこの時期に流れ星が見られるなんて思ってなかったな…」
その光を見られただけで、なんだか心が落ち着いた。
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