カルム

黒蝶

文字の大きさ
上 下
74 / 163

ひきこさんの選択

しおりを挟む
『あ、あの、私…」
「落ち着いたならよかった。突然ですが、あなたは自分で選ぶことができます。
このままひきこさんという怪異になるか、死霊に戻るか…」
『体が全然違うのに、そんなことができるの?」
「できます。結局お守り頼りにはなるんですけど…やったことはあるんです」
もし彼女が望まない形で怪異になりかけているなら、なんとか成仏してほしい。
だが、もしそうでないならその選択にどうこう口出しできる立場でもないだろう。
『また人を襲ってしまうかもしれないし、私は逢魔と一緒にいられればそれでいい。…我儘かもしれないけど、助けてくれる?」
「なんとかやってみます」
あまりに真っ直ぐな視線を向けられるものだから、成仏してほしいとも言えなくなってしまった。
きっとそれだけ彼との時間を大切にしているのだろう。
『俺では護ってやれないかもしれない』
『ふたりならきっと大丈夫だよ。私も、色々頑張る。だから…側にいてもいい?」
『…本当に困った娘だ』
お守りをかざしながら、彼女に向かって伸びていたテグスのような糸を切った。
お守りの力で焼き切ろうと思っていたが、今回はカミキリさんからもらった手で持てるサイズの絶ち鋏を使ってみる。
「…よかった、案外簡単に斬れました」
『ありがとう。なんだか体が軽いし、それに…さっきみたいな衝動に駆られないの」
「それはよかったです。では、俺達はこれで失礼します。
ただ、このあたりを不審者がうろついているようなので気をつけてくださいね」
『本当にありがとう」
『…待て小僧』
いきなり呼び止められ、戸惑いながらも彼に視線を向ける。
『本当に助かった。…俺からも礼を言わせてくれ』
「俺は特に何もしてないよ」
立ち去ろうとしたが、念の為彼女に確認をとっておきたくなった。
「あの、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
『え、私?」
「…あなたは白いフードの男に会いましたか?」
『突然だね」
「白いフードに赤眼鏡、そして…黒い本を持った男です」
『ああ、その人なら傘を褒めてくれたの。この傘、綺麗でしょ?」
「たしかに素敵だと思います。でも、もしまたその男を見かけることがあっても絶対に近づかないでください。
…でないと、あなたはきっとまた噂に変えられてしまうことになるかもしれない」
『あの人にそんな力があったなんて…」
「すみません。勘としか言えないんですけど、あいつとは関わらない方がいいです」
ましてや彼女はただの死霊になったのだ、防衛手段がない彼女を消しに来てもおかしくない。
彼は最後まで名乗ってくれなかったが、何か困りごとがあれば力になると言ってくれた。
『八尋、やはり何か知っているのですね』
「嫌な確信に変わりつつあるけど、多分大丈夫だよ」
左眼に手を当て、顔をあげる。
…俺は俺の日常を、今度こそ手放したりしない。
これからもただ護りたい一心で動き続ける。
森を出た頃には月が出ていて、なんだかその光を眩しく感じた。
しおりを挟む

処理中です...