カルム

黒蝶

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阻止

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このままではもうひとりが祓われてしまう。
本来であればこのまま隠れておくのが正解だと分かっている。
…分かってはいたけど、どうしてもそんなことはしたくなかった。
「…当たってくれ」
足元に落ちていた石を思いきり投げる。
それは間違いなく男の足に当たり、どこから飛んできたのか探しはじめたらしかった。
その間にせいいっぱい走りこみ、そのままもうひとりを抱えて走る。
『大胆なことをしましたね、あなたも』
「ああ。だけどこれからどうしよう」
『まさかのノープランですか』
「…ここまでの状態になっているのを戻す方法なんて、全く見当がついてない」
あの男が追いついてもおかしくないのに、何故か逃げ切れたらしい。
「ここまでくれば大丈夫か…」
『お疲れですね』
「ここまで全力疾走したこと、なかったから」
肩で息をすることしかできない俺を気遣うように、瑠璃はただ寄り添ってくれた。
だが、休んでいられる余裕はない、
『うう、許さない、赦さない…』
「君は人間に裏切られて、辛かったんだね」
『許さない、よくも、よくも奪ったな』
「君に手伝ってほしいんだ。君の噂は俺が変える。だから、小鞠と話をしてみてくれないかな…手鞠」
手が熱いのは瘴気が濃いせいだろう。
人に幸福をもたらす力が転じたというなら、それ以上に呪う力は強いはずだ。
だが、これ以上本人が望まないであろう力の使い方をしてほしくない。
『八尋、もう少し耐えられますか?』
「できるよ。というかやるしかない」
今はネット社会というもので、例の掲示板の内容を書き換えることでどうにかなってくれるのはありがたい。
「君は持ち主を幸せにしたかったんだろう?自分を創った妖に、幸福を招きたかったはずだ。
あんなに楽しそうに笑っていたのに、いつからこんなことになったんだ」
彼女だって、呪いたくて呪っているわけじゃない。
本心から呪ってやろうと思っているなら、今みたいに涙を流すことはないだろうから。
「もうやめていいんだ。君の好きに生きていいんだよ、手鞠」
『あ…私、は、』
「君はどうしたい?」
『私は、あの人から受け継いだ想いを形にしたい!』
手鞠の体の周りからは黒い煙が消えていて、ようやく力を抑えられたことを理解した。
「…大丈夫か?」
『あなたは誰?』
「俺は八尋。君が手鞠だね」
『どうして私の名前を知っているの?』
「視えたから、としか説明できないな…。小鞠は記憶が飛んでいるし、君の存在はつい最近知ったんだ」
『小鞠…ということは、あなたがあの家の持ち主なのね』
「ああ。小鞠は今ここにいるよ」
鞄を開けると、ぴょこんと頭が出てきた。
小鞠はどんな反応をするだろう。
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