夜紅譚

黒蝶

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第4章『操り糸』

番外篇『小さな足音』

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「ここがシークレットガーデンなのか?」
《そうだよ》
シロとクロに案内され、沢山の花が育てられている庭を見てまわる。
枯れている花を見て、残念そうに肩を落とすクロの肩に手を置く。
「大丈夫だ。ふたりが愛情をこめて育てた花なんだろ?この程度なら、多分肥料と水の加減でなんとかなる」
《よかった…》
やはりシロの方が若干幼く感じる。
しばらくふたりの話を聞いて、ひと段落したところで鞄から紙袋を取り出す。
ふたりが着てくれるかは分からないが、持ってきたものを渡してみた。
「よかったら着てみてくれ」
若干ロリータ系の洋服ではあるが、ふたりに似合う気がしたのだ。
ただ、花の世話をするには邪魔かもしれない。
《ありがとう》
《可愛い!早速着てみようかな》
シロが奥へ行ったのを確認して、クロが話しはじめた。
《あなたは、私たちがどうしてここにいるか知っているんですか?》
「知ってるよ。新聞記事で読んだ程度だけど」
昔、真白と真黒という双子が家に侵入した強盗に刺殺される事件が発生した。
ふたりは植物や生き物の世話が好きで、この日もメダカと花の世話をしているところを襲われたらしい。
母子家庭のため母親は勤務中で大人は誰もいなかった。
…そんな内容の記事を見つけたから会いに来たのだ。
《だから、私の洋服は長袖なんですか?》
「七分丈だと何かと便利だと思ったんだ。この前の一件で服を駄目にしたお詫び」
《…ありがとう。私にも、お姉さんみたいなお姉さんがいてくれれば安心だった》
クロはそう呟いた後、傷痕を隠すようにしながら新品の服に袖を通す。
《軽くて動きやすい。それに、戦うときも大丈夫そう》
「戦うときってどういうことだ?」
《シロは色々な植物たちを元気にできる。だけど、私ができるのはこっち》
手のひらから蔦が現れ、だんだん刺々しい形に変化していく。
《…ここにいるようになってから、急にできるようになった》
「そうか。取り敢えずそれを仕舞ってくれ。傷を消毒しておかないと大変なことになるから」
手のひらは血だらけで、はじめは直視できなかった。
だが、怪我人をそのまま放っておくことはできない。
《着替えた!どう?似合う?》
「ああ。可愛いよ」
きゃっきゃと騒ぐシロと、手当てを終わらせてほっとしているクロ。
もう少しふたりから話を聞きたかったが、もう時間がない。
「ごめん。そろそろ行かないといけないんだ。今日は招待してくれてありがとう」
《また会える…?》
「勿論。それじゃあ」
出口から廊下へ出ると、後ろから小さな足音が追いかけてきた。
「どうした?」
《…これあげる。お守りにはなるし、私たちの花園には薬草もあるから…。
それから、噂に振り回されている人がいたら呼んで。今度は私も護る側になりたい》
クロはそれだけ言って、来た道を猛スピードで戻ってしまった。
鈴蘭のバッジをシャツの襟につけ、そのまま旧校舎へ足を向ける。
あんなにいい子を強引に別の噂に巻きこむなんて、一体どんな手を使ったんだろう。
夕陽が沈むのをぼんやり見つめながら、あの男が再来していないことを切に願った。
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