夜紅譚

黒蝶

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第5章『星逢いの空』

第35話

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「校内にいるなら対面で出席すればいいのに」
「今日はそういう気分じゃなかったんだ」
私が通っている新設学部は、リモートでの出席が許可されている。
対面で出席すると、様々な活動の勧誘やよく分からない相手に話しかけられるのが苦痛でたまらない。
なので、基本的に先生の授業以外はリモートで受けている。
「課題やレポートは提出してるから文句は言われないはずだ」
「本当にぎりぎりを狙ってくるな…」
留年しない程度に参加しながら、将来やりたいことを模索している最中だ。
心のなかでもう答えは決まりつつあるが、誰に話せばいいか分からない。
「…それで、昨日は何をしていた?」
「何の話だ」
「柩の泉にいたのを見た」
柩の泉というのは、魚姫のテリトリーになっている場所のことだ。
呼び出していたことを話すべきか迷ったが、なんとかその場をやり過ごす。
「ただいただけだよ。ちょっと疲れて休憩してた」
「休憩ねえ…」
怪しまれているのは確かだったが、放送で先生を呼ぶ声がする。
「先生ってやっぱり大変なんだな」
「職員室に呼び出されたら仕方ない。…副校長には世話になりっぱなしだから余計にな」
先生の後ろ姿を見送り、そのまま次の講義もリモートで受けた。
やはり、教室という場所で目立ってしまうのが苦痛なのだ。
監査部長だったことや、高入から特進クラスに入って悪目立ちしてしまったのもあり、エスカレーター式の生徒たちからはよく思われていない。
「…もう少し時間を潰そうかな」
旧校舎の屋上でレポートを終わらせ、データを提出して柩の泉の前へ向かう。
まだ現れないと思っていたが、自分が考えていたより時間が経っていたらしい。
《…なんじゃ、またおまえか》
「ごめん、魚姫。緊急なんだ。少しでいいから鱗を分けてほしい」
魚姫の人間不信は結月以上といっていい。
人間から不老不死の薬になると命を狙われた彼女からすれば、私も敵に見えるだろう。
《何に使うつもりだ?》
「天女の羽衣を直したい」
《天女じゃと?名は聞いたのか?》
「一応。けど、あんまり知られたらまずいんだろ?星合の空までに直さないと間に合わなくなるんだ」
魚姫の表情が曇ったのを見て、なんとなく悟った。
《…スープ》
「え?」
《我にスープをもってこい。それが条件じゃ》
「分かった。今すぐ作ってくる」
無理難題を言われるかと思ったが、その程度ならすぐできる。
「桜良、悪いが設備を借りてもいいか?」
「それは構いませんが…」
桜良はさざめたちとお茶会しながら、少し戸惑ったように告げる。
それもそうだ。だが、今はここでやるしかない。
「ごめん。すぐ終わらせるから」
羽衣の修繕時間も含めて明日の夜までに終わらせなければならない。
かなりのハードスケジュールを覚悟しながらコンソメスープを作った。
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