夜紅譚

黒蝶

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第5章『星逢いの空』

第36話

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「残りはみんなで飲んでくれ。体が温まるだろうから」
《あ、あの…》
「心配しなくても大丈夫だ。もうすぐ手に入るから」
さざめにそれだけ話し、スープ皿を持っていく。
「簡単なものしかできなかったけど、これでいいのか?」
《体が冷えるのでな》
魚姫は少しずつ飲み、その間に鱗を分けてくれた。
《お主は悪用せぬだろう。それに、決まり事は守るのがわらわの礼儀…受け取れ》
「ありがとう」
これで破れた部分を縫合すれば間に合う…そんなことを考えていると、スープをゆっくり飲み続けている魚姫に尋ねられた。
《…なんじゃ、その気配は。何の影響を受けた?》
「自分で決めたことだからいいんだ」
《周りは知っておるのか?》
「ひとりにはばれたけど、あとのみんなには隠し通せてるよ。
できればこのまま隠し通そうと思ってるけど、まずいと思うか?」
魚姫は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻り話しはじめた。
《お主が選んだことなら文句を言う権利はない。じゃが、いつか離れるときに辛くならないのか?》
「私は平気だ。他のみんながどう思うかは分からないけど、そのまま一緒にいられる人もいるから」
少なくとも、瞬や先生とは一緒にいられる。
結月もそうだし、今まで出会ってきた何人かとは話したり色々できるだろう。
《…お主がいないと寂しがる者もいるだろうに》
「買いかぶりすぎだ」
その場を離れようとすると、服の袖を引っ張られる。
《もう行くのか?》
「…行かない方がいいのか?」
《それは、まあ…お主次第じゃな》
ぴちぴちと水を鳴らす音がして、まだ話をしたいと思っているのが分かる。
「もう少し話をしよう。しばらく会えてなかったから、どんなふうに過ごしていたのか気になる」
《本当か!?では、お主の近況から聞かせてくれ》
「そうだな…なら、まずは妹の話から」
とある一件を解決した後、ほとんど話してなかったからか話が弾んだ。
魚姫から妖たちの状況を聞いていると、眠そうに船を漕いだ。
「眠くなったなら戻っていいんだぞ」
《…では、たまに話にきてくれるか?》
「勿論。またお菓子を持ってくるよ」
池に戻っていく魚姫を見送り、複数もらった鱗を握りしめる。
「ごめん、遅くなった…」
放送室で桜良たちが寝ているすきに、さざめが脱いでいた羽衣を持って屋上へ向かう。
ただのソーイングセットで大丈夫なのか心配だが、少しずつ霊力を織りこみながら丁寧に直していく。
少し睡眠をとった方がいいと分かっていながら、それでも手を止めずに縫いすすめる。
そのまま2時間ほど縫い、ようやく完成した。
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