夜紅譚

黒蝶

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第6章『階段の怪談』

第46話

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「──燃えろ」
周囲に火花を散らし、素早さを封じる。
どんなに動き回っても炎からは逃れられない。
《ネガイヲ、ネガイヲオオ!》
人間ではありえないほど口を大きく開け、こちらに向かってぱくぱくさせている。
『先輩、大丈夫ですか?』
「絶対動くな。いいな?」
おそらく、ルールに沿わなかった場合に襲いかかられるのだろう。
そのうえ、願い事に関する人間も喰われてしまう。
ここまでくるともう何が安全で何が危険か分からない。
《ネガイ、ネガイ》
ダメ元でやってみるしかない。
「…おまえが正気を取り戻して、一体何者なのか知れますように」
この願いを喰らうのか、喰らうとどうなるのか知りたい。
流石に死ぬことはないだろうが、どうしても正気に戻したかった。
「おまえの願いは何なんだ?」
《…ワタシノネガイ?》
「そうだ。自分の願い、何もないのか?」
《……金平糖》
若干目に光が宿ったのを見て、周囲の炎を消して近づく。
「持ってる。食べるか?」
瞬がよく先生に頼んでいるのを見ていたので、持ち歩いていたのだ。
小さな星のようでみていると楽しいと話していた。
それに、私も甘いものを少しつまみたくなったときにすぐ食べられるので持っておいて損はない。
《いただきます》
がつがつ食べる少女はただ飢えていた子どものようだ。
ばりばり音をたてながらひと瓶空にした少女は、まだ物足りなさそうな顔をしている。
「これも食べていいよ」
マドレーヌを渡すと、あっという間に完食してしまった。
「…少しは落ち着いたか?」
《ちょっとだけお腹いっぱいになった》
「そうか」
《ずっとお腹ぺこぺこだった。食べ物が欲しかったけど、外に出られなかったから助けを呼べなかった。
ご飯が食べられない世界なんてなければいいって思っていたら、こうなってたの。なんでかな…》
ほっそりした少女はどうやら餓死したようだ。
先程までとは違い、すっかり毒気が抜けているようだった。
《他の人よりお腹がすくのに、太らないのは悪魔が取り憑いているからだって…悪魔が離れるまで出ちゃだめって言われてた。
小さな部屋に閉じこめられて、ドアを押しても引いてもびくともしなかったの》
「大変だったんだな」
《でも、お姉さんのおかげで今は大丈夫だよ》
「どうして自分を抑えられなくなったか覚えているか?」
少し考えるような仕草を見せた後、少女は口を開いた。
──はずだった。
《い、あ……》
「どうした?」
《願イ、なンデ私ダケ…》
『先輩、状況を──』
《ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ》
「…!やめろ!」
少女の首筋が禍々しい光を放つ。
その瞬間、再び口が大きく裂けた。
《ネガイ、イタダキマス》
周囲の壁が破壊され、かなりすっきりした状態になってしまった。
かろうじで直撃は避けたが、破片が頬を掠めたようだ。
…自分がやるべきことはもう分かっている。
紅を塗り直し、再び札を構えた。
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