夜紅譚

黒蝶

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第6章『階段の怪談』

第47話

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《ワタシハタダ、オイシクタベタカツタダケナノニ!》
相変わらず邪気祓いの炎の効きが悪い。
「…ごめん。少し火力を上げる」
《タベタイ、タベタイ…》
もう声が届いていないのか、唯食べたいと繰り返すばかりの少女。
火炎刃を構え、そのまま首に向かって投げつけた。
《ギャアアア!》
『せんぱ、』
「絶対来るな。もうすぐ片がつくから」
相手の表情を確認すると、穏やかなものに戻っている。
他に持っている食べ物なんて飴玉くらいしかないが、何もないよりいいはずだ。
「…ごめん。あとはこれしかないんだ」
《あ、め…美味しいよね、飴》
少女は口に入れると同時に、はっとした表情でこちらを見つめる。
《そっか、私…ずっと飴が食べたかったんだ》
瞬間、体が消えはじめた。
今回は土壇場で成仏に持ちこめたようだ。
「ごめん。痛かっただろ」
《ううん。私が私でいられてよかった。そういえば、あの人がくれた飴も美味しかったな…》
「あの人ってどんな人なんだ?」
《あんまり覚えてないの。だけど、あの飴…なんだったんだろう。すごく甘かった》
姿が完全に消えると同時に、真っ赤なステンドグラスのような欠片が落ちているのを見つける。
それは、マリオネットを操っていた奴が消えたとき拾ったものと酷似していた。
「…やっぱりそういうことなのか?」
『先輩、先輩!』
マイクをミュートにしたのをすっかり忘れていて、最後の力を振り絞り解除する。
「もう動いて大丈夫なはずだ。こっちは、片づいた…」
『すぐ迎えに行きますね』
「…ごめん」
心地よい疲労感に襲われ、そのまま意識を飛ばす。
…崩れてしまった校舎の壁をどうするか考えながら。


「やっと起きたか」
「先生…?」
先生はむすっとした顔で私を見ている。
腕に繋がれたチューブと頬と手の激痛で意識がはっきりした。
「ごめん。また倒れちゃったんだな」
「まったく…。それで、今回は何があったんだ?随分派手に破壊していたが」
「私がやったんじゃない。相手ががむしゃらに壊してたんだ。
止めようにも上手く止められなくて…崩れた壁、直りそうか?」
「それは問題ない。もう業者を呼んであるし、夏休み中だからな」
「そういえばそうだったな」
殆どいつもと変わらない生活をしているからか、その感覚が抜け落ちていた。
「相手は、どこかで餓死したであろう少女だった。多分、穂乃より少し年下くらいの…」
欠片のこと以外は包み隠さず話した。
今はまだ余計な心配を増やしたくない。
先生は一言、そうかと呟いて点滴を片づけていく。
「今年も特訓するか?」
「…できれば少しだけ。みんなの夏休みを縛りたくない」
「他の奴等にも声をかけておく」
先生が保健室を出たのを確認してから、ポケットに入れた欠片を確認する。
「…目的はなんだろう」
その問いに答えられるものは、今はいない。
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