夜紅譚

黒蝶

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閑話『それぞれの夏』

夏デート

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「桜良、おまたせ!」
「…別に、そんなに待ってない」
「いやあ、まさか今年も行けるなんて思わなかった」
「…そうね。私も」
桜良は少し緊張しているのか、いつもより口数が少ない気がする。
あと、話すときのトーンがいつもと違う。
「相変わらず浴衣似合うね」
「…陽向は、」
「ん?」
「陽向はやっぱり、こういう服が好きなの?」
直球で訊かれて即答した。
「桜良なら何着てても可愛いよ。俺の隣にいてくれるだけで心が明るくなるし」
「……なにそれ」
顔を真っ赤にして俯いた姿まで可愛いなんて反則だ。
本人に言ったら怒らせてしまうかもしれないけど、やっぱり俺の恋人は世界で1番可愛い。
「手、繋いでもいい?」
「…はい」
差し出された手を握って少しずつ歩く。
足元を確認すると、ちらっとスニーカーが見えた。
「まずどの屋台にしようか?射的?」
「…りんご飴」
「分かった。それから射的行ってたこ焼き買おう」
「うん」
色々な屋台に立ち寄りながら、未来の話をする。
「進路、決めた?」
「短期通信課程のシステムデータコース」
「そっか」
「陽向は?」
「短大学部の文学科」
はじめは文学部の通信課程にしようと思っていたけど、まだ色々悩んでいるので短大学部にしようと決めた。
ただ、とっておくとなんとなく後々役に立ちそうな資格があるから勉強してみようと思ったのだ。
「……」
「桜良?」
「来年は、もう無理かもしれない」
「そんなことないよ。俺は、」
「私のことはいいから、自分の生活を大事にして」
桜良はいつもそうだ。
自分のせいで俺が遠慮してるんじゃないかって不安がってる。
…全然そんなことないのに。
「大事にしてるよ。ただ、他の人と関わるより桜良と一緒にいる時間がほんの少し長くて…できるだけそのままがいいって思うだけ」
たこ焼きを食べながらそう答えて、ずっと気になっていた射的の出店に向かう。
「じゃあ、桜良がほしいであろうものに当ててみせるから信じて。
…それから、来年も他のみんなともふたりきりでも思い出を作ろう」
「陽向」
俺は先生ほど得意なわけじゃない。
それでも、今夜は不思議と外す気がしなかった。
小さな猫のマスコットと、ワンポイントに蝶がかたどられていたブレスレット。
「…これで信じてくれる?」
「どうして…」
「うーん…なんとなく?」
首をかしげていると、桜良がふっと笑った。
「ありがとう。…私はやっぱり、みんなの側にいたい。そのなかにあなたがいないと困る」
「そんなふうに思ってくれてたなんて、嬉しいな…」
言葉にするのは平気なのに、自分が言われるとちょっと恥ずかしい。
この感覚はなんだろう。
人混みを避け、ふたりでマンションの部屋に入る。
「大丈夫!毎日こうやって会えるから」
「…そうだね」
空に花火があがるのと同時にキスをする。
桜良は恥ずかしがっているけど、今はこうしていたい。
「寂しいときは、ブレスレットを俺だと思って」
「……」
突然抱きつかれてどきっとしてしまう。
心臓の音と花火が混ざりあって、今まで以上に緊張した夜だった。
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