夜紅譚

黒蝶

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第7章『十五夜の戯れ』

第52話

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「どういうことだ?」
《…すまない》
「いきなり謝られてもよく分からないんだが」
何故白露は顔を青くしているんだろう。
《おそらくおまえのところで突風が吹き荒れたとき、こちらに子鬼のようなものが来ていた。
くり出された攻撃は全て跳ねかえしたつもりだったが…》
成程、白露は穂乃が怪我を負ったことに対してかなり申し訳なく感じているようだ。
「怪我させたから怒ってるって思われたのか、私は」
《…怒鳴らないのか?》
「そんなことしないよ。寧ろありがとうって言いたい。ふたりだけだったらもっと酷い怪我をしていたはずだから」
穂乃の守護の力も間に合わなかっただろうし、いきなり攻撃されては冷静に判断できなかったはずだ。
「落ち着いていられたのはおまえがいてくれたからだと思う。…これからも頼む」
《あ、ああ…》
「それじゃあ、私は一旦放送室へ行くから」
小さめのブーケを手に放送室へ向かうと、いつも以上に大量の資料が並べられていた。
「桜良、いるか?」
「詩乃先輩…お疲れ様です。その怪我、もしかしてさっき負ったものですか?」
まだ半袖で過ごせるこの時期に隠し事はできない。
「…ああ、少し油断した。この花、よかったらもらってくれ。バイト先の店長からもらったものなんだ」
「綺麗…いいんですか?」
「うん。大切に世話してくれる人のところにいられるのが1番だと思うから」
「ありがとうございます」
早速花瓶に生ける桜良に問いかける。
「早速で申し訳ないが、舞の儀式について分かった範囲で教えてほしい」
「…どうやら婚礼に近いものだったようです。はじめは無理矢理だった彼女も、自分を迫害する相手より気があったようだと書かれていました。
舞は出迎えの象徴で、雑にやると町がまるまるひとつ滅んでもおかしくないみたいです」
だからいすゞは舞を邪魔されておこっていたのか。
「やり直せてもあと2回が限界だって言ってた」
「体力的なものと時間的なものですね。舞には他の人間たちへの興味を奪う効果もあるようなので…。
それと、この儀式は十五夜に相手が現れるまでに完成させなければならないと書かれてありました」
私の力が1番弱まる日だ。
以前ほど弱くなるわけでもないが、もし何かあれば他の人に頼らざるを得なくなる。
「舞っていた妖も言ってたんだ。十五夜までにどうにかしなければって…」
邪魔をしてくる人間たちに護る価値があるかと問われれば、正直答えに迷ってしまう。
だが、舞が失敗すればどれだけの人間が死ぬことになるか分からない。
「舞は三部構成になっているみたいです。…並大抵の努力でこなせるものではありません」
「因みに、失敗した事例はあるのか?」
「日照りが酷くて飢饉がおこったみたいです。資料を見ましたが、思っていたより深刻でした」
「…そうか。教えてくれてありがとう」
もうひとつの怪異らしき存在に、こちらにやってくる何か。
まだ分からないことが多いが、そのまま放っておくことはできない。
「…しばらく夜仕事になるな」
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