夜紅譚

黒蝶

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第15章『バレンタインの災難』

第131話

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「まったく、いつになったら怪我をしないことを覚えるんだ」
「…ごめん」
先生に手当てしてもらいながらふと顔をあげると、包帯だらけの黒猫少女が近づいてきた。
「私より酷いんじゃない?」
「結月…よかった。赤い紙の一件も解決したから大丈夫だと思う」
「何がよかったよ、そんな目に遭ったのに…」
結月なりに心配してくれているのがよく分かる。
「相手があんまり見たことがないような形状だったから楽しかったんだ。あと、動機が可愛らしかった」
「…あんたのそういうところ、本当に変わってるわよね」
がらがらと扉が開かれる音がして、瞬が飛びこんできた。
「猫さん!」
「そんなに興奮しなくても逃げたりしないわよ」
「だって、ずっと起きないから…」
結月の手を握ったまま俯く瞬を一瞥し、先生が言った。
「…俺が授業や講義でいない間はそいつに見ていてもらったんだ」
「ああ、そういうこと」
桜良のところへも行ってもらっていたが、それだけではなく瞬は結月の世話もしていたらしい。
全く知らなかった。
「もう動いて大丈夫なの?」
「ええ」
「…本当に?」
「嘘は嫌いなの」
「よかった……」
瞬の体から力が抜け、倒れそうになったところを先生が支える。
体調が悪いのかと思ったが、穏やかな寝息をたてはじめた。
「余程疲れていたのね」
「色々あって桜良のところへも行ってもらっていたから、休まず動いてくれていたんだと思う」
「俺も任せっぱなしになっていたからな」
「あんたたちは忙しすぎなのよ。もうちょっと休みなさい」
瞬に向けられた結月の視線はどこまでも優しい。
「けど、そうも言ってられないだろ?」
「…まあ、そうね」
恋愛電話の噂はこれからが本番だ。
だが、まだ治りきっていない体でひとりで動くのは無理がある。
「やっぱり手伝いに行くよ」
「でも、」
「そうさせてやれ。…折原の怪我も減るだろ」
「あんたね、そういうときは心配だって伝えるべきよ。いつか誤解されても知らないんだから」
結月のしっぽがゆらゆら揺れている。…しっぽ?
「……」
「なに?」
「ああ、ごめん。まさかしっぽが動くと思ってなかったからじっと見てた」
「時々隠しきれないの。擬人化するときは気をつけているのに、今はだめね。
もし視える人間に遭遇しても、耳も尻尾も動かなければ飾りだと誤魔化せるでしょ?でも、今は止められないわ」
「僕も知らなかった…。ねえ、触ってもいい?」
「…少しだけよ」
「あ、結構もふもふなんだね」
「そんなに嬉しいものなの?」
「うん」
楽しそうに話すふたりをよそに、先生からひとつ頼まれ事をした。
「あれでも相当無理をしているはずだ。教員の仕事で手が回らない可能性もある。…あいつらを頼む」
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