夜紅譚

黒蝶

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第18章『虚ろな瞳の先』

第159話

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「遅くなってごめん。待ったか?」
「…ううん。さっき来たところだよ」
今日はなかなか旧校舎に顔を出す時間がとれなかったため、瞬に相当寂しい思いをさせてしまった。
「あの男の子、付喪神らしいね」
「ああ。先生がそう言ってた」
「あの子もこいのぼり事件の犯人を探しているなら、仲良くなれないかな?」
「五分五分だな。相手が人間そのものを恨んでいるなら厳しい」
自分が大事なものを壊されて傷つかないはずがない。
その心が悲しみなら多少和らげられるかもしれないが、憎しみに極振りされている場合受け止めきれないだろう。
「犯人、どんな人なんだろう」
「…実は、少し気になることがある」
「気になること?」
瞬に朝の出来事を話すと、目を大きく見開いた。
「それってつまり、無理矢理やらさせられた人がいるかもしれないってことだよね?
もしその人がやらさせられた人なら、本当に悪い人は野放しになるの?」
「させない。そのための監査部だからな」
誰にも傷ついてほしくない。
そのためならどんなに無謀な調査でもやる。
「あの空き教室、行ってみないか?」
「そうだね。もしかしたらいるかもしれないし…」
何故あの教室でなければならなかったのか分からないが、何か理由があるはずだ。
付喪神は動ける範囲が決まっているはずなので、こいのぼりが泳いでいる期間に見つけるしかない。
「多分だけど、学園の外に出られるほどの力はない。旧校舎か新校舎にいるはずだ」
「そうなの?」
「付喪神はついている物の近くでしか行動できないんだ。つまり、こいのぼりが校外へ持ち出されない限りこのあたりにいる」
「そうなんだ…。持ち運び型地縛霊みたい」
「簡単に言うとそれに近いものがあると思う」
ふたりで探索していると、水色の金魚のような妖が優雅に廊下を泳いでいた。
「詩乃ちゃん、あの子たちって何?」
「おそらく夢魚ゆめうおと呼ばれる妖だ。視た者をどこまでも心地いい気分にさせてくれるらしい」
「僕はいつもどおりなんだけどな…」
「私もだ。耐性があるからかもしれないな」
噂とは無縁そうだが、伝えておいた方がいいだろうか。
声をかけようか迷っていると、何かに怯えた様子であっという間に消えてしまった。
「詩乃ちゃん、どれくらい戦える?」
「やってみないと分からないな。…けど」
《グジャグジャグジャグジャ……》
「言葉が通じない相手が彷徨くなら、仕留めるしかないだろ」
札をかまえ、巨大な風船のような何かに向ける。
それの目は焦点があっていないようで、どこを見ているのか全く分からなかった。
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