夜紅譚

黒蝶

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第21章『夜の学校』

第189話

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「誰かいるか?」
蔵まで全力疾走して声をかけたが、何の反応もかえってこない。
「これから蔵に入る。…何かあったときは頼む」
「ちょ、先輩!?」
インカムは繋いだまま中を確認すると、正の字が書きつめられた紙を見つけた。
「よりによってここで百物語か。…やっぱり気づいてなかったんだな」
『どういうことですか?』
「鍵を開けた生徒が一言も話さなくなったのに、気にする素振りが全くなかったんだ。不自然だと思わないか?」
『蔵に魅入られた可能性もありますね』
乱雑に積まれた書類の1番上に古い木箱が置かれていたが、中身は空だった。
「多分鏡が逃げ出してる。早く見つけないとまずいことになりそうだ」
『……え』
『陽向?』
『なんか蔵が、』
大きな音がして外に出ようとしたが、扉が開かない。
私がおかしいのか、陽向に何かあったのか。
《……おまえか?この私を起こしたのは》
「違う。鏡の中にいたやつか?」
《いかにも。おかげであのお方に返せなくなってしまった》
「ここにいた人間たちはどうした?」
《答える必要があるか?》
「…答えてくれ」
《断る。あの人間どもさえいなければ、いナけレバ……》
『詩乃せ……え、すか?』
「途切れ途切れになら」
目の前の妖の殺気はやや強めだと言える。
ここで斬ってしまえば終わるのかもしれないが、なんとか誤解をとかなければならない。
《見せしメニ、ア、レ、ヲ》
ふと妖が指さした方を見ると、真っ赤に燃える鉄の靴が浮かびあがってきた。
「…私は白雪姫の世界の住人じゃないんだけどな」
余程靴を履かせたいのか、私の方へものすごい速さで飛んでくる。
なんとか妖の攻撃を避けられてはいるものの、狭い場所では圧倒的不利だ。
壁まで追いつめられた瞬間覚悟を決めた。
「…誰も見てないならいいか」
《ナニヲ》
札を円形に並べ、それを無数に並べる。


──鎮魂夜炎・夜空ちんこんのやほむら・よあ

《なんダ、こレハ……》
「その青炎は簡単に消せないようになってる」
花火のように火の粉が降り注ぐ、ちょっとした大技。
半月が近いおかげでまだ戦える。
「私の話を聞いてほしい」
《あの方ヲ害しタノハ、おマエではないノカ》
「そもそもあの方が誰か知らないし、私が来たときにはもう木箱が開けられていた」
《……そうか》
人の形になったそれは、真っ黒い口を歪ませ言い放った。
《では探すとしよう》
「待て!」
止めきることはできず、相手はそのまま遠ざかっていく。
それと同時に扉が開いた。
「陽向、誰にやられた?」
「ぜ、ば……ず、まぜ……」
喉元を掻っ切られた陽向は腕の中で絶命した。
そのまま動かすわけにもいかず、なんとか人に見えない位置まで移動する。
いなくなった生徒たちに誰かを探している様子の妖、陽向を攻撃した何者か…そして、阻止しなければならない噂。
考えただけで少し頭が痛くなった。
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