夜紅譚

黒蝶

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第26章『新たな露』

第234話

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「…止められないのか?」
私の方を見つめる彼女は無表情でこちらへ突っこんできた。
《ウウ、ウウウウ……》
彼女は泣くばかりで、言葉にならない言葉を吐き出している。
腕を押さえたまま動けなくなっている白露をよく見ると、周囲に黒い霧のようなものが発生しはじめていた。
瘴気が濃くなっている。
あまり無茶をしないよう言われているが、この状況では他に手がない。
「白露、絶対動くな」
白露に向かって火炎刃を投げつけ、なんとか穢を祓うことができた。
だが、目の前の彼女には相変わらず言葉が通じないようでどうにもできない。
《ウウ……》
「がっ!?」
いきなりのことに対処できず、そのまま首を絞められる。
《もウ、殺シてくだサイ》
「…陽向、頼む」
「先輩!」
勢いよく走ってきた陽向の手には、大量のペットボトルが握られている。
それを足元に置くと、ひとつずつ開けて彼女にかけはじめた。
《アアアア!》
「悪いけどもうちょっと我慢してくれ」
《…何をやっている?》
「先輩の霊水かけてる。これ以外方法がなかったから」
悲鳴をあげる彼女の腕の力が弱まったところで、体が地面にたたきつけられた。
噎せてすぐ動くことはできなかったが、予定どおり陽向が霊水をかけ続けてくれている。
《い、たああ!》
「あともうちょっと…か?」
《待て》
白露が陽向を制止して、自分が纏っていたマントをかぶせた。
《ア、白……》
《もういい。おまえは戦いを好む性格ではなかっただろう》
《でも、体が勝手に…止められないのです》
《あの男のせいか?》
少し落ち着いた彼女は首を横にふり、事情を話しはじめた。
《…あの後、私も捨てられました。ある妖に助けられたのですが、別の妖に殺められ…》
《今はそいつが持ち主になっているのか》
彼女は目に涙を溜めて、白露の腕を掴んだ。
《強引に契約を進められてしまい、私からでは解除できず…。
あの雛を連れてこいと言われています。でも、私はそんなことをしたくありません》
彼女からはほとんど力を感じない。
最低限の力しか送られていないのが原因だろう。
《この学園には夜紅姫がいると、話を聞きました。あなたで間違いありませんよね?》
「別に姫ってわけじゃないけど…まあ、妖たちからはそう呼ばれることもある」
《お願いです。私を、》
「殺してくれなんて言葉は絶対聞かない」
彼女は限界寸前、白露も誘発されて暴走する可能性がある。
だったら、今の私にできるのはひとつだけだ。
「…その妖をここに呼ぶことはできるか?」
《話し合いができる相手ではありませんよ?》
「それでもかまわない。…要は力づくで奪いに行けばいいんだろ」
「先輩、それって…」
陽向の言葉に頷き立ちあがる。
「私がそいつと勝負する。…そこで勝って、おまえを解放してもらうから」
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