クラシオン

黒蝶

文字の大きさ
68 / 216

一夜の逢瀬

しおりを挟む
「...こうしてお願いをするだけでも、だいぶ気分が明るくなるものなのですね」
「そう思っていただけたならよかったです」
一体どんな経緯で引き裂かれてしまったのか、或いは敢えて会わないようにしているのかは分からない。
だが、何もできないのはとてももどかしかった。
「力不足で申し訳ありません」
「いいえ。これだけで充分救われました」
天女は満足そうに微笑んでいるが、そこには寂しさが滲み出ている。
何か特別なことができるわけではない自分が嫌になるが、ポケットの砂時計を確認すると砂はまだまだゆっくりとしか落ちていない。
どうしたものかと考えていたとき、もう真夜中だというのにからんと扉が開かれた。
「いらっしゃいませ」
「あの、気づいたらここに迷いこんでいたんですけど...」
そこに立っていたのはひとりの男性で、手には救急箱を持っていた。
まさかと思ったが、天女の反応を見ていれば分かる。
「直樹、ですか?」
「あなたはあのときの...!」
そんな奇跡など簡単にはおこらないと思っていたのに、それが今目の前でおきている。
一体どんな気持ちでふたりに接するのが正解なのだろうか。
「飲み物をお持ちいたします」
一先ずその場を離れると、ふたりは抱きあって喜んでいた。
それから色々な話をしているのを聞きながら、いつものようにハーブティーを作ってすぐに運ぶ。
「お待たせいたしました。
俺は邪魔しませんので、好きなだけおふたりの時間をお楽しみくださいませ」
しばらく奥の部屋で仮眠をとろうと、そう声をかけてその場を離れる。
あのふたりはきっとお互い惹かれあっているのだろう。
それならば、ふたりきりにした方が積もる話もあるはずだ。
...どのくらい経っただろうか。
月が沈み始めた頃、天女が立ちあがる音がする。
慌ててカウンターへ戻ると、そこには今にも天に還ろうとしている彼女の姿があった。
「またいつかの夜に会いましょう。...店長、素敵な時間をありがとうございました」
きらきらとした光が彼女を包みこみ、そのまま幻のように消えてしまった。
「このお店のおかげで、彼女と話すことができました。ありがとうございます」
「俺は何もしていませんので。おふたりの笑顔が見られてよかったです」
男性の方も一礼して去っていく。
年に1度の奇跡なのか、それともこれから先も会い続けられるのか。
残念なことに、それはふたりにしか分からない。
食器を片づけていると、ふとした瞬間にあの人とのことを思い出す。
『この短冊に書けば、きっと願いが叶う。
──も好きなことを書いてつるしていいんだよ』
...俺の願いなんて、もう1度あなたと暮らすこと以外考えられません。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

処理中です...