クラシオン

黒蝶

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一夜の恋話

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「それではつるしておきますね」
本当は自分で結んだ方がいいのだろうが、天女様にそんなことをさせてしまうのは失礼にあたるかもしれない。
そう思い、上の方に結ぶ。
その短冊には、『皆が傷つきませんように』と書かれていた。
「ご自分の願い事をなさらなかったのですか?」
「心清らかにと思うと、どうしてもそういった願い事しか浮かばなかったのです」
「それなら、天女としてではなくあなた自身としてもう1枚書いてみてください。
...それが許されていることなら、あなたの想いを綴ってみてほしいんです」
すると彼女は、申し訳なさそうに告げた。
「自らの想いを綴るというものは、一体どうすればいいのでしょうか?」
そこではっと思い出したのが、あの人の言葉だ。
『長く天にいたりずっと嫌な思いをしていると、自分の気持ちというものが分からなくなることもある。
...そういう場合もあるというのは忘れてはいけないよ、──』
諦めるしかないのだろうか。...否、そんなはずはない。
「ああ、でも昔好いた相手はいました」
「その方はどんな方だったんですか?」
「彼は真面目で、働き者で...何に対しても誠実でした」
過去形ばかりということは、会えていないのだろうか。
それとも相手に忘れられてしまったのか、はじめから視えていなかったのかもしれない。
「すみません、くず湯はありませんか?彼が作ったものをいただいたことがあるのです」
「かしこまりました」
本来であれば相手がほしいと思ってくれそうなものを作るのだが、彼女相手には食べたいと話すものを楽しんでもらった方がいいだろう。
砂時計の砂はなかなか落ちていかない。
それだけ傷ついているからか、伝えたい想いがここにあるのだろう。
「...そのお相手に会ったのは、あなたの感覚でどのくらい前が最後ですか?」
「分かりません。ほんの数日前のような気もするし、何十年と会っていないような気もする...。本当に分からないのです」
天女は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
そこにくず湯を運ぶと、彼女はほっとしたように飲みはじめる。
「転んで動けなくなってしまった私に、あの人は手当てを施してくれたのです。
...そのときの手ぬぐいもまだ持っています」
彼女は顔をあげると寂しそうに告げた。
「私はあの人に会いたい。一言だけでいいから、言葉を交わしたい。
でももう、それは叶わないのでしょう...」
再び俯いてしまう天女に、失礼にならないように気をつけながら淡々と語りかけた。
「それなら、その願いを短冊に書いてください。
...俺には何もできないかもしれないけど、きっと叶うと信じています」
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