クラシオン

黒蝶

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隠されていたもの

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「…これで応急処置は終了です」
「あの、これを見ても引かないんですか?」
少女は驚いた様子でこちらを見ている。
「この傷は、ご自分でつけられたものでしょうか?」
「...そうです。そうしていれば、いつか罰を受け終わるんじゃないかと思って...」
少女にとってはこの世界で生きることそれ自体が罰のようなものなのかもしれない。
だが、それに気づいていないから自分に自分で罰を与えている...憶測でしかないがそんな気がした。
「ひいたでしょう?だから、いつもはアームカバーで隠しているんです。でも、今日は転んで泥だらけになっちゃったから...ごめんなさい」
「謝る必要はありません。俺は、誰かの傷を蔑むつもりはありませんから。
それがあなたの戦ってきた証だというなら、他の誰にも否定する権利はないと思います」
思ったことを話しただけだが、どうやら彼女の心に届いたらしい。
そうでなければ、あれほど美しい涙を流すことはないだろう。
「ごめんなさい、私...」
「泣きたいときは泣いていいんです。...最近特に辛いことがあったのではありませんか?」
「え...どうして分かったんですか?」
「そちらの鞄についているものは、とても大切なものなのではありませんか?」
鞄は恐らく新品同様のものだ。
だが、手芸で作られたのであろう花のストラップだけが古びている。
『大切なものほど見落としてしまいやすい。だからこそ、1番近くに持っている人も多いんだよ』
「大切な人からの贈り物なんです。もう死んじゃったけど...そこから思いを吹っ切れないんです。
そんな前にあったことをとか、大袈裟だって言われちゃうんですけど、私にとってはその程度のことに考えられないんです。
...もう全部が辛い、私がいなくなっても誰も困らないんじゃないかって思うんです」
つまり、気にしすぎていることに対して自らを罰し、周囲の言葉に傷つき自らを律し...腕の傷にはそういった意味がこめられているのだろう。
「その方との大切な料理ってありませんか?」
「どうして急に...」
「俺ができることはあまりありません。ただ、お客様のお話を聞かせていただきたいのです」
「...おばあちゃんは、私が行くといつも料理を作ってくれました。
オムライスが好きって行ったら、何回かに1回は作ってくれて...。
でも、レシピが分からなくて、卵もあんなふうにふわふわにはならなくて...」
誰かとの食事はとても大切だ。
痛む胸を押さえながらキッチンへ向かい、少女に問い掛けた。
「飲み物を召し上がりながらお待ちいただけますか?」
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