約束のスピカ

黒蝶

文字の大きさ
3 / 71
約束のスピカ

2頁目

しおりを挟む
《私、もう寝るわ。この時間じゃ誰も来ないでしょうから》
「気をつけて帰れ」
《言われなくても》
黒猫の姿が本来のものではないが、そちらの方が動きやすいからといつも猫の姿でうろうろしている。
あの姿でいれば視えない人間にも見えるはずだが、本人が気に入っているなら仕方ない。
持ち運び可能な望遠鏡を手に持ち、誰もいないはずの屋上で組み立てる。
そこに先客がいることは分かっていた。
…もう校門は閉まっているはずなのに、夜になるとほぼ毎日侵入してくる生徒がいる。
「あ、先生」
「あ、じゃない。一体どこから入ってきた?」
「…言いたくない」
流山の体には傷が増えていて、一先ず手当てするところからはじめた。
「先生、処置が本当に上手だよね」
「養護教諭でもあるからな。まあ、主に理科科目担当だけど」
「どうして理科の先生なの?」
「好きだから」
「え?」
「星と物理学」
物心ついた頃から星を見るのが好きだった。
電気の実験にも興味があり、好きなことを堪能するにはこれしかないと考えた…なんて言ったら、流山は驚くだろうか。
「一瞬告白されたかと思った」
「そんなロマンチストに見えるか?」
「先生は優しいから、モテてると思う」
自覚はないがそうなのだろうか。
だが、たとえモテていたとしても嬉しくない。
「ピントずれてる」
「これから調節するところだったんだ」
必要最低限の会話しかしないものの、初めて話した頃より言葉数が増えた。
『…流山?』
『えっと、あの…』
『風邪を引かないように気をつけて』
『……』
あのとき無言で頷くだけだった少年は、今では少し話をしてくれる。
「流山」
「なに?」
「今夜も聞かせてくれないか?」
「…かに座はギリシャ神話に出てくる巨大な蟹なんだ。それで…」
星のことになると緊張しないのか、寧ろわくわくした様子で言葉が流れていく。
星を眺めることはあっても知らない知識が多いので、毎日聞かせてもらえるのはありがたい。
「今夜はもう遅いからここまでにした方がいい。…バスがなくなっても送ってやれない」
「先生ってなんでもできそうなのに、運転免許は取ってないんだね」
「……事故を起こさないか心配でな」
流山はそっかと言って笑った。
自分は人間ではないから取れない、なんて言えない。
そんな反応を見られるようになったのはつい最近で、表情が少し明るくなった気がする。
…ただ、その分体の傷は増えた。
「…ねえ、先生。明日も来ていい?」
「駄目だって言っても来るんだろ?…天文部の活動として許可証を出してもらっておく」
「ありがとう。先生を困らせちゃいけないから帰るね」
「気をつけて帰れよ」
その後ろ姿は、本当に渋々帰る奴の背中だった。
本来であればここで引き止めたいところだが、そういうわけにもいかない。
ただ、帰り道を邪魔されないようにすることならできる。
《ねえねエ、遊ぼウヨ…》
「……」
ありえない方向に曲がった手足、頬まで裂けた口…明らかに人間ではない。
いつもどおり手袋を嵌め、眼鏡をかける。
「おまえと遊ぶのは楽しくなさそうだ」
勢いよく投げつけた糸は相手を絡め取り、そのまま身動きを封じる。
相手はそのうち勝手に消えていった。
生徒に手を出されては面倒なので、毎晩欠かさずやることがある。
それが夜の見回りだ。
人間を襲いそうな奴等が比較的集まりやすいこの町で、とにかく倒し続けている。
今すぐ流山を救うことはできないが、怪異からなら護れているだろうか。
道具を仕舞い、誰もいない部屋に戻る。
…ここで珈琲を味わっている時間が1番くつろげているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

処理中です...