約束のスピカ

黒蝶

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約束のスピカ

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人間たちの間で噂が蔓延り、強力な力を得た怪異は好きなところに部屋を作ることができる。
元々そこそこ力が強い妖も作れるが、今学園内に部屋を持っているのは俺と腐れ縁の猫だけだろう。
「…またとばしたな」
採点をしていると、流山のテストの番になった。
流山は授業こそほとんど出席しないものの、理系分野のテストの点数は取ってくる。
…ただし、生物を除いて。
今回も生物分野だけ真っ白なテストに90点のサインを入れた。
「室星先生、おはようございます」
「おはよう」
生徒たちと挨拶を交わし、そのまま教室に入る。
1番端の席に流山の姿があった。
慌てて机の上に教材を広げたが、その下がどうなっているのか知っている。
【流山瞬が加害生徒たちに呼び出される】
今朝読んだ日記にはそう書いてあった。
日記といっても普通のものではない。
強いて言えば、といったところだ。
「じゃあ、各自授業準備をするように」
生徒たちの話し声をかき分け、ホームルームが終わるのとほぼ同時に教室から逃げ出した姿を追いかける。
今日はどこに隠れているのか…旧校舎に足を運ぶと、予想どおり体育座りで蹲る流山を見つけた。
「流山」
「あ、先生…?」
普段は大人びているのに、こういうときの流山はまだ中学生のあどけなさが残っている。
「授業、出たくないのか?」
「出たくない。どうしても行かないと駄目?」
「理由は、」
「言いたくない。…言ってどうにかなることじゃないし」
人が多い場所が苦手というのもあるだろう。
だが、それだけではないことも分かっている。
「俺が教師じゃなかったら話せてたか?」
「どうだろう。考えたことなかった…」
本来であれば、無理矢理にでも授業に出させるべきなのだろう。
だが、それが正しいとは思えない。
自分がそんなにいい子じゃなかったからだろうか。
「なら、今日もここで授業だ」
「ええ……」
「約束したろ、俺に見つかったら大人しく授業を受けるって」
「先生、どの教科も教えられるんだね」
「まあ、一応は。ここじゃ危ないから保健室行くぞ」
養護教諭が留守のときは保健室、いるときは旧校舎の空き教室で授業するのが日課になっている。
新校舎で他の生徒達が授業中の間、密かに流山とふたりだけの授業をしているのだ。
一応これでも中等部を卒業するまでは出席カウントになるらしい。
「高等部にあがったら補習になるから、単位がもらえるぎりぎりは授業に出た方がいい」
「高校…考えてなかった」
「は?」
テキストを解く手を止め、流山はこちらを真っ直ぐ見つめる。
その瞳にはどこまでも闇が広がっているような気がして、目を逸らさずに尋ねた。
「高校に行けない事情があるのか?家庭の事情とか、成績に対する不安とか」
「そういうわけじゃないよ。ただ、本当に考えたことなかっただけ」
どこまでも純粋な瞳は嘘を吐いていない。
「できた」
この時間は国語の問題を解かせていたが、どうやら文系教科が苦手らしい。
「筆者の考えっていう記述問題、嫌いか?」
「大嫌い。そんなの筆者自身にしか分からないのに、どうして勝手に正解がひとつ決まるんだろうって思う」
「…まあ、それは分からなくもないな」
解説をしている間にチャイムが鳴る。
次からは別クラスの授業がぎっしりで、午前中世話を焼けるのはここまでだ。
「どうして先生は僕のことを放っておいてくれないの?」
保健室を出ようとするとそんなことを訊いてくるものだから、ありのままを答えた。
「放っておきたくないから」
流山の答えを待たずに理科室へ向かう。
放課後また様子を見ようと思っていたが、それが甘かったことに気づいたのは帰りの放送が流れる夕暮れ時の教室だった。
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