泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
9 / 156
泣けないver.

『学校探検』

しおりを挟む
「僕、未だにこの学校で行ったことがない場所があるんだ」
ゆっくり休んだ後、優翔は私を連れ出してくれた。
「小学生がよくするでしょ?たまには、こうやって校舎を歩くのも悪くないんじゃないかって思ったんだ」
「お仕事は大丈夫なの?」
「うん。明後日の分くらいまで進めたから、気にしなくても平気だよ」
保健室の先生のお仕事というものを、私はよく知らない。
けれど、忙しそうにしていることだけは分かる。
「いつも気になってたんだけど...ここって何?」
「...第1準備倉庫。備品とかもろもろ入ってる。
その隣が放送室。生徒たちが放送を流す場所だから、掃除の時間とか賑わう」
「あれ、ここからの音だったんだ...」
優翔は本当に知らなかったらしく、わくわくした様子であちこちを見回っていた。
「この部屋にも入ったことないな...。詩音、この教室は?」
「第3倉庫。体育祭で使う道具の一部が仕舞われてる」
「体育祭か、懐かしいな...」
少しずつ体調が悪くなってくるのを感じる。
体が重い。真っ直ぐ歩けていないような気がする。
(駄目だ、気分が悪い...)
かくん、と膝が折れるのを感じたのを最後に、私の意識はそのまま暗闇に落ちていった。
──次に目を開けたとき、白い天井と不安そうな表情の優翔が見える。
「私、どうして...」
「体調悪かったの、気づけなくてごめん...」
「楽しかったから...黙っていたかった。だから優翔のせいじゃないよ」
ただ校舎を歩くだけ、それに何の楽しみがあるというのか。
そんなことを考えていたけれど、本当に楽しかった。
久しぶりに放送室に行けたし、いつも息がつまりそうになるのにそれもない。
何より、ふたりで歩けたのが嬉しくて...その時間に終わってほしくなくて。
そう考えると、少しの目眩くらい我慢しようと思ったのだ。
「結局迷惑をかけてしまって...ごめんなさい」
「楽しいって思ってくれたのはすごく嬉しい。
だけど、それで無理をして倒れちゃったら意味がないんだよ?」
優翔の言うとおりだ。返す言葉もない。
「ごめ、」
「僕が近くにいられるときでよかった...」
安心したような声で一言告げて、そっと私に口づける。
そうした直後にはっとした様子ですぐ離れた。
「ごめん、先生モードを作るのすっかり忘れてた」
「...私はそのままでもよかったのに」
「駄目だよ、そこはちゃんとしないと。でも、さっき言ったことは詩音にしか言わないから」
「ありがとう」
ふたりで過ごせるだけで、こんなにも楽しい。
目眩のことなんてすっかり忘れて、決められた時間まで保健室でゆっくり休ませてもらった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...