泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
69 / 156
泣かないver.

買い出し

しおりを挟む
数日後の朝、インターホンが鳴り響く。
「おはよう。準備できてるか?」
「うん、もうばっちりだよ」
あの日の帰り、必要なものを一緒に買いに行こうと約束してわかれたのだ。
どんな服を着ていいのか分からずに悩んでいたけれど、なんとか準備を終わらせて待っていた。
「今日の服、すごく似合ってる」
「ありがとう。人からどんなふうに見えているか自分では分からないから、自信がなくて...」
「俺はそういうの、いいと思う」
大翔が少し照れているのが目にはいって、なんだかとても満たされたような気持ちになる。
少し恥ずかしく思いながら、そっと手を握ってみた。
「...!」
大翔は驚いた様子だったけれど、さらに顔を赤くしておずおずと握りかえしてくれた。
「い、行こう」
「うん」
ふたりでバッグやお財布、その他もろもろを揃えていく。
そんなとき、洋服屋の前を通りかかる。
(あのシャツのコーデ、すごく可愛い...)
「久遠、どうかした?」
「ううん、なんでもない」
今日は服を買いに来た訳じゃないのだ。
1人だったら入っていたかもしれないけれど、大翔を私の都合で待たせたくない。
「...そこの店、入ってみようか」
「え?」
けれどそんなことはいつもお見通しで、大翔が指さしていたのは私がいいなと思っていたお店だった。
「いいの...?」
「大体揃ったし、これでもう大丈夫」
「ありがとう」
大翔の態度は最後までやっぱり紳士的で、なんだか妙に照れくさい。
「ただ、先にご飯を食べに行こう」
「うん!」
ふたりで空いていた席に座って、店員さんを呼ぶ。
料理がくるまでの間、大翔と他愛もない会話をして楽しむ。
「そういえば、兄貴の彼女さんとは連絡とったりしてる?」
「時々...。あ、あと1回遊びに行ったよ」
「よかったな、友だちできて」
大翔はずっと心配してくれていたのだ。
私が人付き合いが苦手で、病弱なこともあって独りだったから。
大翔以外の人と出掛けたりしたことなんてなかった。
倒れたら迷惑をかけるからと引きこもることが多くて...話しかけることも怖くなって。
そんな私を支えてくれたのは、いつだって大翔だった。
「大翔」
「どうかした?」
「いつもありがとう」
「...俺は自分にできることをしてるだけだから」
話をしていたところに食事が運ばれてくる。
それはいつもよりも美味しくて、時間を忘れてしまいそうになるほどのものだった。
「それじゃあ、さっきの洋服屋に行ってみよう」
「うん!」
当たり前のように手を繋いで、ふたり並んで1歩踏み出す。
──こんな時間をいつまでも過ごせますようにと、空に浮かぶ茜色に密かに願った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...