泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
83 / 156
泣かないver.

可愛い嫉妬

しおりを挟む
「もう平気か?」
「うん。迷惑をかけてごめんなさい...」
「気にするな。...何か食べられそうなら作るけど、どうしたい?」
「いいの?」
「お母さん、帰り遅いんだろ?」
大翔の読みはいつも恐ろしいほど当たっている。
たしかに今日は独りで食事をとる予定だった。
負担にならないように自分で作ると言ってあったし、材料も大半揃っていない。
「ありがたいけど、私がいても大丈夫?」
「寧ろいてほしいんだよ。...独りよりふたりの方が美味しいだろ?」
「そうだね」
私が気を遣わないように言ってくれたのか、本心なのか...。
(多分どっちもだな)
「私も手伝うよ」
「駄目だ、弱ってるときに無理したら倒れるぞ」
「それじゃあ近くで見ててもいい?」
「ソファーに座ってて」
その言葉どおりにしようとして、ようやく察知した。
今私が立っている場所は一体どこなのだろう。
「説明してなかったけど、ここは最近俺が借りたアパート。...ようやく資金が貯まったからあの家を出たんだ。
それから、」
その時、インターホンが鳴る。
「ここは兄貴の家の近くだから呼んでおいた」
「え、そうなの?」
「こんにちは。顔色は...だいぶよさそうだね。ちょっとだけ調べてもいいかな?」
「え、あ、はい」
優翔さんは養護教諭の資格を持っていて...恐らく、予測不能な症状にも対処できる。
「勝手なことをしてごめん。でも、俺だけじゃ限界があるなって思って...」
「ううん、寧ろそこまで気を遣わせちゃってごめん」
私たちの会話をじっと聞いていた優翔さんは、微笑ましいという表情で笑った。
「それだけ元気そうなら、寧ろ僕はお邪魔かな?」
「いえ、そんなことは、」
「手、ちょっと血が出ていたからそこだけ手当てさせてもらったよ。
それから足はテーピングで固定してある。捻挫みたいだけど、あんまり甘く見ない方がいい」
「ありがとうございます」
「それじゃあね、ふたりとも」
優翔さんに一礼して顔をあげると、なんだか大翔の様子がおかしかった。
「大翔?」
「...どうした?」
不機嫌というよりは拗ねているような、複雑な思いを抱えているような...。
(もしかして)
「優翔さんにお礼のメールを打っておこうかな」
「兄貴、喜ぶと思う」
その表情はモアイ像のように固い。
...思い違いではなさそうだ。
「大翔」
「どうした?」
「嫉妬、してくれてる?」
「...本当に鋭いな」
調理器具を持った手を止め、そのままキッチンに放り投げるように仕舞う。
それからその腕は私を優しく抱きしめてくれた。
「治療とはいえ、知り合いがべたべた触ってたら...やっぱりやだ」
嬉しいけれどくすぐったい気持ちになって、私もそのまま抱きしめかえす。
「私には大翔しか見えてないから、そんなに心配しないで」
「...それじゃあ、もうちょっとだけこのままでいい?」
「勿論」
言葉どおりしばらくそのままでいてもらうことにする。
なんだか心まで温まるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

Y(ワイ)
ファンタジー
尋問を生業にする侯爵家に婿入りしたのは、恋愛戦略に敗れた腹黒王子。 白い結婚から始まる、腹黒VS腹黒の執着恋愛コメディ(シリアス有り)です。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

処理中です...