泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

苦手なもの

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入浴を済ませた後、少しだけキャンドルを試してみようという話になる。
「ライトに当てるって、これくらいでいいのか?」
「うん。そろそろ蝋が溶けてくるはずだよ」
こうしてじっくり待っているだけでも充分楽しいと感じてしまうのは、俺の頭に花でも咲いているからだろうか。
「...なかなか溶けないんだな。ちょっと何か飲み物を淹れてくる」
「お願いします」
久遠にはくつろいでいてほしくて、そのまま座っているように伝えた。
ふたり分淹れ終えた瞬間、稲光が部屋を照らす。
この状況で久遠は平常心を保って...
「な、何...」
いられるはずがなかった。
出会った頃から雷が苦手な彼女は小動物のように震え、動けなくなっている。
「...ほら、大丈夫だから」
「ごめん」
「人には苦手なものっていうのが少なからずあるものだろ、気にするな」
カモミールティーをテーブルに置き、後ろからそっと抱きしめる。
久遠の甘えるような仕草に、少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
「...いい匂いだな」
「そうだね」
柑橘系の香りが部屋に少しずつ溢れはじめ、なんだか甘い気持ちが強くなっていくような感覚に陥る。
だいぶ雨は弱まったらしく、もう雷鳴が轟くこともなさそうだ。
「今夜はもう寝た方が良さそうだな。これ飲んだら部屋で休んで、」
そこまで言った瞬間、後ろから抱きつかれる。
「どうした?」
「...い、一緒に寝ちゃ駄目?」
その言葉に、持っていたカップを落としてしまいそうになる。
久遠の発言に一緒に寝る以外の意味なんてないのは分かっているつもりだ。
だが、夜にそんなことを言われれば身構えてしまう。
...こんな不純な思いは、絶対に知られたくない。
「あの...やっぱり駄目、だよね」
しゅんとされてしまうと断れない。
内心苦笑しながら、久遠の頭をそっと撫でた。
「ちょっと吃驚したけど、別に嫌だとか思った訳じゃないから」
「大翔...ありがとう」
「ま、枕だけ部屋に持ってきておいて。毛布とか布団は俺が運ぶから」
声が上ずってしまいそうになるのを誤魔化しながら、できるだけ簡潔に指示を出す。
「それじゃあキャンドルも、」
「熱くないのか?」
「うん。ここを持ったら大丈夫だよ」
ぱたぱたと楽しそうな足音を遠くに聞きながら、無心でカップを洗い終える。
真っ直ぐ見つめながらお願いされるのは昔から苦手だ。
相手が純粋な分、なんでも叶えてやりたいと思ってしまう。
なんだってやってやると意気ごんでしまうのだ。
...ただ、久遠はそういうものを感じ取りやすい。
実は勘づかれないようにするにも苦戦しているのだが、気づかれていないだろうか。
外は雨どころか雪が降りだしそうな天気で、肌寒さを感じた。
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