泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

価値をつけられないもの

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「どう?」
「すごく美味しい。このお肉、この世のものじゃないくらいに柔らかい...」
「表現が独特すぎるだろ」
大翔は少しだけ照れくさそうに笑いながら、黙々と生姜焼きを平らげている。
私が作ったものはほとんどなくて、ほぼ大翔が作ってくれたものだ。
「まさか兄貴が角煮を持ってくるとは思わなかった」
「ほろほろしていて美味しいね。こっちの鯖の竜田揚げも美味しい...」
「食べてるときの久遠、本当に幸せそうだな」
「ご、ごめん。なんだか私ばっかりもらってるような気がする...」
「いつもは俺の方が世話になってるわけだし、たまにはこうやって俺が色々作るのも悪くないだろ?
それに、野菜炒めをこんなに美味くできるのは久遠だけだ」
大翔は野菜を食べるとき、いつも辛そうにしていた。
だからこそこれくらいはと作ってみたのだけれど、思った以上に気に入ってもらえたらしい。
(やっぱり誰かに美味しいって言ってもらえるのは嬉しいな...)
少し量が多いかもしれないと思っていたけれど、ふたりで話しながら食べているといつの間にか完食していた。
「ごちそうさまでした」
「美味かったか?」
「うん。すごく美味しかった...!」
「それはなにより」
大翔が笑ってくれるのが1番嬉しくて私も微笑みかえす。
それから食器を片づけていると、先に入っていいと言ってもらえて入浴をすませることにした。
(色々なことが気になるけど、大翔といると不安もなくなっていくから不思議だな...)
まるであめ玉のように、いつの間にか小さくなって消えていってしまう。
そのときだけのことだったとしても、私にとっては何よりも心の支えだった。
湯船に体を沈めながら、次はどんな話をしようと考える。
勉強する教科がまあまあ少ない分、大翔よりも余裕があるのは事実だ。
(せめて温かい飲み物くらいは淹れさせてもらおうかな)
そんな呑気なことを考えつつお風呂から出ると、大翔にじっと見つめられる。
「何か変かな?」
「もしよかったら、今夜は俺が髪を乾かしてもいい?」
「それはありがたいけど、時間かかるよ?」
「それでもいいんだ。...ちょっと補充したい」
そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいけれど、何か不安なことがあるのだろうか。
(紅茶検定のことかな...)
結局何も聞けずに、されるがままになる。
「...できた」
「ありがとう。あの、大翔...」
「どうした?」
「上手く言えないけど、きっと大丈夫だよ」
「...本当に何でもお見通しなんだな。今夜側にいてくれてよかった。ありがとな」
私の頭をいつもより少しだけ乱暴に撫でながら、優しく抱き寄せられる。
私にとって安らぎであるように、大翔にとっても落ち着ける時間でであってほしい...そう願わずにはいられなかった。
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