君と30日のまた明日

0日目

「私、死ぬんでしょうか」
誰に言うでもなく、中庭でぼんやり花を見つめる。
私はこんなふうに咲くこともなく死んでいく。
辛い、苦しい…だけど、誰に言ったらいいのか分からない。
私には、明るい明日なんてこない…そう思っていた。

世界にたったひとつ それは君だけの翼
目に見えないだけで ちゃんと背中についてるんだ
それがあれば どこまでだって翔んでいけるんだよ
それは 君が知らない 君だけの可能性

どこかから聴こえてきた歌声とピアノの音に、心が揺さぶられた。
「──♪」
音の場所を突き止めたものの、相手は私に気づいていない。
あまりに綺麗な旋律に、立ったままこっそり耳を傾ける。
気づいたときには自然と拍手をおくっていた。
「とても素敵な歌ですね」
「ありがとう。そんなことを言われたのは初めてだ」
相手はパーカーのフードを目深にかぶっていて、どんな表情をしているのか分からない。
だけど、怒っているならきっとこんな雰囲気にはならなかった。
「君は、泣いてたの？」
「え？」
「涙の痕がついてる。それに、声が悲しそうだ」
「…そこまで分かるなんてすごいですね」
初対面の相手がこんな顔をしていたら困らせてしまうんじゃないだろうか。
今更そんなことを考えても遅いだろうけど、できるだけ笑顔を作って相手を見た。
「さっきの曲、そんなによかった？」
「はい」
「じゃあ、もう1回やる」
その後もその人は曲を弾いてくれて、私の為だけのリサイタルに聞き入った。


この日のこの瞬間、私は救われたんだ。
もう死んでいくだけならどんな死に方をしてもいいと思っていたのに、もっとこの音が聴きたいと思ってしまった。
その後探しても会えなかったけど、この体験のおかげで怖い手術もなんとか乗り越えられたのだ。
私があの人から希望をもらった分、今度は私が誰かの希望になりたい。
そうしていれば、いつか明るい未来を信じられる気がする。
死ぬ前にもう1度会いたい、会ってお礼が言いたい…それが私の、たったひとつの願い。
「おはようございます」
その日まで、明るい明日がくると信じ続ける。