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物語の欠片
バニラとかぼちゃとストロベリー※異性間以外の恋愛ものが苦手な方は読まないことをおすすめします…(バニスト)
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「時任会長、こっちの書類の確認をお願いします」
「分かりました。ありがとう」
「会長、少しトラブルが発生したようです」
「すぐに行きます」
いつもとは少し違う日常に、奏は内心ため息を吐いた。
朝から呼び止められっぱなしの清香と一言も話せていないからだ。
「朝倉さん」
「ごめん、すぐ行く」
こうしてハロウィン間近の学園祭は慌ただしく終わっていく。
いつもと同じ男子生徒に呼び止められた奏は、未だに清香に会いに行けなかった。
「朝倉さん、今ちょっといい?」
ようやく終わったと思ったところで再び呼び止められる。
早く疲れ切っているであろう清香のところに行きたい気持ちはあるが、強引に振り切るわけにはいかない。
「どうかしたの?」
「あの…この後、予定空いてる?もしよかったら一緒に打ち上げしようって話してるんだけど、どうかな?」
「……ごめん。誘い自体はありがたいけど行けない。僕にはこれから大切な用事があるんだ」
引き止めようとする男子生徒に一礼して、そのまま真っ直ぐ愛しい人のところまで駆け抜ける。
毎日いい子という仮面を被って生活している清香だって、そろそろ限界なはずだ。
「清香!」
名前を呼ばれた清香は笑顔を隠しながらゆっくり奏に近づく。
ふたりの時間はここからはじまるのだ。
「今夜は泊まっていくでしょ?」
「うん」
奏の家、ふたりはいつものように会話する。
清香の表情は暗いものだったが、そのことに気づかない奏ではない。
「何か気になることでもあった?」
「え?」
「それとも、僕が気づかないうちに何かしちゃったのかな?」
かぼちゃのポタージュを運び、1度清香の前に座る。
ようやく合った視線から感じたのは申し訳なさだった。
「全然話せてなかったから、申し訳ないなって思ってたんだ。
それから…打ち上げ、奏は行ってきてよかったんだよ。私は苦手だから断っちゃったけどね」
清香は自分のせいで奏が打ち上げの誘いを断ったのではと感じたのだ。
だが、奏にはそんなつもりは全くない。
「僕もあんまり好きじゃないんだ。うわべだけのつきあいの人とか、よく知らない人の相手とか…違うと思っても、そうだねって言うしかない同調圧力が。
それに、僕は清香と一緒に過ごしたかったんだ。少しでもいいからパーティがしたかった」
人とあまり深く関わりたいと思っていない…ましてやクラスにほとんど存在していないも同然の奏にとって、打ち上げなんて苦痛でしかなかった。
それよりも大切な人と一緒に過ごす時間の方がずっとかけがえのないものだ。
「奏」
「どうかしたの?」
「…お菓子、ある?」
「かぼちゃクッキーなら焼いた。清香こそ、お菓子を持ってないなら──」
そこまで言ったところで口の中に甘さが広がる。
「かぼちゃ風味のチョコレート、買っておいたんだ」
「悪戯されたいのかと思ってたのに、残念」
「料理が冷めちゃう前に食べよう。僕、結構お腹空いちゃった」
「ありがとう」
今奏の目の前にいるのは、完璧な生徒会長の仮面をかぶった時任清香ではない。
可愛いものと甘いものに目がない、何にも縛られていないただの恋人の清香だ。
そして、清香の目の前にいるのもまた冷たい画面をかぶった朝倉奏ではない。
可愛いものが大好きで、いつもどおりかっこいいただの奏だ。
「奏、また料理の腕をあげたんじゃない?」
「そうかな?あんまり深く考えてなかったけど、清香がそう言ってくれるならそうかもしれない」
清香が食べてくれる姿を思い浮かべて作ったから美味しくできたなんて言ったら、困らせてしまうだろうか。
「「ごちそうさまでした」」
片づけがひと段落したところで、奏は本を読んでいた清香の頭に手を伸ばした。
「…清香、ちょっとじっとしててね」
「な、なに?」
「できた」
小さめの鏡を持ってくると、清香はそこに写った自分に少し驚く。
「猫耳カチューシャなんていつ用意したの?」
「内緒。やっぱり可愛い」
「奏も一緒に、」
「僕はこっちがいいんだ」
魔女の帽子を身につけた奏は、とても楽しそうに笑っている。
清香は微笑んでポケットから小さなキーホルダーを取り出した。
「魔女の帽子をかぶった猫ちゃん、どっちがいい?」
「僕がもらっていいの?」
「おそろいのものを持ちたい相手なんて奏以外考えられないもん」
その言葉に胸を撃ち抜かれ、その場に倒れそうになる。
「奏?」
「無自覚で可愛いこと言うからどきどきしちゃった」
「……?」
清香の左手を握って、奏は薬指にさり気なく指輪をはめる。
「こっちの黒い子にしようかな。ありがとう。大切にするね」
「奏、これ…」
「安物だけど、いつか本物をはめるまでの僕なりの誓い。少し色が違うけど、清香にはきっとその水色が似合う」
そう話す奏の首には見慣れない細めのネックレスチェーンがついていて、その中心では銀色のリングが輝いていた。
「僕たちの関係はあんまり公にできるものじゃないけど、いつかふたりで叶えよう」
「ありがとう。…すごく嬉しい」
いつかいい子から解放されたくてもがく清香と、これからも男性っぽい振る舞いをやめるつもりがない奏。
ふたりの恋路には障害が多いだろうが、ふたり一緒なら乗り越えられる。
「また泊まりに来てもいい?」
「勿論だよ。清香ならいつでも歓迎する」
ふたりは抱きしめあったままベッドに横になる。
ジャック・オ・ランタンやハロウィン仕様のぬいぐるみに囲まれながら、手を繋いで話をした。
今日までお互いどんなことをしていたのかを思い出しながら。…明るい未来を想像しながら。
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若干荒くなってしまった気もするのですが、バニラとストロベリーのシリーズを綴ってみました。
「分かりました。ありがとう」
「会長、少しトラブルが発生したようです」
「すぐに行きます」
いつもとは少し違う日常に、奏は内心ため息を吐いた。
朝から呼び止められっぱなしの清香と一言も話せていないからだ。
「朝倉さん」
「ごめん、すぐ行く」
こうしてハロウィン間近の学園祭は慌ただしく終わっていく。
いつもと同じ男子生徒に呼び止められた奏は、未だに清香に会いに行けなかった。
「朝倉さん、今ちょっといい?」
ようやく終わったと思ったところで再び呼び止められる。
早く疲れ切っているであろう清香のところに行きたい気持ちはあるが、強引に振り切るわけにはいかない。
「どうかしたの?」
「あの…この後、予定空いてる?もしよかったら一緒に打ち上げしようって話してるんだけど、どうかな?」
「……ごめん。誘い自体はありがたいけど行けない。僕にはこれから大切な用事があるんだ」
引き止めようとする男子生徒に一礼して、そのまま真っ直ぐ愛しい人のところまで駆け抜ける。
毎日いい子という仮面を被って生活している清香だって、そろそろ限界なはずだ。
「清香!」
名前を呼ばれた清香は笑顔を隠しながらゆっくり奏に近づく。
ふたりの時間はここからはじまるのだ。
「今夜は泊まっていくでしょ?」
「うん」
奏の家、ふたりはいつものように会話する。
清香の表情は暗いものだったが、そのことに気づかない奏ではない。
「何か気になることでもあった?」
「え?」
「それとも、僕が気づかないうちに何かしちゃったのかな?」
かぼちゃのポタージュを運び、1度清香の前に座る。
ようやく合った視線から感じたのは申し訳なさだった。
「全然話せてなかったから、申し訳ないなって思ってたんだ。
それから…打ち上げ、奏は行ってきてよかったんだよ。私は苦手だから断っちゃったけどね」
清香は自分のせいで奏が打ち上げの誘いを断ったのではと感じたのだ。
だが、奏にはそんなつもりは全くない。
「僕もあんまり好きじゃないんだ。うわべだけのつきあいの人とか、よく知らない人の相手とか…違うと思っても、そうだねって言うしかない同調圧力が。
それに、僕は清香と一緒に過ごしたかったんだ。少しでもいいからパーティがしたかった」
人とあまり深く関わりたいと思っていない…ましてやクラスにほとんど存在していないも同然の奏にとって、打ち上げなんて苦痛でしかなかった。
それよりも大切な人と一緒に過ごす時間の方がずっとかけがえのないものだ。
「奏」
「どうかしたの?」
「…お菓子、ある?」
「かぼちゃクッキーなら焼いた。清香こそ、お菓子を持ってないなら──」
そこまで言ったところで口の中に甘さが広がる。
「かぼちゃ風味のチョコレート、買っておいたんだ」
「悪戯されたいのかと思ってたのに、残念」
「料理が冷めちゃう前に食べよう。僕、結構お腹空いちゃった」
「ありがとう」
今奏の目の前にいるのは、完璧な生徒会長の仮面をかぶった時任清香ではない。
可愛いものと甘いものに目がない、何にも縛られていないただの恋人の清香だ。
そして、清香の目の前にいるのもまた冷たい画面をかぶった朝倉奏ではない。
可愛いものが大好きで、いつもどおりかっこいいただの奏だ。
「奏、また料理の腕をあげたんじゃない?」
「そうかな?あんまり深く考えてなかったけど、清香がそう言ってくれるならそうかもしれない」
清香が食べてくれる姿を思い浮かべて作ったから美味しくできたなんて言ったら、困らせてしまうだろうか。
「「ごちそうさまでした」」
片づけがひと段落したところで、奏は本を読んでいた清香の頭に手を伸ばした。
「…清香、ちょっとじっとしててね」
「な、なに?」
「できた」
小さめの鏡を持ってくると、清香はそこに写った自分に少し驚く。
「猫耳カチューシャなんていつ用意したの?」
「内緒。やっぱり可愛い」
「奏も一緒に、」
「僕はこっちがいいんだ」
魔女の帽子を身につけた奏は、とても楽しそうに笑っている。
清香は微笑んでポケットから小さなキーホルダーを取り出した。
「魔女の帽子をかぶった猫ちゃん、どっちがいい?」
「僕がもらっていいの?」
「おそろいのものを持ちたい相手なんて奏以外考えられないもん」
その言葉に胸を撃ち抜かれ、その場に倒れそうになる。
「奏?」
「無自覚で可愛いこと言うからどきどきしちゃった」
「……?」
清香の左手を握って、奏は薬指にさり気なく指輪をはめる。
「こっちの黒い子にしようかな。ありがとう。大切にするね」
「奏、これ…」
「安物だけど、いつか本物をはめるまでの僕なりの誓い。少し色が違うけど、清香にはきっとその水色が似合う」
そう話す奏の首には見慣れない細めのネックレスチェーンがついていて、その中心では銀色のリングが輝いていた。
「僕たちの関係はあんまり公にできるものじゃないけど、いつかふたりで叶えよう」
「ありがとう。…すごく嬉しい」
いつかいい子から解放されたくてもがく清香と、これからも男性っぽい振る舞いをやめるつもりがない奏。
ふたりの恋路には障害が多いだろうが、ふたり一緒なら乗り越えられる。
「また泊まりに来てもいい?」
「勿論だよ。清香ならいつでも歓迎する」
ふたりは抱きしめあったままベッドに横になる。
ジャック・オ・ランタンやハロウィン仕様のぬいぐるみに囲まれながら、手を繋いで話をした。
今日までお互いどんなことをしていたのかを思い出しながら。…明るい未来を想像しながら。
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若干荒くなってしまった気もするのですが、バニラとストロベリーのシリーズを綴ってみました。
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