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物語の欠片
スノーホワイトの灯(ブラ約)
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銀世界に潜む森の奥、リーゼはクロウからの手紙に息を吐いた。
「陽和」
「は、はい」
何か怒らせてしまったかもしれないと不安になりつつ、陽和はエプロン姿でリーゼに駆け寄る。
「もしよかったら、少し街に出てみない?」
「え……」
不安そうな顔をする陽和にリーゼはフードがついたもこもこの上着を渡す。
「ポンチョ、というものらしい。フードがついているものはあまりないみたいだけど、これがあれば顔も隠せる。
それに、行くのはあなたがいた村とは反対方向にある大きな街。きっと誰にも気づかれずに楽しめる」
「こんなに素敵な洋服をいただいてしまっていいんですか…?」
「あなたに着てほしいの。羽織るだけでもだいぶ暖かくなるはず」
「すみま…ありがとうございます」
村に縛られていた陽和は外の世界を殆ど知らない。
それならばとリーゼは密かに出掛ける計画を練っていた。
フードつきポンチョを羽織った陽和はひだまりのように優しく微笑んでいる。
「こんなに温かい服は初めてです」
「喜んでもらえたならよかった。あたりは暗くなっているから、手を離さないように」
「わ、分かりました」
ふたりは固く手を繋ぎ、そのまま真っ直ぐ街の方へ歩いていく。
「疲れたらすぐ言って。あなたが楽しくないと意味がないから」
「ありがとうございます」
きらきらした場所とは無縁だったからか、街に辿り着いた瞬間から陽和の目が輝いていた。
「こんなに沢山のお店があるんですね…」
「この街は他の街と比べて催し物が多いことで有名。食材の買い出しもここですることが多い」
「みんなとても楽しそうです」
家族連れ、友人、恋人…今のところどれにも当てはまらないふたりは戸惑いながらも歩みを進める。
「欲しいもの、何かない?」
「えっと…特にないです。今日はこんなに素敵な場所に連れてきていただいて本当にありがとうございました」
「……そう」
リーゼは少しふてくされたような態度をとってしまい、はっとした。
陽和の顔は真っ青になっていて、何も話さず固まっている。
「ひよ、」
「ごめんなさい、人に、酔ったみたいで……」
人通りが少ない場所まで陽和を運び、リーゼは頭を下げた。
「あなたを傷つけるつもりじゃなかった。ただ、まだ我慢しているんだって思ったらもやもやしただけ」
「…そう、なんですか?」
「少しここで待ってて。何かあればこれについている紐を引っ張ること」
「は、はい」
一見真紅の薔薇のブローチに見えたそれには、たしかに紐がついている。
陽和はそれを握りしめたままリーゼを待った。
なかなか戻ってこなくて心配になっていると、いきなり知らない人間に腕を掴まれる。
「お嬢ちゃん、ひとり?」
「い、いえ」
「今はひとりなんでしょ?俺たちに付き合ってよ」
「あの、ごめんなさい。人を待っているので…」
「いいから来いって」
強引に腕を掴まれ引っ張られる。
リーゼに言われたことを思い出した陽和は紐をめいっぱい引いたが、何もおこらない。
「なんだ、その玩具……ぐっ!」
怖くなって目を閉じていた陽和の体はふわりと優しく抱きあげられる。
「なんだおまえは!?」
「僕?僕は、この子の知り合いだよ。悪いけど、それ以上近づかれたら公務執行妨害で捕まえるよ」
「くそ……」
男たちが去っていった後、陽和の体は真っ白な地面に硝子細工を扱うような丁寧さでおろされた。
「突然触れてしまって申し訳ない。怪我は…ああ、ここが痣になっているね」
「あの、えっと…ごめんなさい」
「君が謝る必要はないよ。困っている人を放っておくわけにはいかないからね」
紳士の微笑みを見せる短髪の人の姿は、まるで雪の国の住人のように美しい。
思わずじっと見つめていると、息を切らしたリーゼが近づいてくる。
「やあ、リーゼ」
「…リリー、いつからいたの?」
「少し前、かな。ブローチが故障していたようだったから手助けしただけさ」
ぽかんとしている陽和にリーゼが説明する。
「彼女はスノウ・リリー。私の友人。言葉遣いや見た目も男性に寄せているけど本当は女性」
「失礼しました。男性の方なのかと思っていました」
はっとしたように頭を下げる陽和にスノウ・リリーは白銀の髪を整えながら優しく笑いかける。
「構わないよ。リーゼが言ったとおり、僕は敢えて男のような振る舞いをしているんだ。
今度会ったらきちんと挨拶させてほしい。これから巡回に戻らないといけないから今夜は失礼するよ。…ふたりとも、いい夜を」
リリーを見送ったところでリーゼは陽和を抱きしめた。
「あ、あの、」
「無事でよかった」
よく見ると、リーゼの袋には水や見たことのない食べ物の他に陽和が露店で可愛いと感じたぬいぐるみが入っている。
陽和が考えていることをリーゼは見抜いていた。
「…これから帰って食べよう」
「荷物、私も持っていいですか?」
「いいの?」
「寧ろ持ちたいです」
「分かった。それじゃあこっちをお願い。あなたに渡したいものが全部ここに入っているから」
「は、はい」
手を繋いで歩き出すふたりを優しく月光が照らす。
それに後押しされたように、陽和は思い切って尋ねた。
「あの…どうして分かったんですか?」
「触ってみたいけど触れないという顔で見ていたから。陽和の友だちにしてあげてほしい」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「喜んでもらえてよかった」
あまり楽しむことはできなかったかもしれないが、一緒に歩いてくれる人が側にいる喜びを噛みしめながら帰路につく。
リーゼの心はそんな幸福感と不安が入り混じっていた。
──ふたりが歩く姿を遠くから見つめていたリリーは、目の前の光景にため息を吐く。
「……どうしてこんなことになったんだろうね」
目の前に横たわっているのは、すでに息絶えた女性。
その首筋には牙のような痕があるが、新たな連続殺人の被害者だと知っている。
『氷の捜査官』と呼ばれるその人物は深刻な表情を浮かべたまま手紙を書いた。
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不穏めいた終わり方にはなってしまいましたが、久しぶりにブラ約を綴ってみました。
「陽和」
「は、はい」
何か怒らせてしまったかもしれないと不安になりつつ、陽和はエプロン姿でリーゼに駆け寄る。
「もしよかったら、少し街に出てみない?」
「え……」
不安そうな顔をする陽和にリーゼはフードがついたもこもこの上着を渡す。
「ポンチョ、というものらしい。フードがついているものはあまりないみたいだけど、これがあれば顔も隠せる。
それに、行くのはあなたがいた村とは反対方向にある大きな街。きっと誰にも気づかれずに楽しめる」
「こんなに素敵な洋服をいただいてしまっていいんですか…?」
「あなたに着てほしいの。羽織るだけでもだいぶ暖かくなるはず」
「すみま…ありがとうございます」
村に縛られていた陽和は外の世界を殆ど知らない。
それならばとリーゼは密かに出掛ける計画を練っていた。
フードつきポンチョを羽織った陽和はひだまりのように優しく微笑んでいる。
「こんなに温かい服は初めてです」
「喜んでもらえたならよかった。あたりは暗くなっているから、手を離さないように」
「わ、分かりました」
ふたりは固く手を繋ぎ、そのまま真っ直ぐ街の方へ歩いていく。
「疲れたらすぐ言って。あなたが楽しくないと意味がないから」
「ありがとうございます」
きらきらした場所とは無縁だったからか、街に辿り着いた瞬間から陽和の目が輝いていた。
「こんなに沢山のお店があるんですね…」
「この街は他の街と比べて催し物が多いことで有名。食材の買い出しもここですることが多い」
「みんなとても楽しそうです」
家族連れ、友人、恋人…今のところどれにも当てはまらないふたりは戸惑いながらも歩みを進める。
「欲しいもの、何かない?」
「えっと…特にないです。今日はこんなに素敵な場所に連れてきていただいて本当にありがとうございました」
「……そう」
リーゼは少しふてくされたような態度をとってしまい、はっとした。
陽和の顔は真っ青になっていて、何も話さず固まっている。
「ひよ、」
「ごめんなさい、人に、酔ったみたいで……」
人通りが少ない場所まで陽和を運び、リーゼは頭を下げた。
「あなたを傷つけるつもりじゃなかった。ただ、まだ我慢しているんだって思ったらもやもやしただけ」
「…そう、なんですか?」
「少しここで待ってて。何かあればこれについている紐を引っ張ること」
「は、はい」
一見真紅の薔薇のブローチに見えたそれには、たしかに紐がついている。
陽和はそれを握りしめたままリーゼを待った。
なかなか戻ってこなくて心配になっていると、いきなり知らない人間に腕を掴まれる。
「お嬢ちゃん、ひとり?」
「い、いえ」
「今はひとりなんでしょ?俺たちに付き合ってよ」
「あの、ごめんなさい。人を待っているので…」
「いいから来いって」
強引に腕を掴まれ引っ張られる。
リーゼに言われたことを思い出した陽和は紐をめいっぱい引いたが、何もおこらない。
「なんだ、その玩具……ぐっ!」
怖くなって目を閉じていた陽和の体はふわりと優しく抱きあげられる。
「なんだおまえは!?」
「僕?僕は、この子の知り合いだよ。悪いけど、それ以上近づかれたら公務執行妨害で捕まえるよ」
「くそ……」
男たちが去っていった後、陽和の体は真っ白な地面に硝子細工を扱うような丁寧さでおろされた。
「突然触れてしまって申し訳ない。怪我は…ああ、ここが痣になっているね」
「あの、えっと…ごめんなさい」
「君が謝る必要はないよ。困っている人を放っておくわけにはいかないからね」
紳士の微笑みを見せる短髪の人の姿は、まるで雪の国の住人のように美しい。
思わずじっと見つめていると、息を切らしたリーゼが近づいてくる。
「やあ、リーゼ」
「…リリー、いつからいたの?」
「少し前、かな。ブローチが故障していたようだったから手助けしただけさ」
ぽかんとしている陽和にリーゼが説明する。
「彼女はスノウ・リリー。私の友人。言葉遣いや見た目も男性に寄せているけど本当は女性」
「失礼しました。男性の方なのかと思っていました」
はっとしたように頭を下げる陽和にスノウ・リリーは白銀の髪を整えながら優しく笑いかける。
「構わないよ。リーゼが言ったとおり、僕は敢えて男のような振る舞いをしているんだ。
今度会ったらきちんと挨拶させてほしい。これから巡回に戻らないといけないから今夜は失礼するよ。…ふたりとも、いい夜を」
リリーを見送ったところでリーゼは陽和を抱きしめた。
「あ、あの、」
「無事でよかった」
よく見ると、リーゼの袋には水や見たことのない食べ物の他に陽和が露店で可愛いと感じたぬいぐるみが入っている。
陽和が考えていることをリーゼは見抜いていた。
「…これから帰って食べよう」
「荷物、私も持っていいですか?」
「いいの?」
「寧ろ持ちたいです」
「分かった。それじゃあこっちをお願い。あなたに渡したいものが全部ここに入っているから」
「は、はい」
手を繋いで歩き出すふたりを優しく月光が照らす。
それに後押しされたように、陽和は思い切って尋ねた。
「あの…どうして分かったんですか?」
「触ってみたいけど触れないという顔で見ていたから。陽和の友だちにしてあげてほしい」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「喜んでもらえてよかった」
あまり楽しむことはできなかったかもしれないが、一緒に歩いてくれる人が側にいる喜びを噛みしめながら帰路につく。
リーゼの心はそんな幸福感と不安が入り混じっていた。
──ふたりが歩く姿を遠くから見つめていたリリーは、目の前の光景にため息を吐く。
「……どうしてこんなことになったんだろうね」
目の前に横たわっているのは、すでに息絶えた女性。
その首筋には牙のような痕があるが、新たな連続殺人の被害者だと知っている。
『氷の捜査官』と呼ばれるその人物は深刻な表情を浮かべたまま手紙を書いた。
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不穏めいた終わり方にはなってしまいましたが、久しぶりにブラ約を綴ってみました。
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